兎
木の根元を見れば群れで俺を威嚇してる
どうしてこうなった?
今朝は何時もより少し遅く目が覚めて、ギルドの掲示板に張り出される依頼書争奪戦に参加出来なくて、仕方なく常設依頼の、持ち込んだだけ買い取ってくれる薬草と、食肉になる動物用の罠でも見て回ろうかと森に入った。
常設依頼なら受注する必要も無いから、ギルドに向かわず直接森を目指して都市外壁の大門に向かったんだ。
「おはよう、新人は世知辛いな。今日も早朝勤務か?」
「おはようライル。新人じゃなくても早朝勤務くらいするよ、僕は夜が苦手だから早朝勤務を希望してるだけさ」
ギルドに行かなかったおかげで、何時もより少し早く門まで来れたから、元同級生の王都衛兵隊・魔法課所属のハンセン・コールマンと少し話す時間もあった事がラッキーと思えたくらい、何時も門を通る時間は少し混み始める時間帯で、雑談なんかしてられないくらいには人が多い。
「やっぱりライルが軽鎧を着てると違和感が凄いよ」
「それを言うならハンセンの魔法衛兵姿の方が違和感があるさ」
まだ学園を卒業して数日、ついこの間までお互いに制服姿がデフォルトだったから。
首から下げてる冒険者ギルドの所属証と、王都に定住してる証でもある住民証を提示して手続きを終わらせる。
俺は商人じゃ無いから所持品検査なんて殆ど無くて、まだ人がまばらな早朝に早々と手続きを終了して森に向かう。
「兎が取れたら1匹譲ってくれよ、最近肉の値段が上がっててなかなか食えないんだ」
「ギルドに卸す値段と同じなら」
そんな約束も毎朝の事だったりする。
王都の門を抜けて、魔法鞄から出した朝飯の黒パンとチーズを齧りながら15分くらい歩いて辿り着く森、そこが俺の仕事場。
本業は
「さあ、今日も1日頑張るか」
森に入ってすぐは安全で、人が2人並んで歩ける道も整備してある。だけど目的地は更に1時間くらい歩いた場所。
王都の食料事情は凄く複雑、東西南北にそれぞれに特化した町があり、全ての食料をそこから持って来ている。と言うのは建前で、本音は魚や肉は足りてない。
だから冒険者ギルドに常に張り出されてる[肉買い取り強化月間]なんて常設依頼、でもそんな依頼があるおかげで、俺が食いっぱぐれる事が無い。
道の終わり、森の奥まで来たら、ここから仕事も本番。
「まずは罠を見て回るか……」
ポソッと呟いて森に分け入る。
森に入ると最初にする事は、前日置いてた棍棒を拾う事、持ち歩くと重いから毎日同じ場所に置いて来てる。
祓魔師の俺が棍棒って変かな? 魔導書が微妙って言っただろ? 俺の魔導書には3つしか魔法が載ってない。
その3つの魔法は、どれも使い所に困るけど、それなりに使える魔法なんだ、だけど如何せん魔物や獣にトドメをさせる魔法が無い。
だから魔法や罠を使って動けなくなった所を棍棒で殴って仕留める。今の所これで十分生活していける。
「おっ、昨日の雨でヒゲコゴミが伸びてるな」
最初の罠に到達する前に見つけた野草。
食べても良いけど、肌荒れの軟膏の材料になるから、ギルドで常に買い取ってくれるんだ。20本1束で1食分くらいの金にはなるかな。
全部取らないように1/3くらい残しつつ採取して、背負ってる魔法鞄に収納。
3日分の飯代確保。幸先が良い。
最初の罠に到着したら、レッサーボアが掛かってた。
レッサーボアってのは、普通の猪より少し小さいサイズだけど、コイツらには額に角があって、体内に魔石を持ってる。体内に魔石を持ってるから魔物に分類される生き物だ。
30kgくらいありそうなレッサーボアに魔導書の魔法を発動して動きを阻害してから棍棒で殴ってトドメをさす。
学生時代からの慣れた仕事だ、これに戸惑う事は無い。
俺が刃物で食肉用の獣や魔物を殺さないのは、買取時の値段が下がるからってのと、血の匂いを抑えたいからって理由だな。凶暴な魔物を寄せたくないなら血の匂いは厳禁。
さっさと魔法鞄に死体を収納して次の罠に向かう。
「マジかっ! こりゃ良いや」
兎の通り道に仕掛けてた、潜り抜けたら締まる罠。
三ヶ所仕掛けてた罠に三ヶ所とも兎が掛かってる。
「春だもんな、角の生え変わる時期か……」
3匹のうち二匹は角が短い、生え変わり時期だからだろう。魔導書から動きを阻害する魔法を発動して棍棒で頭を1発ずつ。1匹8kg位の
