夜になってエルフの村に近付いた、もちろん全身に枯葉や草を纏って。


「たしかギリースーツって言うんだっけ?」


 ションじいちゃんが生きてる頃に教えてくれたっけ……

 俺が体に草を付けて後ろから近付いて脅かそうとしてたら、振り向きもせず俺の首根っこ掴まえて。


「流石にエルフでも分からないみたいだな」


 両親が言うには、森の中で1番違和感を感じる物は人間の頭部から肩にかけてのラインらしい、村の狩人も冒険者達も言ってた。俺もそう思う。

そこを誤魔化せたらエルフすら欺ける、いい事を知った。


「篝火を絶やすな、奴が子供を攫いに来るぞ」


 そんな事を言う偉そうな男のエルフの声を聞きつつ、やる訳ねえだろって心の中で答えて、30mくらい離れた下草がおおい茂る場所を、ゆっくりと村の方向へ移動して行く。


「カタツムリのように……ナメクジのように……」


 ゆっくりと、少しずつ、周りの草に同化して、周りの枯葉に潜んで……


「ああ……ダメだこりゃ……」


 村の中が見える位置まで匍匐で進んで来たけど、村の中を観察したら……それ程裕福な村じゃないのが分かる。


 自然と共に生きるエルフか……


「盗みはダメだよな……たとえ捨てる物だとしても、盗まれたら嫌な気分になるんだし……」


 あとちょとで、踏み越えてはダメな所に足を踏み入れる所だった……


『独身のうちは、たとえ木の根を齧ってでも正しいと思う事をやれ。子供が出来たら後の事を考えつつ臨機応変に対応しろ』


 俺が魔法学園に入学する直前に父さんの言ってた事が思い出された。



 あれから2日、着る物も無しで水場を離れる事に恐怖を感じて、この付近を離れる事が出来ない。


 そんな中で……


「足跡を見付けた。何回か村を往復してるぞ」


 聞こえて来たのは人の声。


「誘拐の下調べでもしてるんだろう、逃がすと誰かが拐われる、何があっても捕まえるんだ」


 たぶんエルフの村の男達だろう。たぶんじゃないな、確実にだな。


「抵抗はしない、話を聞いてくれ」


 風下に居る俺の声がエルフに届くかは疑問だったけど、500mくらい離れてても聞こえたようだ。


「武器を捨てて両手を頭に」


 先頭を歩く長髪のエルフに言われた事を……


 武器…………持ってないよな……魔導書は本だし。


「言うとうりにする。抵抗はしない」


 この数日、野草しか食べてないから力も出ない、抵抗なんて出来ないさ。


「やはり人間だ、縄をうて」


 人間……なんだろうか?……


 口と両の手足を縛られて、丸太に括り付けられて獲物のように運ばれる俺。

 せめて何か1枚でも良い、布を掛けて欲しかった。そんな事を考えながら、くい込む縄の痛みに耐えて、到着したのは村の広場で……


「人間だ」「まだ若いね」「初めて見た、あれが人間?」「ここ最近の食料の盗難はアイツか」「髪が茶色だね」


 身に覚えの無い事まで俺のせいにされて、素っ裸で腰に魔導書を付けただけの俺は、そのまま晒し者にされてしまった。


「長老達に連絡を、コイツがどうやって結界を抜けたのか調べて貰う」


 ああ、そうだった……


 エルフの村が簡単に見つからない理由の森の結界。エルフの血が混じった者には一切効かないが、エルフの血が混じって無い者には効果覿面。


 目の前に村があっても反対方向に向かう、不思議な結界があるって婆ちゃんが昔言ってた……


「人間、覚悟しろよ。盗んだ食料分はきっちり責任を取ってもらうからな」


 もしかして野草も食べたらダメだったんだろうか?

