もしか通報されても証言してくれる友達が居るから大丈夫だと思って、ハンセンから貰ったマントを王国衛兵隊の紋章が付いたまま靴屋に持ち込んでみた。


「うわあ……こんな状態で持ち込まれたのは初めてだよ、よっぽどにズボラな衛兵さんがいるもんだね」


 クレイジーベコの肩の部分の皮を手に入れるには、魔法衛兵のマント以外だと自力で狩って来ないといけないらしい、基本的には流通なんかしてないそうだ。


「使える部分をつま先につかって、残りは買い取って、買い取り金額から手間賃は貰ってもいいんだね?」


 内側は滑らかかつフカフカ、外側はガチガチだがしなやか、そんな両極にあるような仕立てが出来るのはクレイジーベコの肩の部分だけらしい。


「つま先の部分に使うのはカビの跡が着いてる部分でも構わないです、紋章の部分だけ避けて貰えば。手間賃はそれでお願いします」


 査定して貰った金額は大金貨1枚と金貨3枚。

新品でマントを仕立てようとしたら白金貨20枚くらいだって教えて貰った。


「紋章に結界魔法が仕込んであるから、その部分が高いんだよね、そこを買い取れるなら手間賃貰っても十分お釣りは出るよ」


 たかが1回の洗濯で、こんな物を貰って良かったんだろうか? そんな疑問が湧いてくる。


 魔法衛兵隊のマントは毎年3枚支給されて、雨季を超えたら必ず何枚か売りに出されるらしい。

 ハンセンみたいにズボラな衛兵が多そうだな。


「1週間くれないかな? 縫う糸も付ける膠も特殊な物が必要でね」


 糸はスティールスパイダーの糸、膠はサイクロプスの骨から抽出したモノを使うらしい。

 どちらも高級品……ションじいちゃんって何者だったんだろう。


「出来上がるまで履く靴が無いので1足買って行きたいのですが」


 俺が困るのはそこなんだよ、今は裸足。


「コレと同等品ってなら紅金貨でも出さないとね……」


 そんな物買える訳が無い。仕方なく選んだのは1週間使えれば良いやって感じの革のサンダル。


「それなら銀貨2枚だし、街の中なら十分機能してくれるよ」


 編み上げの革のサンダルを購入して、次の装具屋に向かうとする。

森の浅い場所で採取するなら問題無いって感じの装備でも手に入れて、そこからコツコツ質を上げて行けばいいだろう。




 下級層の新人冒険者御用達の装具屋に入ろうと城門まで続くメインストリートを歩いていたら、ユンケル魔法団の3人に声を掛けられた。


「おはようライル。僕達は強くなったぞ」


 いきなり何を言ってくるのか、ユングが興奮しながら話し掛けてくる。


「今回は自分達で見付けて、自分達だけで戦ったんだ」


 ケルビムの盾が新しくなってる、昨日見た盾に付いた爪痕は酷かったもんな……


「レッサーサイクロプスなら、もう大丈夫。僕達だけの力で倒せる事が証明出来たよ。ふっ」


 おお、昨日見た姿はレッサーサイクロプスと再戦した後だったのか。


「凄いじゃないか、でも森を火魔法で焼いて無いだろうな?」


 気になるのはそこ。ケルビムが盾に付与する炎の魔法で森が焼かれてないか。めちゃくちゃ気になる。


「ちゃんと水魔法で消して来た、僕の得意な属性だから万が一すら無いはずだよ」


 それなら安心だ……踏み荒らされてるのは仕方ないと諦めよう。


「なら言わないとな。3人ともおめでとう」


 3人ともボロボロになった装具を初心者御用達の装具屋に売りに行く所だって事で、その後一緒に装具屋に向かったんだけど……


「酒場は酷いもんだったよ」


 祝勝会を上げようとギルド併設の酒場に向かったら、ちょうど俺が個室に入ってる時間だったみたいで、3人は酒場の惨状を目の当たりにしたようだ。


「くだんの冒険者達が食べてた物、全部調べても食中毒の原因なんて何も出なくてさ。依頼の時の野営で変な物でも食べたんだろうって皆言ってた」


 軽目にかけた腹痛魔法だったのに威力抜群で、人に向かって使うのは止めようと心から思った。


「あいつら王都じゃ仕事出来ないかもな、パーティー名を弄って【英雄のクソ】と【腰巾着】なんて言われてたよ」


 やばい、笑顔が止まらない。俺の命を軽く見てくれた罰として最高だったなとほくそ笑む。


「なんだよニヤニヤして、うんこで喜ぶとか就学前の子供かよライルは」


 そこじゃ無いんだよ喜んでるのは。


「まったく、大人になれよな」


 今日は嫌いなユンケル魔法団の3人組も少し好きになれそうな気がする。


「んじゃ僕らは買い取りカウンターに行くからここで。またなライル。ふっ」


 俺は軽鎧コーナーに向かうとする。


 建物の2階部分は軽鎧や革装束を扱う階で、中級に上がった冒険者達が持ち込んだ中古品を再生して販売してる。


 いい鎧ってのは殆どオーダーで作られるから体型が違えばちぐはぐになる。

 でも初心者なら多少動きづらくても良い鎧があれば安心出来る、最悪脱いで逃げれば良いんだし。


 何着かサイズの近そうな軽鎧を見付けた、女性用コーナーに置いてあった細身の軽鎧。


「流石に赤と紫は無いよな……選ぶなら若草色か」


 新品じゃないから色褪せてると言っても、森の中で赤とか紫とか、有り得ない。ダンジョンに行くなら構わないが、俺はフィードワークタイプの冒険者だもんな。


「すいません、この若草色の鎧を試着したいのですが」


 店員さんに断って、試着室に入る。


 最近の悩みは体が大きくならない事、しっかり鍛えてる筈なのに筋肉が太くならない。

