ユンケル魔法団
数日前と比べると、角兎が殆どいなくなった東の森で野草採取、角兎が捕れなくなった分だけ収入が減ったけど、その分だけ野草を多めに採取する事にだんだん慣れて来た。
あの時ヌルヌルにした角兎達なんて、動きが阻害されてたから、さぞ魔法で狙いやすかったろうに。
どうせなら俺が全部狩って納品したかった。
とは言っても、1人じゃ運べないんだけどな。
だけど、腹が立つのはユンケル魔法団の3人……
アイツらは俺と同期の魔法学園卒業者3人パーティーなんだ、成績上位のさ……
序列1桁のユング、ケルビム、ルーファスの3人組。
それぞれ、魔道士科、魔法騎士科、召喚魔術師科って別の専攻だったんだけど、3人とも選択授業が俺と同じ冒険者コースを受講してた。
学園を卒業してから武者修行の為に冒険者を数年やるとか言ってたのが懐かしい。
「対魔騎士団入りしたいからって、なんでアイツら冒険者なんてやってるんだろ……普通に軍に入れば良いのにさ」
俺が草むらにしゃがみこんで野草採取をしている少し先、森の開けた場所で8匹のオークと戦ってるユンケル魔法団の3人を見ながら、疑問に思った事を口に出してみた。
ユンケル魔法団の3人とも親は金持ち。
貴族出のユング、大商人の息子のケルビム、父親が魔術研究所のお偉いさんのルーファス、角兎を納品なんかしなくても十分食っていけるだろうに。
「森の中で炎属性とか何考えてんだよ」
魔法騎士のケルビムがデカい盾に炎を纏わせてオークの攻撃を防いでる……
「森の中で召喚するならフォレストウルフだろうに」
サンドゴーレムを召喚してオークに突撃させてるルーファス、めちゃくちゃ無駄な事をしてる気がするんだが……
「オークに土属性とかバカなのか?」
オークの分厚い脂肪には打撃系の土属性魔法は相性が悪い、俺なら風属性の魔法で下半身を切り刻むけどな……
でも俺は魔法なんて使えないから、魔導書の中にあるだけで戦わないとなんだけど。
それよりも何よりも、薬草の群生地で戦わなくても良いのに……俺の仕事の邪魔だアイツら。
学生時代から正規登録して冒険者ランクを上げてたユンケル魔法団の3人、オークと相性が悪かろうと、そこはさすが魔法学園序列1桁卒、苦戦しながらもちゃんとオークを素材として回収出来るように倒しやがった。
オーク1匹でだいたい40kgくらいの食肉が取れて、魔石や皮は別に買い取ってくれるから、1匹あたり金貨1枚と大銀貨1枚くらいかな?
8匹も居るなら、俺が住んでるアパートの家賃の何ヶ月分になるんだろ……
「薬草採取なんてやってられねえけど……これしか無いもんなあ」
オークの動きを阻害するのは出来る、だけどトドメを刺すのが……
腐らせたら買い取ってくれる訳ねえし……
「弱い癖にえぐい能力持ってる悪魔とか居ないかな」
本音をボソッと呟きつつ、ユンケル魔法団の行動を監視してる俺。
ユングの持ってる魔法鞄だけでオーク8匹も入るのが羨ましい。
「あれ? なんか変じゃね……」
普段なら、どれだけ魔物が居てもピーチクパーチクうるさい鳥達が居ない……
「ヤバいのが居る……」
まだ実家に住んでた頃、祓魔師兼冒険者の両親に教えて貰った事が思い出される。
鳥は空に逃げられるから、地を這う魔物が近付いても居なくなる事は無い、鳥が居なくなったら、遠距離攻撃出来る魔物か、捕食出来る空飛ぶ魔物が近くに居る時だけだと……
たぶん盾にぶつかったオークの焼けた匂いに寄ってきたんだと思う、オークを倒して油断してるユンケル魔法団の3人は気付いてない。
「何かデカいのが居るぞ! 気を付けろ」
教えてやる事くらいしても良いよな。アイツらの事は嫌いだけど、襲われて怪我でもされたら寝覚めが悪いし。
俺の叫び声に反応した3人は、すぐさま戦闘態勢になったけど、森の奥から開けた薬草の群生地に出て来たのは……
