祓魔師のお仕事


 いい事があって1日ゆっくり休もうと決めてたのに、朝起きて朝食を買う為に広場に出てる屋台に向かう途中で嫌な相手と出会ってしまった。


「おはようございます、ライル先輩。こんな時間に会うなんて珍しいですね」


 着てる聖衣は銀級を示す銀糸の刺繍かしてあって、首から下がってる聖印が中位くらいだと教えてくれる祓魔師2人を護衛に付けたアイシャ。


「ああ、今日は久々の休みでな。今から朝食を買いに行くんだ」


 正直に答えた俺がバカだったのか……


「それなら丁度良かった。今から悪魔祓いの見学に行くんですけど先輩も一緒に行きません? バイト代も出ますよ」


 断れる訳がないだろ、アイシャの後ろに居る2人の聖衣を着込んだ祓魔師さん達に睨みつけられてる。


 この人達も半ば無理矢理に相手をさせられてるんだろうな。


「木級祓魔師の俺で良ければ」


 自分の身分を明かして、貴方たちより下の位の人間ですよって自己主張しておく。直接悪魔祓いに関わるより、低級の祓魔師だから雑用でもさせとこうか、なんて方が楽だから。


 それに、本格的な悪魔祓いを見るのは初めてだし、後学の為って理由もあって……


「色々勉強させて頂きます」


 俺が一言付け加えたら。


「お嬢の相手は頼んだぞ、現場でうろちょろされると迷惑なんだ」


 めちゃくちゃ小さい声で俺の耳に届いた声、言霊魔法だろうな。


 軽く会釈して同意しておいた。

大急ぎで焼き立ての黒パンにベーコンを挟んだ物を購入して食べながらついて行く。


 目的の場所まで歩く間に、今回の悪魔祓いについて色々と質問してみた。


「今回の相手はどんなタイプの悪魔付きなんですか?」


 悪魔には様々なタイプが居る。まずこれを聞いておかないと。


「先に自己紹介をしておこう。君の名は知っているライルだろ? 会長からお嬢の手網を握るのが上手いから何かありそうな時は連れて行けと言われている。俺がケビンで、あっちでお嬢に指導をしているのがフォーブルだ」


 ケビンさんもフォーブルさんも魔導書以外に何も持ってない、大丈夫なんだろうか?


「よろしくお願いします」一応ちゃんと挨拶はしとかないとな。


「今回の被検体は四足タイプだと聞いている。何、心配するな。四足は俺もフォーブルも得意な相手だ」


 なるほど……四足って事は魔物から悪魔になった口か。


「それで封じ込める手段は?」これも肝心、邪魔にならない場所からちゃんと見ておかないと。


「それは教えられんよ。連盟から同じ依頼を受けた相手は仲間だが、そうでなければライバルなんだからな」


 連盟所属の祓魔師は皆コレだ……そりゃ魔導書をコンプリートしたら高額で取り引きされる物になるのは分かる、だけどこんなので良いんだろうか?


