後輩
朝から最悪な1日が始まった。
学生時代には、同級生達に羨ましいなんて言われてたけど、当事者としては最悪で最低、出来れば寝起きや疲れてる時に聞きたくない声で起こされた。
「センパイ、何時もの場所で待ってますね。大至急準備して来てください」
酒を飲んで暑かったから窓を少し開けて寝たのが悪かったんだろう、朝から聞きたくない嫌な声を聞いた。
2階に住んでて少ししか空いてない窓から声がするなんて疑問に思う人が居るかもな。
声を伝えて来たのは言霊魔法。
祓魔師が好んで倒すセイレーンタイプの悪魔の能力、マーキングした相手に声を届けるだけの魔法なんだけど、遠くに居る相手にも届く有益な魔法。
送り主は1学年下の後輩で祓魔師連盟の現会長の娘、事ある毎に俺を使用人のように扱う相手。
「卒業しても逃げられないのか……」
親の権力を傘に着て威張り散らかす最低な後輩。
仕方ないから、聖衣を魔法鞄から引っ張り出して、きっちりした正式な祓魔師姿になる。
普段は低級冒険者にしか見えない軽鎧なんだけどな。
急いで準備して目的地に向かうとする、機嫌を損ねたら面倒臭いから。
何時もの場所でってのがまた最悪で、祓魔師連盟の本部……会長室なんだよ。
王宮と同じ区画、俺が住んでる場所とは別世界に建ってる祓魔師連盟本部会館。
大きな建物の玄関を潜り受付に座ってる事務員さんに目的を告げて、2階へと向かう。
途中、数人の内勤の人達とすれ違っただけで目的地まで到着。
「木級祓魔師ライル・ライン入ります」
2階最奥のドアをノックして、自分の身分と名前を名乗ると、中から返事があった。
「入りたまえ」なんて短い一言。
ドアの近くで声がした、もちろん相手は祓魔師連盟・現会長。
「おはようございます、アーバイン導師」
「やあ、ライル君。今日も娘をよろしく頼むよ」
ドアを開けたら、カッチリした聖衣に身を包んで、にこやかに上がっている口角と全く笑ってない目で俺を待ち構えてた祓魔師連盟会長のヨシフ・アーバイン導師。
今1番の実力を持ってるって言われている祓魔師だ。
家名からも分かるように、アーバイン魔法学園設立者の家系……
「遅いですよ先輩。せっかくの貴重な休日をソファーの上で何時間過ごさせるつもりですか?」
「ああ、ごめん。昨日ちょっと眠れなくて、寝坊したんだ」
会長室に置かれている、金貨何百枚するんだろってソファーの上でお茶を飲んでる女の子、俺の1学年後輩の祓魔師育成科で学年の首席、アイシャ・アーバイン。
会長の一人娘で、超エリート祓魔師見習い。
「なあ、ライル君。娘に指1本でも触れたら責任は取って貰うからな」
「分かってますよ……」
アイシャに聞こえないくらいの小声で俺に釘を刺す会長と、それに答える俺。
「さあ行きましょう先輩。時間がもったいないです」
1組金貨何枚なんだろ? なんて感じのティーカップセットを乱暴にテーブルに置いて、ソファーから立ち上がるアイシャ。
俺の最悪な1日が、また始まった。
本来なら可愛い後輩の為に一肌脱いでやるか? なんて感じなんだろうけど、俺はそんな事ない。
だって……
「先輩、魔導書のページ増えました?」
「いや、全然増えて無い。前と変わらず3ページだけだよ」
俺が気にしてる事を突っついて来るし……
「私の魔導書、40ページまで来ましたよ」
「へ〜え、凄いな。学生の間にコンプリートするんじゃ?」
親の権力を全力で使って揃える悪魔の力、自力で集めたのは何種類くらいなんだろ?