 これも流れるエルフの血の影響かなと思う。


 細身で美脚がエルフの男性のステイタスとか、人間社会で育ったら変な価値観だなと思えてしまう俺がいる。


「このまま着て行きたいので、これ1式買います」


 胸の部分にゆとりを持たせて無い若草色の軽鎧を購入。中古の再生品で金貨2枚。俺の貯蓄がどんどん目減りしていく。


「ゴブリン革の軽鎧なんてなかなか売れるもんじゃ無くてね、特に女性用だと毛嫌いされしまってね。安くしとくよ」


 金貨2枚で安くなってるのか……王都の冒険者は初心者でも金を持ってんだな……




 本日最後に向かうのは下級層の中心に建ってる教会。

 魔導書を入れるホルスターを買う為に。


「おお、ライル道士。お久しぶりです、ごきげんよう」


 俺が毎回お世話になってる老司祭さんが迎えてくれた。


「今日も神の加護があらん事を。お久しぶりですゼファーソン司祭」


 この国の国教と言えば聖神教、どんな小さな村でも必ず1つは教会が建ってる。


「魔導書用のホルスターを1つ新調したいのですが、今の在庫を見せて頂きたいです」


 聖神教が広まるまで、宗教家と言えば神の名を騙り賄賂を受け取り、私腹を肥やす集団だったらしい。

 神の名を叫び、都合が悪ければ神罰が下るなんて言うトンデモ集団だったのを、50年くらい前から駆逐して浸透した聖神教、神に仕える者は財を溜め込まないと言って、清貧な生活を心掛けてる好感の持てる宗教だったりする。


「孤児達が作った物が数点ありますよ、貴方は目立つ物は好まないのでしたね」


 孤児の保護なんかもしてる。生活する為に祓魔師の使う魔導書やホルスター、それ以外にも神の祝福を受けた食べ物なんかを作りつつ、真っ当に生きる教育をされてたりして、貧乏な家に産まれるより教会に住む孤児の方が良い暮らしをしてるなんて言われてんだ。


「出来れば森の中でも目立たない茶色か緑が良いのですが」


「それなら、今着ておられる装具と似たような色合いの物を用意しますね」


 聖神教の神は女神。何処かで見たような、少し愛嬌のある女神像が教会の説法室の真ん中に鎮座している。


 奥にある作業室から子供達の声が聞こえて来る。


 どの声も元気そうな声で、夜に何が食べたいとか、作っている祝福を受けた保存食を摘み食いしたとか、ほのぼのしてて心が洗われるようだ。


「こちらの4点がお望みの色合いの物ですが」


 若草色に近い、でも子供が作ったからなのだろうか、少し色褪せた革で出来てるホルスター……これにしよう。


「ゴブリンの皮を素材にしてるので全く売れる気配が無かったのですよ。銀貨3枚になります」


 ホルスターなんて、1番高い物でも金貨まで行かない。皮を加工する業者から歯切れを寄付して貰って作ってるから材料費はタダ。


「懐かしいですね。このホルスターに使われているゴブリン革は、貴方が学生時代に魔導書で倒したゴブリンの皮なんですよ」


 ああ……なんか懐かしいな、まだ2年前の事なのに。


「ありましたねそんな事。魔導書を手荒く使って申し訳無いです」


 どんな処理をしてるのか分からない革で出来た魔導書。カチカチのガチガチの背表紙は、そこそこ頑丈な鈍器並だったりする。


「私の若い頃の祓魔師と言えば、魔導書で直接魔物を殴っていたのですから、多少手荒な使い方をしても大丈夫ですよ」


 昔は祓魔師なんて言葉は無かったらしい。


 祓魔師なんて、どうも60年くらい前から広まった言葉と職業で、元は魔導書に封じ込めた悪魔の力を、魔導書で魔物を殴りながら自動発動させるブッカーと言う職業だったって聞いた。


「何処まで耐えられるのですかね? 石槍くらいなら大丈夫でしたけど」


 疑問に思うのはそこ。


「私が若い頃に見たブッカーは、魔王軍のバリスタの槍を魔導書で受け止めていましたが……壊れた所なんて見た事ないですね」


 バリスタって……長さ10mくらいある丸太の槍を矢のように飛ばす攻城兵器だよな……


 その時の俺は、なんかあったら、これから魔導書を盾に使おうと心に決めた。


 教会から帰る途中で安い飯処の出してるワンプレートの料理を持ち帰りで頼んで、久々の散財を楽しんだ気がする。


「買い物って楽しいな……欲しい物とか見てるだけでワクワクするもんな」


 実家に居た頃からそう思う。たまに来る行商の馬車に積んである商品を見て目を輝かせて居た頃が懐かしい。


 部屋に帰って生活用品すら目減りした部屋を眺めてると……


「あれ? 布団は置いて行った気がする……確か枕も置いて行ったんじゃ無かったかな?」


 良く考えれば、寝具は置いて他の物を優先でギルドに預けたはず……


「盗まれたのか……仕方ないな」


 他人の使い古した寝具でも盗まないと生活出来ない奴がワンサカ居る世の中……


「先輩、明日朝から開けて下さい。未明にいつもの場所で待ってます」


 少ししんみりして窓を開けた瞬間、最悪な声で一気に気分を落とされた……


「はあ……どうやって帰宅したのがわかったんだろ?」


 監視でもついてんだろうか? そんな事が気になりつつ、持ち帰った料理を食べて寝転んだ。


 あっ聖衣を着るなら風呂入っとかないと……


 仕方ない公衆浴場でも行ってこようかな。



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