臨時
いよいよ俺も1人前の冒険者と認められる銅級の進級試験に挑戦する時が来たようだ。
と言うのも……
「鉄級じゃぁ月賦は無理だな、信用が足りん」
俺の履いてるブーツを修理するのに大金が必要になったから。
冒険者ギルドが冒険者向けに貸付けている、装備を整える為の低金利の借金を申し込もうとして、そんな事を言われたから。
「何気に市販の靴よりずっと履きやすいんだもんな」
爪先が解れて来たから新しい靴を買おうと、二等街区にある冒険者向けの装具店で靴を買おうと色々試しに履いてみたんだけど、靴の中は真っ平らで、靴底もほんの少し溝が入ってるだけ、足の甲が当たる部分も硬い革で出来ていて、ソレを履いたら靴擦れを起こす事が容易に想像できた。
「ションじいちゃんの形見って、何気に凄いんだよな」
俺が9歳の時に亡くなった近所の爺ちゃん、ちゃんとした名前は知らない。
80歳の大往生だったって、後で年齢を聞いてびっくりした。
人間なんて70年も生きたら大往生だろうに。
若い頃は冒険者だったらしく、色々な装備を村の皆で形見分けしてた、俺が貰ったのは……
「クレイジーベコの肩革だけで金貨12枚とか……」
靴屋に言わせたら、軍属の高位貴族が履くような靴なんだって、外見は普通の山歩きする時に履くブーツと変わらないんだけど、素材も仕立ても一流なんだと。
毎週ちゃんと洗って、ちゃんと油で拭いて、ちゃんと手入れはしてたけど、それでも俺の足がピッタリサイズになってから3年くらい、晴れてる日は、ほぼ毎日履いてたからな……
「臨時パーティーでも探そうかな……」
鉄級から銅級に上がるには、大型の魔物を狩るか、護衛依頼を達成した事があるか、どちらかをやってなきゃ試験すら受けられない。
学生時代に手伝わせて貰った冒険者パーティーの大型魔物討伐は、その時の俺の登録証が学生用の仮登録証だったから、本登録には反映されないらしい。
冒険者ギルドの臨時パーティー募集掲示板を見に来た。大型の魔物討伐よりは、やったことの無い護衛依頼を受けたいと思う。
冒険者として生きる先輩達の技を盗みたいから。
「最初はゼルヘガンに向かいランデンベルを経由して王都に。全行程14日を予定してるか……」
短期の護衛依頼なんて無くて、中期の依頼の中で期間が1番短い物を選んでみた。
西の伯爵領都ゼルヘガンは俺の実家に近い都市、何となくだけど知ってる方向に向かうのが良い気がしたから。
北の伯爵領都ランデンベルはユングの実家がある都市だ、確かユングの1番上の兄が現伯爵だったはず。
出発は4日後。明日面接があって、それに合格したら採用らしい。遠出して半月近く家を空けるなら貴重品はギルドに預けようかな。
盗まれたら困る物を部屋に帰って選別してたら、ふと気付いた事がある、たとえ捨てる物だとしても、捨てる前に盗まれたら、それはそれで腹が立つだろうって事。
「高い方から服は入れて、装具は全部……靴は……雨の日用のブーツで良いか、爪先が開いてる靴じゃ危ないもんな」
腰に付けてる魔法鞄の中に入ってる現金は半分、背中の魔法鞄の中身は全部持ったまま、少し大きめの布袋に入るだけ入れて……
「服とか布団とかは置いてて良いか……」
ちょっと心配だな。
次の日、冒険者ギルドのロビーで軽い面接があって、2頭引きの馬車6台の護衛依頼だって知った。
面接は簡単に終わった、3人パーティーが2組、ソロが6人集まった臨時パーティーが出来上がって軽いミーティングをして、出発の日の夜明けに大門の前に集合って事になった。
「よろしくお願いします。鉄級に上がって2ヶ月ほどですが、学生時代から採取や討伐なんかは補佐してました」