それを指摘すると、娘溺愛会長の権限で祓魔師連盟を除名されるから、誰も指摘なんてしないし……
「で、今日の目的は?」
「ゼフ草とアルカ草が欲しいんです、先輩なら生えてる場所くらい分かりますよね?」
ゼフ草とアルカ草ってのは、魔法鞄に付与する空間魔法の触媒になる、それなりに高級な植物で、どちらも草と言うけど魔物なんだよ、しかも俺と相性の悪い植物タイプの……まあ魔法を使えばの話だけどな。
「もちろん分かるさ。けど、森の深い所まで行かないとだけど、その格好で行くつもりか?」
俺は森に入る前に着替えるつもり、軽鎧は魔法鞄の中に入ってる。アイシャは学園の制服姿……
「何言ってんですか先輩。この制服って布に色々な加護が付いてて、そこらの騎士の鎧より防御力が高いんですよ?」
そういう事じゃ無い……真っ白の制服で……
「汚れるし、森の中では目立つから着替えて欲しい」
「もしかして加護を失った私に何かしようって気ですか?」
鬱陶しい……
「別に良いさ……」
城門を潜る前に、ハンセンにお願いして詰所を貸して貰った。もちろん軽鎧に着替える為に。
「アイシャ嬢とまたデートか、さすがライル。逆玉とか羨ましいよ」
アイシャの使用人代わりに使われる毎に言われる事、俺は全く嬉しくないし、男が一方的に全て負担する1日がデートだと思った事も無い。
「そんな事言うなら変わってくれよ。今日は広場で市が立つ日だろ? 昼までゆっくりして、掘り出し物でも探しに行こうと思ってたのによ」
俺が本音を言っても、皆が照れ隠しだって思ってるらしい、現にハンセンも……
「女性をエスコートするなら市に行くより流行りの店だぞ、頑張れライル」
どう考えても城門の外に出る準備をしてる俺に向かってそんな事を言うんだ。
腹が立つから魔法衛兵姿で、鎧を脱がないと掻く事が出来ないであろう背中に、ちょっとキツめのカユカユ魔法を発動しといてやった。しきりに上半身をクネクネしてたから、ざまあみろって感じだな。
樵や狩人の為に整備されてる林道を進む事30分くらい、まだ奥に行けるんだけど、今日はここから獣道に入る。
「やっぱり先輩って野生児って言うか、森歩き慣れすぎじゃないですか?」
「田舎育ちだからな。遊び場って言えば森だったし」
この辺りは学園の実習でも来るくらいに安全に行動出来るし、肉食獣は居ないし、魔物もスライムくらいしか居ない。
「先輩の出身地ってリンゲルグでしたよね、そんなに田舎なんですか?」
俺の実家は国中どころか世界中で有名な村にある。
でも名前だけが有名で、その実山奥の田舎なんだよ。
「この森と比べたら、もう少しマシかな。ちゃんと山も整備してあるし」
里山って言うんだろうか、雑草なんかはちゃんと抜いてあるから歩きやすい。
「もう少し進むと獣道も終わるから、藪の中を突っ切るけど大丈夫か?」
この道が1番安全に目的地まで行けるんだよ……
「藪の中に誘い込んで何をするつもりですか?」
もちろん、目的地に歩いて行くつもり。
「はぁ……変な事言うなら帰るぞ。ゼフ草もアルカ草も薬師ギルドに行けば売ってあるんだから買えよ」
月イチしかない休日を潰して付き合ってやってんのに……
藪の中をかき分けて歩く事15分くらい、アイシャもすぐ後ろを着いて来てる。
途中から面倒臭い雑談も止まって、進むスピードも倍くらいになった。
「生きたまま捉えるなんて出来るか? 出来なければ薬師ギルドで栽培してる奴を買う方が良いけど」
「そこは先輩が、どうにかしてカッコイイ所を見せるべきじゃないですか?」
うわっ、本気で面倒臭い……
「んじゃ、これから俺がやる事を誰にも言わないって誓えるか?」
「それはリリアにも?」
リリアってのはアイシャの親友だな……高位貴族の御令嬢らしいが細かい事は知らない。と言うか、知りたくもない。
「勿論。誰にも言わないで欲しい」
「我が魔導書と神と教会に誓って」
俺達みたいな祓魔師ってのは祓魔師連盟以外にも教会にも所属してる。基本的に悪魔祓いの仕事は教会からの斡旋になるからさ。
だから魔導書と教会と神に誓ってってのは、祓魔師である事と、魔導書を与えてくれる神と、コンプリートした魔導書を買い取ってくれる教会に誓うって事で、祓魔師には最上級の誓いになるんだ。
「それなら、見せようじゃないか。俺なりの植物系魔物の倒し方を」
少しドヤ顔。これくらいは良いだろ?
