徘徊
魔物や猛獣が徘徊する森で生き残るのに肝心な事は焦らない事。
「腹を立てるのは後回しだ、先に生き残る事を考えないと」
水場を拠点にするのは危険だ。魔物が近付く事は殆ど無いと言えるが、猛獣は違う。
魔物が徘徊する森で生き残れる猛獣は、それなりにタチが悪い奴等だから。
背後から襲われてしまえばあっという間に死に至る事は間違いない。
魔導書を綺麗に洗って泥を付ける、魔導書の匂いを消して、魔導書にも枯葉や草を付着させて見た目も誤魔化す。
まだ森の中で良かったと思う、これが砂漠や荒野なら俺は何も対応出来ずに死んでたんだろうから。
体に纏う枯葉や草は、1度温風を吹き付けて虫を払ってから付着させる。痒いのはゴメンだから。
今回の事で1つだけ新しく魔導書の中の魔法について知る事が出来た、腐り魔法は魔法鞄の中身まで腐らせてしまうみたいだ。
困った事にポーション瓶ごと腐らせてしまった。
貴重品や高い物はギルドの荷物預かり所に預けて本当に良かったと心から思う。
もしか、いつも通り殆ど入れっぱなしだったら、いざ生きて帰れても、その後の生活が大変そうだし。
「またフォレストウルフ狩りしないとだよなあ」
俺の着ていた軽鎧はフォレストウルフの革で出来た軽鎧だったんだ、多少の毛を残したまま軽鎧に仕立ててあったから、狼の匂いに怯えて、ある程度の猛獣や魔物は近付く事も無くて、森歩きには最適な鎧だった。
群れで行動する
こんな状況でも俺があまり焦ってない理由は、ハルネルケの森が俺の育った村の里山や森も含まれる大森林だって事。
俺の実家がある村から更に西に行くとリンゲルグ山脈と言う人の世界と魔物の世界を分けてる山脈があるんだが、そこを越えない限り、やっぱりココもハルネルケの森で、植生や生態系なんかは同じだから。
小さな頃から遊び場だった森、だから俺は落ち着いてられる。
食べ物の確保も、夏を目の前にしたこの時期なら心配無い。森は様々な恵を与えてくれるから。
「こんな時だけど、つくづく生粋の人間じゃなかった事を有難いと思うよな」
俺の両親は、どちらともクォーターエルフ。
だから俺にもエルフの血が混ざってる、外見は人間と殆ど変わらないんだけど、耳の良さとか森での行動力とか、どちらかと言うと内面はエルフ寄りだったりする。
実を言うと俺は生粋のエルフに会った事が無い。
父方の祖父がハーフエルフ、母方の祖父もハーフエルフ。というか俺の両親は従兄妹なんだ。
俺の曽祖母が生粋のエルフらしいんだが、俺が生まれる前に死んだって聞いた。890歳の超大往生だって聞いてる。
「とりあえず方角を調べて、ゼルヘガン方向に向かうのが良いな」
道に出て進むのは無理だろうな、今朝まで通って来た道は、大人数だったから何も無かっただけで、1人で歩けば、あっという間に襲われるだろうよ。
上を見て、この付近で1番高い木に登る、太陽の方向と風向きを調べる為に。
この時期の風向きは基本的に南風、向かい風方向に進めばゼルヘガン方向に進むのと同じだろうし。
もしか途中方向がズレたとしても、王都からゼルヘガンを繋いでいる街道に出るはず。
モタモタしてると夜が来る、早く行動しないと。
「森の中で1泊するなら、安全は確保しときたい」
出来ればフォレストウルフの縄張りに入るのが良い、木の上に登ればフォレストウルフは襲って来れないし、フォレストウルフを恐れて他の魔物や猛獣は近付かないし。
「あれって炊飯の煙だよな……」
木の上に登ってみれば、遠目に見えるのは数本の煙。どう見ても人が飯を作る為に起こしたであろう規模の煙。
「良かった、隠れ村か獣人の村がありそうだ」
隠れ村ってのは、王国の秩序を嫌った民が、ひっそりと森の中で昔からの暮らしを続けている村で、外から来る者にもそれなりに友好的。
行商をメインで取り扱う商会の中には、隠れ村を回る専門の商会もあって、森でしか取れない希少な薬草やキノコなんかを商ってたりする。
獣人の村は、元々都会暮らしが性に合わない獣人さん達が森の中に作った村、こちらも来訪者には友好的で、たまに来る来訪者をもてなして、外の話を聞く習慣を持っている。
たまに迷い人が来ると、お祭り騒ぎになるらしく、今の状況でお祭り騒ぎとか勘弁して欲しいなんて思う。
でも今の状況を考えれば、人里を見付けて助かったって本当に思ったんだよ……
10分間くらい警戒しながら炊飯の煙が見えた方向に森を進むと、明らかに人の手が入った場所に出た。
「すいませーん。助けて下さい」
遠巻きに見える人物は、金髪で細身で耳が長いから、エルフだと思う。聞いてた特徴と同じだから。
まだ500mくらい離れてるけど、森の中ならたぶん聞こえてるはず。森の中なら森精霊の加護があるはずだし。
俺の声に反応したエルフさん、たぶん女性だろう……
「ぎゃー! バケモノー」
うっかりしてた、全身葉っぱや草を付けたまんまで……
「大丈夫かっ! ユーフィリア! 待ってろ!」
ボェエェェエエエエエなんて角笛の音がして……
「新手の魔物かっ! 女子供を村の中へ。男共、弓を持て!」
ワラワラと弓を持ったエルフ達が、矢をつがえつつ俺を狙って来る……