【英雄の靴】ってパーティーのリーダーが銀級に1番近くて、その人を仮のリーダーに据える事に誰も文句は言わなかった。
「俺達は身の程を弁えててな、剣や盾なんかなれる訳ねえ、でもよ英雄も靴が無けりゃ戦えねえだろ? 冒険者に靴は必ず必要なもんだ、俺達もそうなりてえって思って付けたんだぜ」
珍しいパーティー名ですねって言ったら教えてくれた。堅実にやってるっぽい冒険者パーティーみたいで、なんか好感が持てた。
初めての護衛依頼だったからかな、かなり早くに目が覚めて、暗いうちに大門前に来てみた。
「おはようでいいのかな? それともこんばんはかな?」
「どっちでも良いと思うぞ、おはようハンセン」
ちょうどハンセンも引き継ぎが終わって勤務時間になったみたいだ、まだ誰も通行人が居ない大門の前で準備体操をしてた。
「初めての護衛依頼でさ、少し遠出してくる。14日の予定だけど1日か2日くらいは前後するって感じだな」
「おっ! ついにライルも銅級に挑戦か。頑張ってこいよ」
ハンセンの魔法衛兵姿もだいぶ見慣れてきた。
「ゼルヘガン経由でランデンベルの行程だから危険なのは途中の森を抜けるくらいだし、護衛依頼に慣れてるパーティーが2組参加してる臨時パーティーだから、俺は見学のつもりだよ」
雑談してたら、いつの間にか臨時パーティーの全員が集まって、護衛対象のキャラバンも揃った。
「面接の時のミーティングで決めた配置で行くぞ、長距離を歩く事になる、水分補給は各自こまめにしておけよ」
いよいよ出発。実家方向に向かうのは2年ぶり、姉さんの結婚式以来だから少し楽しみ。
ゼルヘガンまでは3日、山を越える時に対魔騎士団の斥候部隊や中隊とすれ違ったくらいで、たいして何も起きなかった。
王都からの主要な街道で何か起きる方が珍しいって教えて貰った。
ゼルヘガンでは王都からの荷物を半分下ろし、馬車3台分の特産品の果物を積んでランデンベルに向かう。
「途中ハルネルケの森を抜ける時には最大限警戒しておけよ。そこさえ抜ければ残りは楽な仕事だ」
ハルネルケの森とは、この国の西側の1/3を占める広大な森で、俺の実家も森の深い所に作られた開拓村にある。
実家付近は人の手が入ってるから歩きやすい森だけど、今から通るであろう道は、道こそあれど原生林の真ん中を突っ切る道なんだ。
森を抜けるのに都合3日、2泊は森の中に作られた野営地で。
初日は拍子抜けする程何も無くて、せいぜいゴブリン数体が遠巻きに見てたくらい。
「皆さん元冒険者か元軍人なんですね」
「そりゃ、こんな森を抜けて行商なんてやってる奴は戦えねえと即オダブツだからな」
初日の宿営地、国営の石造りの壁に囲まれた簡易砦のような場所の一角で俺が付いてる馬車の御者さんに色々話を聞いてみた。
各馬車に3人ずつ乗っていて、外を冒険者2人で守る感じで進むキャラバン、元冒険者と元軍人、現役の冒険者12人。これだけの規模に襲いかかって来る魔物は滅多にいないらしい。
「うちの商会長なんか元金級だぜ、他の学の無い奴らと違って頭も良いし度胸もある、お前も引退したらウチに来いや」
「まだなりたてですから引退なんて考えてませんよ」
そんな事を言う俺と話してるのは、まだ25歳くらいの元冒険者さん。
魔物との戦いで膝をやられて引退したって教えてくれた。
戦いに身を置くなら、いつか同じ様になる事を覚悟しとけって、見張りの時間が終わるくらいにポソっと言われたのが印象に残った。
2日目はこの依頼で最も難所になるだろう場所を抜ける、出発したのはまだ夜も明けきらない薄暗い時間帯。
昼間行動する魔物は熟睡している時間だし、夜行性の魔物は寝に入る時間。