 そんな疑問を持ちながらも、俺も連盟所属の祓魔師だもんな……


「アイシャの相手は任せてください。これでも3年以上付き合わされてるんで……色々な事に……」


「そうか……君も大変なんだな……」


 分かってくれる人が居た! これだけで少し嬉しかったりする。


 教えられないと言った手段も、俺に同情したんだろうな、肝心な所は隠してたけど色々教えて貰いつつ歩く事15分くらい、中流層って言われる1等街区まで歩いて来た。


 上流層は貴族やお抱え商人なんかが住んでる別世界、祓魔師連盟の本部もそこにある。


 あれ? でも中流層なら俺の住んでる最下級層になんで来たんだろ……上流層から直接行けば早いのに。


「君の目にこの建物はどう見える?」


 少し大き目の綺麗な戸建ての家の前でケビンさんから質問された。


「なんか居ますね、見た目には綺麗ですけど気配が変です。人の気配もしません」


 気配を探るのは得意だよ、だって森育ちだもん。


「住人は数日前から治療院暮らしだ。中に居る奴のせいでな」


 雰囲気に違和感を感じるのは2階の南側の部屋、住人が治療院暮らしと言う事は、既に人間くらいなら撃退できる程に育ってるってことか……


「木級の癖に勘が良いんだな、今見ている2階の角部屋が目的地になる」


 聖衣の内ポケットから試験管のような物を2本取り出したケビンさん、中には何か個体が入ってる物と液体が入ってる物の2種類。


「今回のケースは良くある依頼だから気構える必要なんか無いさ。気楽に行こう」


 ここからは俺とアイシャは2人の後ろに、何かあった時にアイシャを逃がせるように気をつけて進む。


 建物の中は立派な調度品が並んでいるけど……どれも割れたり破れたり……


「凄い毛の量ですね。なんか汚い……」


「犬の毛だよ、こんなのは気にしなくていいさ」


 家中に落ちてる犬の毛らしき物を、なんで犬の毛って分かったかと言えば……


「可愛いワンチャンですね」「大事にされてんだろ?」


 破けた絵に4頭の犬が描いてある、どれも長い毛の茶色の犬。落ちてる毛は同じ色合いだし、絞った雑巾臭いし間違いないだろう。



 前を進む2人は落ちてる毛を見ても何も思わないようで、2階への階段をずんずん登っていく。


「この部屋に閉じ込めるのに住人が怪我をしたようだが、幸いな事に住人は軽傷で済んでいる、とは言っても加護付きの聖衣を纏った祓魔師の相手ではないんだがな」


 おもむろに部屋のドアを開けたフォーブルさんと、液体の入った試験管を構えるケビンさん……


 ドアが開いてチラリと見えたのは……


「仔犬?」「だな……」


 体調20cmくらいの小さな仔犬なんだけど……


「噛まれたら熱が出るから気を付けろ、ワーウルフ付きだ」


 悪魔ってのは魔物や魔族が死んだ後に、死を認めず死を拒絶した者が変化した物。

 人間や動物が死んだ後に、同じように死を拒絶すればレイスやリッチ、ゾンビやスケルトンになるらしい。


 悪魔は単体では実態を持たず、生前と似たような生き物に憑依して力を発揮する。


 ワーウルフ付きって事は、ワーウルフの悪魔が宿った仔犬って事だ。


「さあいい子だ、こっちにおいで」


 試験管を開けて仔犬に近付けるケビンさん。


「ふんっ」なんて掛け声を上げて飛び掛るフォーブルさん。


 そして肝心な仔犬と言えば……


「うわっ、歯がギザギザ! 爪長っ!」


 仔犬とは思えない速さでケビンさんとフォーブルさんをすり抜けて、俺の横に居るアイシャの足元に……


「えいっ!」なんて言いながら素早い動きと力の籠った踏み付けで仔犬の首を踏み付けるアイシャ……


「お前は血も涙もないのかよ? 可哀想だろ?」


「だって、この子私に噛み付こうとしたんですもん。そりゃ踏み潰しますよ」


 悪魔を祓うなら捕まえて動けなくして聖水かければ良いのに、硬い革靴の靴底で踏み付けられた仔犬は首の骨が折れて……


「おっ! 新しくページが増えたっぽい。やりましたよ先輩」


「お嬢、どいてください。ケビン早く!」


 アイシャに凄い剣幕で近づいて行くフォーブルさん、手に持った試験管の中身を仔犬に掛けるケビンさん……


「お嬢、依頼内容は話したはずですが?」


 中身はそれなりに高いポーションだったんだろうな、辛うじて生きてた仔犬の首が元通りになって……


 アイシャに怯えてオシッコ漏らしちゃった。


「1回でも悪魔付きになった生き物は、悪魔に乗っ取られやすくなるんでしょ? トドメをさして何が悪いのよ?」


「今回の依頼内容は仔犬を無事に救う事です。後の事も考えて祝福を受けた干し肉も持ってきてるのに、殺したら依頼失敗になるんですよ?」