「サイクロプスじゃん……やばくね?」
でも、よく見たら3mくらいしか背丈の無いサイクロプスで、角も小さいのが生えてるだけ……
「レッサーサイクロプスか? でもアイツら……」
ユンケル魔法団の3人は、声も出さずに木をへし折りながら近付いて来るレッサーサイクロプスの巨体に完全にビビったみたいだ。
「ユング! ルーファス! 逃げろ、僕が時間を稼ぐ」
大盾に身の丈を超える大きな炎を纏わせてケルビムがレッサーサイクロプスの前に飛び出しながら叫んだ。
「ケルビム、少し耐えてくれ。ルーファス、ストーンゴーレムでケルビムのサポートを!」
ケルビムは良く分かってる、自分達じゃ勝てないって事を。
自分が1人で抑えて、耐えられなくて捕まっても、自分が食われてるうちに2人を逃がそうと思ったんだろうな、どう見ても魔法騎士が使うレベルの炎じゃない。
帰る事を考えない全力で出した魔法だろう……
目の前に盾を構えて飛び出してきたケルビムに向かって、レッサーサイクロプスの大きな単眼が紫色に光った……
「召喚が間に合わない! ユング、ケルビムの盾の前に魔法障壁を重ねて出してくれ」
3人でどうにかなる訳ないだろうに……
まあでも、誰も仲間を見捨てて逃げようとしない所は好感が持てる。
「仕方ないなあ……サポートしてやるか」
あの光が収束して出てくる怪光線だったら、下級の障壁魔法や炎の防壁を纏った盾をくらいじゃ貫通するよな……
「カユカユ」
俺の
発動した場所はレッサーサイクロプスの瞼。
イタズラに使う程度の痒みじゃない、今の所この威力で効かなかった奴は居ないってくらいの本気のカユカユ魔法。
今まさに目から怪光線を放とうとしてるレッサーサイクロプスが目を閉じて両手で瞼を掻きむしる。
そして……
ヴァゴゴゴゥゥウなんて声にならない声を上げながら収束して放たれた怪光線は、レッサーサイクロプスの瞼と両手の指を何本か落としつつ空に向かって飛んでった。
「我が魂の
ルーファスが召喚した岩の巨人、レッサーサイクロプスより2mくらい背が高くて、横にもデカい……
「ヤバいなあのサイズのゴーレムとか……卒業したてで良くあんなの召喚出来るよ」
さすが序列1桁の召喚魔術師だなと感心してたら、巨体でも素早い動きのストーンゴーレムがレッサーサイクロプスを抑えにかかった。
「積層多重発動・
ユングの魔法がストーンゴーレムに押さえつけられたレッサーサイクロプスに向かって何本も放たれる。
「2人とも僕の後ろに! 盾炎結界」
なるほど、盾に炎を纏わせたのはこの為か。
ケルビムの盾から放射状に結界が形成されてゆく。
「んじゃもう1発、カユカユ」
うつ伏せに倒れてストーンゴーレムに押さえつけられているレッサーサイクロプスの背中の真ん中くらいに発動しといてやった、たぶんもう大丈夫。
その後は、背中に意識が行ってしまったレッサーサイクロプスの瞼が吹き飛んで剥き出しになった弱点の目玉をケルビムの炎を纏った盾の一撃で焼いて、もがくレッサーサイクロプスの体をユングが放った土槍が深々と突き刺さって、3人とも満身創痍になりながらも、レッサーサイクロプスを討伐してしまった。
「さっさと魔法鞄に入れて居なくなってくれたら良いのに……」
今日の野草、薬草採取は殆ど出来てない。
せめて2日分の飯代くらい稼ぎたいのにな……
でも、3人が疲労困憊しながらも倒したレッサーサイクロプスを見て大はしゃぎしてるから、少しくらい待ってても良いか。
「うわっ……ゴーレムとサイクロプスの暴れた跡で……野草全滅じゃん」
せっかく角兎がいなくなって、少し安全になった群生地なのに、踏み荒らされてぐちょぐちょになってる。
「燃えなかっただけマシか……移動しよ」
