綿毛



 ここ数日、雨が続いて森に入るのが億劫だった、でも今日はそれが嘘のようにいい天気。


「おはようライル、今日は久しぶりに晴れてるな。なのになんで雨具なんか着てんだ?」


 蒸れてジメジメ鬱陶しいけど、今日も雨具を着てる俺を見てハンセンが疑問に思ったようだ。


「まだ木や草は濡れたまんまだよ、昼くらいまでは着てないと」


 なるほどなんて呟くハンセン、森に入るのが嫌いだから分からなくても仕方ないよな。


「北の森にオーガが出たって話だから気を付けろよ」


「ああ、今日は東の森に行くから心配するな」


 この国の王都は広大な盆地に作られてる、四方を険しい山と深い森に囲まれた天然の要害ってやつ。


 城門近くの広場の屋台で売ってる1個大鉄貨の黒パンを齧りながら、東の森の林道を歩く事10分、そこから獣道に入って3分くらい藪の中を進んだ所が今日の目的地。


「おお、さすが長雨の後。沢山生えてんじゃん」


 今日の目的は苔。咳止めの薬になる赤苔ってのを取りに来たんだ。

半年くらい陰干しで寝かせた後に粉末に加工して薬になるらしくて、夏になる直前の今の時期は、1年で1番の高値で取り引きされるんだ。


「銅貨1枚、銅貨2枚、銅貨3枚……」


 一掴み銅貨1枚。長雨の後の岩肌にビッシリ生えた赤苔を毟り取っていく。


「ほんと、誰も取りに来ないんだよな……勿体ない」


 王都の冒険者達は何をしてんだろ? なんて疑問に思う。常にギルドの掲示板に依頼が出てるはずなのに。


 都会の人は森に入るのが嫌なんだろうか?


「おっ! いたいた、コイツらも嬉しいんだろうな」


 苔を毟ってると、黄色の蟻がうじゃうじゃ居るんだよ。

なんで蟻なんかが湿ってベチョベチョな苔の生えた場所にうじゃうじゃ居るのかって言うと、赤苔は甘いから。


 コイツらにしたらご馳走なんだよな。冬の蓄えをしてるんだよ。


 赤苔を採取する時に気を付けなきゃいけない事が1つ、この森には居ないけど、他に行ったら生息してるかを必ず確認する動物と魔物、熊や熊系の魔物。


 アイツらは甘い物に目がない。だから赤苔が生える場所は熊や熊系の魔物の縄張りになってたりする。


 岩肌にビッシリ生えてる赤苔を1/3くらい毟って次の岩に移動。全部取ってしまうと次が無いから必ず残すようにしてるんだ。


「おお、こっちもビッシリ」


 今日1日採取すりゃ金貨くらいにはなるかも。


 そんな事を考えながら、太陽が真上に来るまで赤苔を毟って魔法鞄に入れる事を繰り返してた。



 背負ってる魔法鞄がいっぱいになって、腰に付けてる魔法鞄にも入れようと思ったけど保存食が入ってて、そんなに入らない事に気付いた。


 脱いだ雨具も入れたいから、少しだけ保存食を食べるとする。

 

 因みに、俺の背中に背負ってる魔法鞄はかなり小型で薄型、重量軽減効果付き。背負ったままで戦闘になっても動きを阻害しない大きさの物で、蓋になってる革は鉄蜥蜴スティールリザードの硬い革で出来てる。


 ある程度威力の強いボウガンのボルトを至近距離から喰らっても、通さないくらいに頑丈。


 腰に付けてる小さな魔法鞄は、基本的に俺の貴重品や緊急時に使うポーション類、非常食なんかが入れてあって、学生時代に実習で作った物で、時間経過が遅くなる効果も付いてる。


 その為に2種類の植物系魔物の素材が必要だったんだ。

 同年代で時間経過が遅くなる効果が付いた魔法鞄を所持してたのは、金持ちか、自分で素材を集められる奴だけ。


 俺は後者。



 雨具を脱いで魔法鞄に詰め込んだら、そんなに入るスペースは残ってなくて、今日の仕事はここまでにしようと思う。明日から何をするかを考えながら、干した果物と焼き絞めた黒パンを齧る。


「珍しいな、温熱草の綿毛がこんな時期に……」


 真冬になると花が咲く温熱草は、綿毛を集めて懐に入れてるとポカポカ暖かい便利な植物。山や森を仕事場にしてる人には重宝する植物で、夏の暑い時期は地面に埋まってるはずなんだけどな……