ただ、あの水場は人の気配なんか無かったんだけどな……


 一応この場に居る全員目視で捉えられる、いざとなったらカユカユ魔法を発動して逃げれば良いさ。

縄くらい腐り魔法でいくらでも千切れるんだし。


 粘度の高いヌルヌルを後ろに出しながら走れば、追いついて来たら必ず足を取られるだろうし。


 実際の時間は10分ほどだったらしい。

 でも俺が素っ裸で手足を縛られて広場に転がって晒し者にされていた時間は1時間にも2時間にも感じられた。



 そんな時間を過ごしてたら、若い女エルフに連れられて2人の老人がごちゃごちゃ言いながら近付いて来た。


「まったく、ただの人間が入れるわけないだろ、馬鹿なことを言うんじゃ無いよ」


「この村最後の生粋のエルフだった母ちゃんの結界が、そう簡単に抜けられる訳ないだ……」


 長老ってたぶん奥に居る白髪の人で……耳も尖ってなくて、どう見ても人間ぽくて……

 もう1人一緒に来た女性も白髪の人も、小さい頃から良く知ってる人で、というか俺の母方の祖父母で……


「ありゃライルじゃないの。そりゃ結界も意味無いね、あんた盗っ人になったのかい?」


 白髪の人間ぽいのは俺の爺ちゃんで……ハーフエルフで人間の血が濃く出た人で……


「まさか、そんなことは無いだろ? 憧れてるのが正義の味方なライルが盗っ人になんかならんだろ? そんで本当の所はどうなんだ?」


 口も縛られてるから答えられなくて、腐り魔法で顔の周りの縄を腐らせるのは流石に嫌で……


「長老達の親族が子供達を拐ったと言うのか……」


「食料庫の中から保存食を奪ったのも長老達の孫だと……」


 違う違う。食料庫が水場ってなら俺かもだけど、あそこは湧き水が出る泉だったからな。


 喋る事が出来ない俺を後目に、エルフの男達の目がどんどん怒りに染まって行く……


「まったく若い男共はバカしか居ないのかね?」


「ほんにじゃ、自分達ばかり肉を食い酒を飲み、狩りで生計を立ててるのは若い男達だとか言って、普段から全部女任せにしとるから現状を把握出来とらんのだ」


 もう1組来た、こっちも良く知ってる。


 耳の長い白髪のエルフと金髪のままで少しだけ目元にシワがあるエルフ。


 こっちは父方の祖父母。爺ちゃん同士が兄弟の俺の4人の祖父母が揃った……


「あんたらライルに感謝しな、この子が魔導書を使わず村に被害を出さなかった事にね」


 俺を縛ってた縄を解きつつ、爺ちゃんに言われた事……


「意外にデカいモノをぶら下げとるのww」


 ちょっとイラっとした。



 解放された後に祖父母達にどうしてこうなったかを伝えたんだけど……


「そりゃライルが悪い」「んじゃんじゃリーダーの判断は正しいと言えるの」


「そんな状況でサポートなんて言ったら、俺を置いて先に行けって言ってるのと同じじゃないか」


「自分の能力も伝えんと、そんな事を言うからそうなるんじゃ」


 俺と似たような体型の母方の祖父の服を貰って着込んだ後に、4人からやたらめったらダメ出しされて……


「んで、ここはランシャ村でいいのかな?」


 実家まで半日歩けば辿り着けるくらいの場所で。


「ライルが前に来た時は2歳だったから覚えとる奴がいなくても仕方ないわい」


「何かあったら私らがリンゲルグに行ってたから仕方ないか」


 部屋の中央に囲炉裏があって、そこで肉を焼きながら、この後どうするか相談してたんだけど……


「どうじゃサイクロプスの背ロースは?」


 1口かじって、美味いなこの肉って思ったのはサイクロプスの背ロースらしい……


「やたら目と鼻を抑えて歩くアホなサイクロプスがおったから仕留めたんじゃが、熟成もちょうど良い塩梅じゃろ?」


 そのサイクロプスって……


 こいつのせいで今の俺は……


 エルフの伝統的な装束、ピチピチの緑のタイツと草で出来た丈の短いシャツを着る羽目になったんだよな……


 そう思うと、腹がはち切れるくらい食ってやろうと怒りがフツフツ湧いてきた。



 結局そのあと、祖父母に2日分の保存食を貰って街道まで送って貰った。


 村に住む、ある程度年齢の行った子供達は攫われたんじゃなくて、祖父母と一緒にサイクロプス狩りに行ってらしい。食料も勝手に持ち出したそうだ。


「村の若い男衆はラッセルを呼んで鍛え直して貰おうかね、エルフの矜恃を忘れてしもうとるからの」


 父さんも大変だな、この4人に振り回されるんだし……


 そんな事を考えながら向かうのは王都で、王都までは丸1日歩けば辿り着けるくらいの場所で……


「森を真っ直ぐ突っ切れたら案外近いんだな」


 そんな事を知れた初体験の護衛依頼だった。




 街道を1人で歩いて王都に着いたのは朝早く、まだ大門が開いたばかりの時間で、ハンセンが誰も居ない大門の前で、朝の準備体操をしてた。


「ぶはっ!ww なんだよライル、その冒険したい若者がやるような服装は」


 海老反りになって起き上がった直後に俺と確認出来たらしい、思いっ切り唾を撒き散らしながら噴き出されてしまった。


「エルフの伝統装束だよ。じいちゃんに貰ったんだ」


 ハンセンは俺にエルフの血が混じってる事を知ってる。


「う〜ん……よく見れば、何となく似合ってんのか?」


 嫌だよ、フォレストフロッグの皮を限界までピチピチにした足のラインが浮き出るタイツと、針葉樹の葉を束ねて作ったへその見えてる丈の短いシャツが似合うとか。


「この格好じゃ王都を彷徨いてたら捕まるだろ、なんか着る物貸してくれよ」


 ハンセンは詰所のロッカーに濡れた時用の着替えを入れてるはず……


「ああ、洗濯してないけど、たぶん臭わないだろうし、着て行っていいよ」


 

 その言葉で服を借りるのを躊躇した……ついこの間までの雨季の間にロッカーに眠り続けてたであろう衣類なんて……


「やっぱりカビてる……」「くさっ! 全部棄てないとな」


 捨てるなんて勿体ない。


「裏の井戸で洗ってくる、乾いたやつを何着か借りるけどいいよな?」


 俺の言葉でハンセンが、とびっきりの笑顔って奴になった……


「洗濯してくれんの? 俺って洗濯が1番嫌いなんだよな。報酬要るだろ? クレイジーベコの肩皮の外套もカビてるけど、コレやるよ、使える皮だけでも高いんだろ?」


 魔法衛兵隊の支給品を……良いんだろうか?


「ちょうど少し肩皮が欲しかったんだ、受けるよ」


 俺のヌルヌル魔法は汚れに付着させると、汚れを浮かして落としてくれる。カビとかインクとかも根こそぎな。


 井戸の水で流せばカビも匂いも綺麗になるし、温風魔法で乾かせば簡単に洗濯なんて終わる。


「はあ……護衛なんて行かずにハンセンの洗濯物やっときゃ良かった……」


 詰所と大門の隙間から、あのキャラバンが見えた……


「キャラバンは無事なんだな……冒険者達も……」


 とりあえず後で冒険者ギルドに行って、あの行為を訴えてこよう。


 今はそれよりも……ピチピチのタイツを着替えるのが先かな。

 

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