 神の祝福を受けた食料を食べれば、悪魔が付きにくい体になる。教会で祝福を受けた食べ物は、それなりに高額なんだけどな……


 ケビンさんが仔犬を優しく抱き上げて、仔犬に干し肉を自分で噛み砕いて柔らかくしてから与えてる。


「お嬢、邪魔はしないと言う約束だった気がするのですが?」


「邪魔してないわよ、トドメはさしたけど」


 俺の出番は何も無くて、ただケビンさんが仔犬をもふもふしてるのが少し羨ましかった。


「先輩、どう思います? 逃げられる前に仕留めるべきだと思いません?」


「ちゃんと依頼内容に合わせて行動するべきだと思う」


 祓魔師連盟本部会館に戻る途中、ずっとアイシャから文句を言われ続けて、めんどくさいながらも、ソレにちゃんと答えて……


「お嬢、この仔犬はあの家庭にとっては子供と同じなんですよ。もしお嬢の子供が悪魔付きになりやすいからって殺されたらどう思います?」


 ルーファスさんは、アイシャにも物怖じしないで苦言を言ってくれる様だ。


「子供なんて出来た事無いから分かんないし」


 あ〜……これってチョーめんどくさい奴だよ……


 依頼達成の報告や仔犬の検査を受付で手続きを終わらせて、ケビンさんとフォーブルさんはいなくなったけど、俺は……


「ねえ先輩、私の何がダメなんですか?」


「俺達は見学だったんだろ? なのに手を出しちゃダメだったんじゃないか?」


 アイシャから聞かれる事は、全部アイシャの中で答えて欲しい事が決まってて、それにピッタリ合う答えを言わない限り、どんどん機嫌が悪くなっていくんだ。


「なら先輩は私にワーウルフ付きの仔犬に噛まれたら良かったって言うんですか?」


 ここを間違うと、更にめんどくさくなりそう。


「俺の後ろに居れば良かったじゃないか。アイシャが噛まれるより俺が噛まれた方がマシだよ」


 たぶんこれで合ってるはず。アイシャは自分の事を大切にされてないって感じると機嫌が悪くなるから。


「おっ! 先輩も言いますね、んじゃ次があったら私の盾になって下さいね」


 やっぱり正解、一気に機嫌が良くなった。


「えへへ、魔導書のページも増えたっぽいしパパに報告してきますね、先輩も来ますか?」


「俺は夏用のブーツを修理に出しに行くから帰るよ」


 更に会長と会うなんて、どんな嫌がらせだよ……


「んじゃ先輩、また次の休日に」


「ああ、またそのうち」


 そう言ってアイシャと分かれて帰宅する。


 帰宅途中で「また次の休日に」なんて言われた事を思い出して……


「ヤバい、俺の休みが把握されてる……どうやって突然休みにした日まで把握してんだろ」


 とんでもない事に気付いてしまった。


 気付いた事で頭を抱えながら歩いてると、ケビンさんとフォーブルさんが下級層に入るかと言うくらいの所で俺を待っててくれた。


「やあライル。お疲れ様、良くあの状態のお嬢を相手に出来るな」


「お疲れ様です、ケビンさん、フォーブルさん。慣れですよ慣れ、学生時代から日も時間も関係無く使用人の様に扱われていれば、慣れますって」


「ライル君、ほんとに従妹がすまんな。普段は良い子なんだが、こと悪魔祓いに関してだけはめんどくさくなるんだよな」


 なんと、フォーブルさんはアイシャの従兄なのか……だからズケズケと色々言えたんだな。


「少しめんどくさいですけど、数少ない後輩なんで、一応は大切にしてるつもりですし、大切にしてるって見せたら機嫌も良くなりますよ」


 アイシャと付き合うコツを教えといた、従兄だったら把握してるかな? 余計なお世話だったかもしれない。


「とりあえず、今日のバイト代だ。アイシャの相手をしてくれていただけでケビンの胃が助かった」


 フォーブルさんに渡された小さな皮袋、受け取ってみるとずっしり重い。


「事ある毎に会長に報告されて、後でネチネチ言われてしまうんだ、分かるだろ君なら」


「ええ、分かります。アイシャだけならマシなんですが、会長が絡むと俺も胃が痛くなりますから」


 2人と軽く雑談をして、家に帰って皮袋を開けてみたら……


「すげえ、大銀貨15枚とか……ヤバい」


 銀貨換算で75枚分だよ、俺の何日分の食費なんだろ?


「やっぱり祓魔師って儲かるんだな……」


 魔導書に選ばれない限り祓魔師にはなれないから、祓魔師の人口は全然増えなくて、総人口9百万人くらいの王国の中で、祓魔師連盟に加入してる祓魔師と祓魔師見習いは200人程度。


「早く1人前になりたいな……」


 明日からも頑張ろう。そんな気持ちになれた1日だった。

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