尊厳


 ハンセンから借りた服は俺にはちょっと大きくて、少し歩き難いけど、ギルドに預けてある荷物を受け取るまでだと我慢する。

 それと、靴も無しに街中を歩くのがこんなに辛いなんて思いもしなかった。


「怪我でもしてたら化膿するだろうな……」


 汚水と言えば良いんだろうか? 垂れ流しの汚い水の跡が付いた道を素足で歩くのは、どう考えても危険だと思う。


 冒険者ギルドに着いたら、預けてる荷物を受け取って、訓練所の更衣室で服を着替えないと。


 つま先の解れた靴でも履いてないよりマシだろうから履くことにする。


 腐って無くなった2つの魔法鞄、あれが無いと貴重品を持ち歩くのが怖い。素材を集めて錬金術師に作成依頼するのが良いか、容量や効果がかなり減るが自分で作るのが良いか、迷う所だ。


「靴の補習に使う部材で高いのは手に入れたし……」


 洗ってみると半分くらいは使えそうなクレイジーベコの肩の皮。たぶんだけど、マント1着で白金貨くらいするんじゃなかろうか。


「鉄級のライル・ラインです。麻袋2つです」


 受け取った荷物の中から銀貨を2枚取り出して、預かり賃を支払い着替えに向かう。


 着替えた後は相談窓口に行って、先日の事を訴えて来るだけだ。




「今回のケースですが、依頼達成の為のサポートを貴方がすると言った事に対して、冒険者ギルドの見解は……」


 相談窓口に来て、数日前の事を報告したんだけど……


「依頼の達成条件は馬車の安全を確保する事。その為のサポートを貴方が請け負った、そしてリーダーに指定された冒険者の判断で囮として残す事を決めた。その際にどんな行為があっても依頼達成の為の犠牲と言う事で処理されています」


 俺だけじゃない。あの護衛依頼に参加してた冒険者達からも報告があったようで……


「今回の相談ですが、冒険者ギルド側で何かしらの罰を与えるのは不可能です」


 そんな事を言われても……


「頑丈な布を被されて魔物への生き餌にされるのが悪い事じゃ無いと?」


「その場でどの様な行為があったのかは当事者しか分かりません。冒険者ギルド側では判断出来かねます」


 結局の所、下から2番目の鉄級冒険者の言う事より、もうすぐ銀級に上がる銅級冒険者の方が信用がある訳で。リーダーに指定された冒険者が、あれが最良だったと判断したら、それで通るとの事だ……