「ちがう! 魔物じゃない!」
矢を避けながら叫んだけど、向こうは聞いちゃくれない、兎に角今は水場まで戻ろう。
足元にヌルヌルを大量に出してから少し迂回して水場まで走る。見た事無いであろうヌルヌルにエルフが戸惑ってくれたら十分と思いつつ。
「くそっ、せめて上半身だけでも何も付けずに行動するべきだった」
水場に戻って来たら、もうエルフ達は追い掛けて来てないようで、耳を済ましても足音も声も聞こえない。
「村の反対方向で安全な場所を探さないと」
ちょっと腹が減った、水場の周りに生えてた、アグリスって名前の苦いけど生で食べられる草を食べて、水場の近くに生えてた大木の枝に捕まって、その日は1晩眠らずに過ごした。
1晩丸々を警戒しながら過ごしたけど、水場に来る生き物達は、凶暴な肉食の獣なんか居なくて、ココが比較的安全だと知る事が出来た。
「今日は葉っぱを落として行ってみよう」
昨日の失敗はもうしたくない、だから湧き水で葉っぱや雑草を洗い流す。
「腰蓑だけとか……未開の蛮族か……」
とりあえず下半身は隠した方が良いと思い、草を使って腰蓑を作った。
もしか矢を射掛けられた時の為に魔導書のヌルヌル魔法のページは開いて、腰に蔦を使って固定しといた。
「昨日は申し訳ないです。助けて頂けませんか」
昨日と殆ど同じ場所で、昨日とは違って、たぶん子供だろうエルフに遠くから話し掛けてみた。
「キャー!! へんたい! へんたいが居るよ!」
「ちょ! 変態じゃない! 困ってるんだ!」
子供特有の甲高い声で叫ばれた。
叫んだ内容があんまりだったから反論したんだけど……
「やっぱり狙ってやがった! どこだ変態は!」
「人の足跡のようだったから、まさかと思っていたんだ」
「あそこだ! 見てみろ、素っ裸で森を歩くなんて真性の変態だ!」
「子供達に見せるな! 弓と魔法の準備!」
まさかだった……待ち構えてたって言えばいいんだろうか?
ワラワラと弓や魔法を何時でも使えるように準備した沢山のエルフ達が……
「斉射!」なんて掛け声と共に、俺目掛けて大量の矢と魔法が……
「ヌルヌル最大量!粘度はベトベトで!」
魔導書を腰に付けたおかげで両手から出せる粘液。
俺の前に展開した大浴場をいっぱいにしても余るヌルヌルは、粘度を上げれば矢も風魔法も通さない盾になる。
不可視の風の刃でヌルヌルが切り裂かれてもすぐに元に戻るし、矢が突き刺さっても突き抜ける事は無い。
「違うんだっ! 助けて欲しいんだよ!」
向こうが風上だから、俺の声が聞こえて無いんだろう。何度も何度も矢と魔法を斉射されて逃げるしか出来なかった……
結局水場まで逃げて来た、ここなら食べられる野草も生えてるし……
「エルフなんて最悪だ。何が誇り高く慈愛溢れる種族だよ!」
父さんや母さんが良く言ってた事を思い出して悪態をつく「困っている者が居たら助けるのがエルフ流だ」あんなの嘘っぱちじゃないか……
仕方ないから今日もアグリスを食べて、今夜エルフの村で着る物を1着盗んで、エルフの村を迂回して南に下ろうと考えてたら……
「ガシャ草じゃん、あぶないあぶない」
アグリスと殆ど見た目は同じ、葉の裏に小さな黒い斑点があるだけで、殆ど見分けのつかない毒草が混ざってる……
水場の周りに沢山生えてるアグリスの中に、1本だけ生えたガシャ草、こんなの間違って食べたら数日は腹痛に悩まされる事間違いなしだ。
「1本だけだし抜いとくか、誰か間違って食べたら大変だもんな……」
抜かずにエルフ達が間違って食べたら良いと、一瞬だけ考えたけど、やっぱりそれは俺の主義に反するって事で抜いてみたら……
「うわっ! また光った!」
温熱草の綿毛を掴んだ時と同じ光。
手に持った、抜いたガシャ草から魔導書に向かって光が吸い込まれる……
「ハハハッ。こんな時に増えた……」
喜んで良いのか悪いのか、この状況になってまで手入れる事に価値がある魔法であって欲しい。
そんな事を考えながら、腰に縛り付けた魔導書を外して、新しくページを開いてみると……
「腹痛魔法……我慢出来ない下痢になる……」
毒の悪魔・ピーガンの能力、腹痛魔法……
「自分を起点に扇状に展開される、展開出来る範囲は10度〜130度まで、最大範囲は手の長さの30倍……」
クソっ! せめて悪魔にトドメをさせられる魔法が欲しかった……
「はぁ……まあ、こんな短期間で2つも増えたんだし、喜ばないとだよな」
学生時代に4年間頑張ってみても、たった1つしか増えなかった魔導書のページが、いざ社会人になったら、半年も経たずに2つも増えたんだし……
「魔法の効果を確認するのは、安全な場所に辿り着いてからだよな……夜になるのを待とう……」
里山周辺を遠巻きに見て、服、もしくは布を1枚盗んで南に向かおう……
「せめて話を聞いてくれたら……」
両親に聞いていたエルフのイメージが完全に崩れて、俺の中でのエルフはゴブリンと同レベルの、見つかれば襲いかかって来る生き物に認定された瞬間だった。
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