何も起こらなかったのは10時くらいまで、真ん中の馬車にぶら下がってる魔導時計で確認したから覚えてる。
「ちくしょう、護衛は左に集まれ、デカいのが来るぞ!」
先頭から2台目の馬車を守ってた【英雄の靴】のリーダーが大きな声で叫んだ、俺は……
「サポートは任せて下さい」
サイクロプスならお手の物、眼球にカユカユ魔法を掛けてやれば殆ど無力化出来るんだし。
あとは大勢で寄って集って殺せば良い。
「そうか任せても大丈夫なんだな」
その声を聞いて、返事を返そうとした時……
「うわっ! 何するんですか!」
いきなり布を掛けられた。
「すまんな、全員助かるなんて無理だと判断した、犠牲になってくれ」
布は袋状になってて、俺の全身を包んでる……
聞こえるのは馬車の遠ざかる音と、サイクロプスが木を踏み折りながら近付いてくる音……
「なんだよこれ! ふざけんなよ」
頑丈な麻袋っぽい何かで身動きが殆ど取れない。
考えろ、考えろ、考えて、考えて……
「そうだ!ヌメヌメ」
麻袋を満たすくらいに全身からヌメヌメを出す。
「腐れ」そしてヌメヌメや麻袋を腐り魔法で腐らせる。
一か八かだ。サイクロプスの鼻が、魔物と同じく良くてくれ……
「ヒートウインド」俺を中心に外に向かって暖かい風を。温度はそんなに上げず、風の強さだけ強くして。
(足音が遠ざかってる……良かった……)
その時は助かったって安心感でいっぱいで、まだ怒りなんて湧いてくる訳もなく。
「ああぁ……忘れてた……」
俺の腐り魔法は術者や魔銀、魔導書には効かない。
でも、ヌルヌルや麻袋が触れてた部分は……
「こんな森の中で裸とか……」
腰ベルトに付けてた魔法鞄も背負ってた魔法鞄も、着てた軽鎧も雨靴も下着も……
首から下げてるミスリルチェーンとミスリルメッキしてある3枚のタグ、ホルスターの残骸が付着してる魔導書だけが俺の手元に残った。
「まずは水場を探さないと。匂いをどうにかしないと夜になったら腐肉食いに狙われるし」
俺の特技、耳を澄ましてみる。森の中なら俺のフィールドだから。
「2kmくらい離れてるか……そんなに小さい流れの音じゃ無いから水棲魔物に注意しなくちゃか」
馬車を追い掛けて走っても良いけど、俺一人だったら襲いかかって来る魔物だって居るだろうな。
「とりあえずヌルヌル」
もう一度ヌルヌル魔法を発動、今度は粘度を上げてベトベトに。
ベトベトを全身に纏って、それに枯葉を装着。
森の中で行動するならコレが1番見つかりにくい。
初めて裸で葉っぱを全身に付着させたけど、小さな虫が居てむず痒い。カユカユ魔法はこんなもんじゃ無いから、アレはアレで極悪な魔法なんだなと痛感した。
「やっぱり魔物でも腐った匂いは嫌なのか。1つ勉強になった」
少しずつ水場に近付いて行く俺。さっきの事を思い出すと腹が立つけど、今は安全の確保が先。
「ああ、良かった……湧き水だ」
湧き水が源泉の清浄な水場には魔物は滅多に近付かない、ここまで緊張しながら移動して来たから兎に角最初に水を飲む。
「うめえぇ……久々に飲んだよ自然の湧き水なんて」
王都で暮らしてたら魔法で作られた水だもんな。
腐臭の漂う体を湧き水を浴びて洗い流す。ついでにヌルヌル魔法で出したベトベトも。
水場に浸かってしまうと、せっかく綺麗な湧き水なのに汚れてしまうから、それだけはしちゃいけない。
「匂いさえ消せたら何とかなるよな」
魔物が徘徊する森の中に着る物すら持ってない俺1人、怒りよりも不安の方が大きくて押し潰されそうだった。
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