「分かりました。お手数お掛けして申し訳ありません」


「護衛依頼達成分の貴方の取り分は、報告カウンターに預けられていますので、受け取ってから帰って下さい。本日はお疲れ様でした」


 1日銀貨8枚、14日分の護衛の報酬があるだけでマシだよな……


「もしか貴方が他の11人の冒険達に市中で暴力行為を働いた場合、冒険者の資格の剥奪もありますので、早まった真似はなさらないように」


 ちくしょう、カユカユ魔法で全身を包んで1発殴ってやろうと思ってたのに、カユカユ魔法は冒険者ギルドに把握されてるから無理か。


 そう思いながら報告カウンターで給金を受け取って帰ろうと思ったら……


「途中離脱ですので7日分ですが、個人的な理由での依頼途中の破棄と言うことで、罰金が発生しています」


 罰金とか馬鹿じゃ無いのか? 俺は命懸けだったんだぞ……


「罰金分を引いて1金貨とんで3銅貨です。確認のサインを」


 普段の1日分の稼ぎにしかならなかった。




 項垂れながらギルド併設の酒場の横の通路を、出口に向って歩いていたら……


「魔法学園卒とか言って、いい所のボンボンが、いいカッコしようとしてサイクロプスに食われるとかざまあねえな」


「あんなマヌケは久しぶりだぜ、サポートします……バッカじゃねえのか、あんな時は逃げるしかねえんだよな」


「エリートだかなんだか知らねえが、お高くとまってイライラするんだよ。俺達に学がねえと思って見下しやがって」


 そんな声が聞こえて来たんだ。


 酒場を覗いて見れば【英雄の靴】の3人と、もう1つの3人パーティーの冒険者達が大ジョッキになみなみと注がれた麦酒を飲み干してる所で……


「生きて帰って来れたら給金くらい受け取るだろうよ、そんときは流石エリートって言ってんやんねえとな」


「いい事言うねえ、流石【英雄の靴】英雄みたいな立派な奴を踏みにじりたいだったけか?」


「英雄に俺の靴を舐めさせたいだ。ギャハハハハ」


 壁1枚挟んだ向こう側に居る6人……


「何が英雄の靴だ……ふざけやがって」


 ちょうど良かった、魔導書の新魔法を試してやろう。ハンセンに実験台になって貰うのはチョットしのびないもんな……腹痛とかさ……


 腹痛って呟いたら、勘のいい奴にバレるかも知れない、だからここは悪魔の名前で発動しようと思う。


 気付かれないように目視出来る場所で、俺の手の長さの30倍くらいに近付いて……


 途中に誰か居て巻き込むのは可哀想と思えたから、誰も居ないトイレに向かう通路側から6人を補足して……しっかり6人を巻き込むくらいの扇状に拡げた効果範囲。


 そして「ピーガン、軽目に」なんて呟いたら……


 発動した瞬間ゴロゴロ鳴り始めた俺の腹……


 抑えきれない排泄への衝動……


「やばっ! 漏れる……」トイレに向かう通路から試して良かった。


 必死に尻の筋肉を締めて、変な歩き方だけどトイレに向かう、個室が2つしか無いトイレで、1つは誰か入ってる。


 空いてる方に急がず焦らず、尻の筋肉を締めながら入る。入った瞬間ズボンをパンツごと下げて……


「ふぅ……間に合った。自分を起点にって、こういう事か……」


 自分も巻き込まれるなんて想定外だ。結局の所6人がどうなったかも見れなかったし……


 ただ、声は聞こえるんだ……


「早く出ろ、やばいんだ! 早く空けてくれ」


 隣の個室のドアを叩きながら叫ぶ誰か、この声がどいつの声かは分からないが成功したみたいで……


「見ないでくれ……頼むっ! 見ないでくれ」


「あああああぁぁぁぉああああぁぁぁぁ」


「何やってんだコイツら、汚ねぇ! 食中毒か、それとも毒か? 皆気を付けろよー」


「ヒーラー居るかぁ? 浄化魔法頼むぜ、臭いったらありゃしねえ」


 そんな声を聞きつつ、出すモノ出してスッキリするまで、個室にずっと座ってた。


 その時俺が考えていた事は『俺の尊厳は守られた』だったりする。




 ハンセンに借りた服を洗濯して返しに行った後、ハンセンの自宅から下級層に帰る途中の大通りで、冒険者ギルドと反対方向に向かうユンケル魔法団の3人を見付けた。


 ケルビムが背負っている盾に大きな爪痕が残っていて、ルーファスとユングはお互いに肩を支え合って歩いてる。


 声を掛けるか迷ったけど、話し掛けたい状況でもないし、そのままアパートに帰ろうと思って振り向いたら、居たんだ……


「おお、ライルっ! 良かった、生きてたのか」


 俺が護衛してた馬車の御者さんで、片脚を引きずって歩く元冒険者さんが……


「なんとか生きて帰れました」


 素早くは歩けないんだろう、それでも俺の事を確認する為に近付いて来る。


「商会長も、同じ馬車に乗ってた奴らも皆心配してたんだよ、何か手段があるからサポートを買って出たんだろうし生きてるだろうって皆で言ってたんだが……」


 倒す手段ならあったさ……


「戦闘のサポートをと言ったつもりだったのですが、それより何より商隊が無事で良かったです」


 キャラバンの人達は何も悪く無いんだもんな。


「商会長がよ、お前を見付けたら連れて来いって言ってたんだよ。今から少し付き合えねえか?」


 確か、元金級の冒険者だったよな……


「何があるんでしょうか? 時間はありますが荷物を置いて来ないと」


 金級だったら、あの場合どうするかとか聞いてみたいな。


「もちろんさ。そこの角を冒険者ギルドの方向に曲がった所に、狐の巣穴って酒場があるんだが、そこの大広間で待ってる、必ず来てくれよ」

 

 とりあえずだけど、軽鎧は持ってないから祓魔師の聖衣で行こうかな、目上の人の前に行くのに普段着で行ったら失礼だろうし。


 そんな事を考えながら、元金級冒険者や元軍人にどんな質問をされるか考えて……


「臨機応変に答えれば良いか……」


 とりあえず急いで準備して向かおう。



 酒場の店員に大広間まで案内されて、入った大広間では、数日前まで護衛対象だった商人さん達が大声を上げながら号泣してる所だった。


「よがったなあ……ホントに生きででよがったなぁ」


「俺ぁ信じてたぜ、あんな事を自信満々に言う奴が簡単にくたばる訳はねえってな」


 ここに居る人達は魔物との戦い負った傷が元で冒険者や軍人を引退するしかなかった人達で……


「若えの、こっちに来い。何がどうして生き延びれたのか教えてくれや」


 ボサボサの髭を生やした膝から下が両方共に義足の商会長に、やたら気に入られて……


「なんか入り用な物があったらゴメス商会に任せな。お前さんの欲しいモンは俺達が最優先で最高の物を用意してやらぁな」


 そんな事を言って貰えた。


「その時はお願いします」


 着てる服で祓魔師だってバレて、色々質問されつつ、こっちからも色々な魔物の事や戦いの事を質問して、元冒険者や元軍人さん達との飲み会は、楽しく朝まで続いた。



 部屋に帰ったのは昼になる直前で、纏めてた荷物を解いて、何が無いか何が有るかを確認する。


「あれ? 枕と布団は置いてたような……魔法鞄の中に入れっぱなしだったかな……」


 王都に来て1番慣れなかったのが枕で、王都の枕は中が綿、俺が2年前に実家から持って来た枕は蕎麦殻の枕で……


「まあいいか……とりあえず軽鎧とホルスター買わないとな……背負子も必要かな……」


 魔法鞄を用意出来るまで荷物は背負子でも背負って運ばないと……


「時間停止と重量軽減の付いてる背負える魔法鞄なんて、いくらするんだろ……」


 腰に付けてた遅延と重量軽減の付いた魔法鞄はタダでも作れるだろうよ。でも背負ってた奴なんて蓋の皮ですら買えなさそうで……


 二度と護衛なんて受けない、俺は薬草採取と食用動物狩りだけで十分だ。


 そんな事を心に決めて、聖衣を脱ぎもせず酔ってフラフラなまま倒れ込むようにベッドに寝転んだら……


「痛い……布団も買わないと……」


 麻袋に入り切らなかったから魔法鞄に入れてたかな? あの布団、そこそこ値の張るいい物だったのに勿体なかったな。


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