 そんな事を考えながら、フワフワと空中を漂ってる綿毛を捕まえてみた……


「うわっ! なんだよっ……まじか……」


 捕まえた瞬間、掌に掴んだ綿毛が光って魔導書に吸い込まれて行った……

 この光は、魔導書が悪魔の力を封じ込めた証、自分の魔導書に吸い込まれて行く所なんて、まだ4回しか見たことがない。


「うひょー! めちゃくちゃラッキー。まさか温熱草で魔導書のページが増えるとか!」


 右腰に付けたホルスターから魔導書を引っ張り出す。

もちろん、増えたページを確認する為に。


「ええと……ホットフラワーデビル……ふむふむ……熱い風……ふむふむ……温い風……ふむふむ」


 魔導書に記載された詳細によると、熱風や温風を出せる魔法みたいだ。

 発動場所は掌から出すか、目視出来る任意の場所に出すか、どの方向に出すかを選べるみたいで……


「とりあえず、使わないとわかんないよな……」


 魔導書に載った悪魔の絵と悪魔の能力。

モコフワしてる綿毛の絵が載ってて、能力は熱風。


「スチームウインド」


 とりあえず真上に向かって最大出力で出してみた……


「う〜ん……まったく効果がわからん……」


「スチームウインド」


 今度は最小出力で自分の左手に。発動したのは温い風……あたたかい風じゃないぞ、ぬるい風だぞ。


「うわっ、気持ち悪い生温なまあたたかさじゃん……」


 少しずつ出力を上げて行って、最大出力になるまで実験してみたらわかったことが1つ。


「寒い冬に冷えた部屋を暖めるのに最適な力だな……」


 微妙な能力なのかも知れないが、魔導書のページが増えた事が嬉しい。


 だって……


 100の悪魔の力を封じ込めた完成品の魔導書は、教会で聖金貨で引き取ってくれるんだ。

 聖金貨ってのは金貨10枚で白金貨、白金貨10枚で紅金貨、紅金貨10枚で聖金貨。普通の人には、まずお目にかかれない金額の貨幣なんだよ。普通は国同士の取り引きで使われる貨幣。


 とんでもない価値になる完成品の魔導書は、教会が購入した後に神に捧げられる。その後に魔導書が神の力を儀式で授かって、頭くらいの大きさの魔水晶に姿を変えるんだ。


 魔水晶ってのは成人男性の拳くらいの大きさで、王都の数ヶ月分の水源になったり、数ヶ月分の王都を守護する聖結界のエネルギーになったりと、とんでもない価値のある物になる。


 祓魔師だけが魔導書を完全な形に出来る。


 その代わりに魔導書に選ばれたら、一般人ですら練習すれば使える生活魔法すら使えなくなるんだ。


 俺の目標は魔導書を1冊完成させて、地元の村に聖結界を貼ること。


 村の規模から考えて、たぶん1冊あれば100年は大丈夫。2冊目から俺の生活の充実に使わせてもらうつもり。


 祓魔師の魔導書は、教会に行けば何冊でもタダで貰える。神の祝福を受けた魔導書は、燃えない、濡れない、破けない、三拍子揃ったすごい奴。

 以前ゴブリンに石槍で突かれた時に盾替わりに使わせて貰ったり、直接ゴブリンを魔導書の角で殴って倒したほど頑丈な不思議素材で出来てるんだ。


「質より量が肝心。とにかくラッキーだったと思わないと」


 使い所に困るけど、完成したら中身はまったく関係無いのが魔導書の不思議な部分。大悪魔の能力だろうが、聞いた事のない微妙な悪魔だろうが1つは1つ。


「明日は、お祝いに休んじゃおうかな。この間休めなかったし」


 可愛くない後輩のせいで潰れた貴重な休日を取り戻そう。




 久々にウキウキしながら王都に帰って来たら、ハンセンが大門横に作られた詰所の前で仕事中だった。


「衛兵、緑の幌の馬車が二重底になってる。ソコに禁輸品が積載されてる。数人の子供もだ。商人の持ってる魔法鞄の中には偽造金貨も入ってる」


 ハンセンが衛兵関係の出世コースに乗れた訳、微細に情報を得ることが出来る探索魔法と……


「魔鎖の束縛」


 拘束魔法の中でも超希少な集団拘束魔法に特化した魔法使いだから。


 ハンセンの両手から鎖に見える魔力の塊が飛び出し、4頭引きの馬車に絡み付き、そこから更に枝分かれして雇われている護衛の冒険者や御者、逃げようとしている商人なんかを拘束して行く。