ゼフ草はめちゃくちゃ簡単に見つかる。緑や茶色が主色な森の中で、ゼフ草だけ目立つオレンジ色をしてるから。
それにゼフ草の周りは雑草が生えないんだ、魔物図鑑に書いてあったけど、周りの植物の栄養を奪って成長して、成体になったら自分の届く範囲にある生物は雑草だろうが虫だろうが魔物や動物だろうが捕食してしまうんだと。
でも根が生えて、そこを中心にしか動けないんだよ。
「何してんですか?」
「見て分かるだろ? ロープの両端に石を付けてんの」
長さ30mくらいのロープの両端に拳より少し小さ目の石を付けてる作業中。
「よし、まあ見とけ。ふっ!」
ゼフ草って大きな固体で2mくらい、だから10mも離れたら安全に行動出来る。
根の左右に、それぞれロープの両端に付けた石を投げて……
「んで向こうに回ってロープを引っ張れば、生きたまま根っこから手に入るってワケ」
上から見たら、根を頂点にしてV型になるように投げたロープ。
「ほーほー。なるほど! わざわざ攻撃を掻い潜って地面から引き抜かなくても良いんですね!」
そんな事したら、茎や葉が素材にならないだろ……
「地面に埋まってる根っこは50cmも無いから、簡単に抜けるぞ」
ロープの端に付けた石を投げた方に回って、力いっぱいロープを引っ張ると……
「うわっ。そりゃ誓わされるワケだ」
スっと抜けて来るんだよな。地面から抜かれたゼフ草は、すぐ大人しくなるから3つくらいに折り畳んでロープで縛って持ち帰る。
アルカ草は、ゼフ草より見付けにくいけど、それでも特徴さえ掴んでいれば余裕で見つけられる。
茎が茶色で葉が松葉みたいに尖ってる50cmくらいの動く草がアルカ草。
取り方はゼフ草と同じ、だから詳細は省く。
「先輩って色々卑怯ですよね。皆が頑張って討伐してる魔物を、あんなに簡単に……」
4回生の時の魔法鞄作成実習の時も、同じ様にして素材を集めた。俺の左腰に付けてる小さな魔法鞄がソレだ。
「魔物だって思い込んで、危険と隣り合わせで戦う事が普通なんて考えないで、1番安全に済む事を考えただけさ」
さっき掛け分けて少し歩きやすくなってる藪の中を進みながら、そんな事を話してたら……
「きゃー! 何このスライむぐぐぐっ!」
後ろを見てみれば、アイシャの上半身にスライムがまとわりついてて……
「何やってんだよ、木のウロに手でも突っ込んだんだろ? まったくもう……腐れ」
俺の魔導書に載ってる3番目の悪魔の能力で、腐敗の悪魔・サルモネラーの能力、完全腐敗をスライムの核に向かって発動しといた。
肉や素材が取れないと金にならないから滅多に使う事の無い悪魔の能力。スライムなんて核の中心にある魔石くらいしか売れないし、魔石は腐らないし。
「うわっ! 凄いなその制服……」
スライムがまとわりつくと、少し肌がピリピリする。軽く火傷したみたいになるんだ、でも……
「うへぇ……何この匂い……くっさ! 臭いっ! 何したんですか先輩!」
髪の毛に腐ったスライムの核が付いて、悪臭を放ってるアイシャだけど、青く薄く光る魔法防壁が全身を包み込んでる……
「服の中に入らなくて良かったじゃないか、変な所に触るなよ、巣に手を出したアイシャが悪い」
その後は、城門を潜って家路に向かうまでずっとアイシャに文句を言われ続け……
「今日払おうと思ってた報酬は制服のクリーニング代にします! ホント最低! クサイったらありゃしない……」
ほら、毎回だ。毎回こんな感じでタダ働き……
しかも後日、会長に呼び出されて……
「なあライル。触れるなとは言ったが汚すなとは言ってなかったな。まあ良い、もしか次があるなら触れるな、汚すな、出発時と変わらない状態で家に帰せ」
なんて言われて……
こんなのが逆玉で羨ましいとか言ってる同級生達の事が本気でわからなくなる。
「明日から西の森に行こ……」
だんだん暑くなって来た今日この頃、窓を開けずに寝ると寝苦しい。
でも我慢しよ、ちょくちょく呼び出されるのは勘弁して欲しいから。
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