少し林道まで戻って、反対側に30分くらい歩いた所にある群生地に向かうとする。
「はぁ……何してんだろ俺……」
まだ今日の稼ぎは大銅貨にもなってない、せめて銀貨2枚くらい稼ぎたいな。
そんな事を考えながら、1束銅貨くらいの野草を延々と採取してたら夕暮れまであと少しって時間になってて、大急ぎで城門まで走って帰って来たんだけど……
「おかえりライル。ユング達が凄いの狩って来たらしいぞ、ギルドに行くんだろ? 僕も着いて行っていいかな?」
「ただいま、まあギルドには行くけど、今の時間だと人混みが凄いぞ」
仕事が終わって城門で待っててくれたハンセンと一緒に冒険者ギルドに向かったんだけど……
「レッサーサイクロプスって聞いたけど、あの三人で倒せるもんなんだな。さすが成績優秀者って感じだよ」
「上手くハマればハンセンでも行けるんじゃないか?」
何気に魔法は真ん中くらい、体を動かす事にかけては学年で上位だったハンセン。俺のサポートがあれば、ユンケルの奴らよりスマートに倒しそうだけどな。
得意な武器も大型討伐に向いてる大槍だし。
「僕は無理だよ、森に入るのは苦手だし」
「鳥の羽音でしゃがみ込むもんな」
学生時代に実地講習で森に入った時に、少し薮が動いただけでビクビクして、鳥の羽音で叫んでたハンセン。めちゃくちゃビビりなんだよコイツ。
ハンセンと雑談しながら冒険者ギルドの買い取りカウンターに来てみれば、居たよユンケル魔法団の3人が。
「やあハンセン、ライル。僕達は、やったぞ」
「見てくれよ、ランクが銅級に上がったんだ」
「激しい戦いだった……ふっ」
成績優秀者で親が金持ちで、恵まれた環境で育って、皮肉すら一言も言わない3人組、俺やハンセンの事をバカにした事なんて1度も無い。他の成績優秀者達からは名前で呼ばれた事すら無いんだけどな……
「さすが成績優秀者だね。同期なのが誇りに思えるよ」
「どんなの倒して来たんだ?」
ハンセンはコイツらと仲が良い、と言うか学年の全員と仲が良いと思う。
俺は苦手だ。他人を妬む事も無い真っ直ぐなコイツらが。
知ってて、当たり障りの無い事を聞いた俺に。
「レッサーサイクロプスなんだ。固体の大きさは中くらいかな、誰かが僕達に危険を知らせてくれなければ今頃死んでたよ」
「銅級に上がったからって、無茶は出来ないよ。僕達には圧倒的に経験が足りてない」
「明日からも鉄級の仕事をするつもりさ……ふっ」
慢心すらしないし、ちゃんと努力する……そんな所も苦手だ。
ハンセンを連れてユンケル魔法団の奴らが倉庫に行って、俺は買い取りカウンターに採取した野草や薬草を出して査定して貰ってる。
「なあライル、お前が手伝ったんだろ? 背中の皮膚や焦げた瞼に掻いた跡があった、言い逃れは出来んぞ。あんな事出来るのはお前だけだからな」
買い取りカウンターのオッサンは学生時代にお世話になった冒険者パーティーと狩って来た魔物を査定してくれてた人で、俺のサポート能力もある程度把握してて、色々バレてた。
「アイツら、今回の事で慢心なんかしないでしょうし、内緒にしといてください」
「お前が、それで良いなら内緒にしとくけどよ」
何かまだ言いたそうだったけど査定に戻ったみたいだ、集めた野草と薬草で銀貨3枚と大銅貨になった。
帰る時に、ギルド併設の酒場で祝勝会をやってるユンケル魔法団とハンセンに巻き込まれて俺もしぶしぶ参加したんだけど、金貨30枚になったなんて自慢してた。
よっぽど大物を倒せた事が嬉しかったみたいだ、それくらいは許してやるか。
「はぁ……金貨30枚あれば……」
タンスの裏からゴキブリがカサカサ這い出て来る部屋に帰って、その日は不貞腐れて寝た。
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