「相変わらず見えて触れられる相手には堂々としてるな……」


 探索魔法にかからない小さな生き物や、悪魔なんかの実態を持たない寄生魔物、レイスやゴーストなんかの霊体、そんなのにはめちゃくちゃビビるのにさ。


「それは言わないでくれよ。おかえりライル」


 ハンセンが本気で探索してる時は、探索の範囲に入っていれば、どんなに離れて小さな声で呟いても聞こえてるんだ。


「ただいま。ちょっと嬉しい事があったから後で付き合えよ」


「こいつら完全捕縛したら衛兵に引き渡すから、その後で良ければ」


 ニコニコしながら一般衛兵に罪人を引き渡すハンセン、冒険者達はギルド経由で雇われただけなのか、それとも分かってて護衛をしてたのかが気になる。


「詰所で待ってる」一言断って詰所の中に入る俺。

衛兵でもない俺が詰所に堂々と入れるのは祓魔師だから。


 祓魔師ってのは色々と優遇されてんだよ、国営の施設だと。



「おまたせ」なんて言いながら鎧を脱ぎつつ詰所に入って来るハンセン、どうやら交代の時間のようで、20代後半くらいの魔法衛兵さんに引き継ぎをしつつ帰る準備をしてる。


 自分より10歳くらい年齢が上の相手が部下とか、やりずらいだろうに……


 新人研修が終わったばかりなのに既に小隊長格のハンセン、王都の城門の1番混む時間帯を担当してるってのは、やっぱりエリートなんだなと痛感させられる。


「久々に1ページ増えたんだ、でも少し困った事があって……」


「おめでとうライル。なかなか増えないって嘆いてたもんな。良かった良かった」


 他人に魔導書のページを開いて見せた事は1度も無い。これまでは、自分で工夫して何かしら使い勝手の良い使い方ってのを探してたけど、今回のは何も考え付かないんだ。


「全力で使うから意見をくれよ」


 2人で来たのは冒険者ギルドの演習施設。

今の時間はガラガラで、受付のおっちゃんと俺とハンセンしか居ない。


「珍しいな、ライルが僕に魔法の相談なんて」


「危険な事は無いと思うから、自然体で」


 魔法の実験台にされるって知った瞬間にハンセンの体は強ばったけど、自然体でってお願いしたら力を抜いてくれた。


「スチームウインド」


 最大出力の新魔法をハンセンに向かって発動してみた……


「暑い……」「何に使えると思う?」


 だよな……その程度だよな……


 ハンセンが言うには……


「公衆浴場のサウナを暖めるバイトとか、寒い冬に王宮の石で出来た部屋を暖めるとか?」


「うん、使えないのがよく分かった。流石に、これはお蔵入りかな」



 演習施設を後にして、今日集めて来た赤苔を買い取って貰って、付き合ってくれたお礼に、ハンセンに早目の夕食を奢って帰宅した。


「金貨……金貨……久々の金貨……」


 角兎が居なくなって売上が落ちてたから久々の金貨。貯金用の皮袋に入れて貴重品の入ってる魔法鞄に……


「あっ、雨具洗濯しとかないと……」


 アパートの裏庭にある井戸の所で雨具の洗濯をしてて、ふと思った……


「スチームウインド」


 ジャイアントフロッグの革で出来た雨具、水を通さないし、ある程度の汚れも弾くから水で流すだけ。

でも乾くまで干してたら確実に盗まれる。


 そう考えてふと気付いた、アレを使えば早く乾くんじゃね? なんてな。


「思った通り……これは良いや」


 2分くらいかな、1番熱く、風の強さはそこそこで、そんな魔法を発動したらあっという間に乾いたんだ。


「そりゃ良いなライル。ワシの洗濯物も頼むよ」


 声を掛けてきたのはアパートの管理人さん。

腰の曲がったおじいちゃんで、元冒険者らしい。


「ええ、良いですよ。スチームウインド」


 ここ数日雨続きで洗濯物も溜まってたんだろうな。

結構な量がある。管理人さんの手元を見ればカゴに乾いた洗濯物が沢山入ってるし。


「朝からずっと洗濯しとったんだが、今日のうちに全部終わらんと諦めとったとこじゃわい。ほれ報酬じゃ」


 3分くらい発動し続けたら乾いた洗濯物、それを取り込んで俺に大銅貨を出して来る管理人さん。


「遠慮なく頂きます」「次があったらまた頼むぞい」


 新しく魔導書に1ページ増えて、手軽なバイトも見つけた、なんか良い1日だった気がする。

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