たぶんあの時から付けられてたんだと思う。
「ニガヨモギよりはアマセンブリが良いんだよな〜」
ニガヨモギってのは解熱剤、アマセンブリってのは低級ポーションの材料、今の季節はどっちかと言えばアマセンブリの方が買取額が高い。
ニガヨモギ1kg銅貨3枚、アマセンブリ1kgが大銅貨1枚、差額は銅貨2枚だけど、魔法鞄を持ってる俺は50kgくらい余裕で運べるから、どうせなら単価の高い方が嬉しい。
冬になるとニガヨモギとアマセンブリの買取額は逆転する、風邪が流行って解熱剤が多めに必要だから、時期で持ち帰りたい方が変わるのがニガヨモギとアマセンブリ。
どちらも同じ群生地にうじゃうじゃ生えてるけど、王都出身の冒険者達は薬草採取なんて嫌がって誰もやらない。
それでも王都の薬草事情が、そこそこ安定してるのは他の町から集まって来るから。
「ピンガーマッシュ! ちょーラッキー」
マジックポーションの材料になるキノコで、夜になるとぼやっと光る小さなキノコが倒木に1本生えてた。ニコニコしながら採取。
これ1個で大銅貨2枚、もしくは銀貨1枚。
ちょうどキノコを魔法鞄に入れたくらいだったかな、普段とは違う違和感を感じた。
何時も通って来る獣道の方の薮が揺れた気がしたんだ。
ガサガサってさ……
「今日はこれで十分だし、帰ろ……」
アパート代は毎月初めに30日分先払いだからアパート代は問題無い。食費は俺1人だったらそんなに掛かる訳でも無いし、そんな事を考えながら。
この森の最深部まで、まだまだ距離があって、今居る場所は比較的安全、だから周りの警戒を怠ってたんだと思う。
帰ろうと獣道に入ろうとしたら、左の薮からガサガサって音がして、目の前を薄茶色の何かが跳ねて行った……
「うわっ! 角兎か……」
と思ったら……牙剥き出しの角兎が薮から飛び出して数匹が一斉に俺に飛び掛って来た。
「なんだよコイツらっ!」
角兎だって立派な魔物で、普通の兎と違って肉食なんだ。
5匹くらいなら余裕で倒せる、でも目の前に沢山並んだ角兎、狩って持ち帰れるなら全部仕留めたいけど、俺の魔法鞄の容量は余裕が無くて……
何匹いるか数えるのもおっくうになる程居るもんな。
咄嗟に棍棒を手放して、近くの大きな木に登った俺、根元を見ると角兎が凄い数集まってて……
「あっ繁殖期なのか……忌避剤持って来てないや……」
あっちを見ても、こっちを見ても角兎が居る。
繁殖期は群れを作って自分達より大きな獲物を狙うんだよな。
そんな角兎達が牙剥き出しでキャシャーって唸りながら、木の枝にしがみつく俺を食べようと狙ってるんだ……
「ううっ……雨が降るまでしばらくこの辺りに来れないけど仕方ない……」
俺の魔導書の中にある3つの魔法の1つ、最初に魔導書を受け取った時に発現した、俺の職業が祓魔師でもある証の魔法……
「すまん、兎さん達。ヌルヌルになってくれ」
ベルトの右側に付けてるホルスターに入れてる魔導書、最初の見開きに載ってる俺の得た最初の魔法。
魔法使いと祓魔師の大きな違い。
魔法使いは魔法触媒に自分の魔力を乗せて詠唱や魔法陣を使って魔法を発動する。魔法の威力は魔法使い本人の魔力と触媒の質で決まる。
対する祓魔師は、魔導書に載ってる魔法ならページを開けば無詠唱で、尚且つ魔力を一切使わず連射出来る。
開いてないページに載ってる魔法でも、封じ込めた悪魔の名前か能力を口ずさめば発動出来るんだ。
俺が角兎達に向けた左手の掌から魔法が発動していくんだけど……
「毛に絡まって可哀想……ぬるぬる過ぎ……」
初めて自分の魔導書を手に入れた時に、自動で登録された俺専用の魔法・ナメクジの悪魔・ナメッシーの能力、ぬるぬる魔法。
ヌメっとした体液を分泌する魔法で、体液の粘度やヌルヌル感は、俺の感覚で操作出来る。
量で言うと一度に大浴場をいっぱいにしても入り切らない程の量を出せるんだけど、これも調整可能。
一瞬でヌルヌルした液体を浴びた角兎達は、体毛がヌルヌルして動きが遅くなり、前に進もうにも地面に落ちたヌルヌルで脚を滑らせて上手く進めない。
俺はと言うと、木の枝を伝って隣の木に飛び移る。
ヌルヌルなのをベトベトになる程に粘度を上げた液体を両手の掌に発生させて、木に飛び移ってベトっ! ピョン! ベトっ! てなんもんだ。上手くやれば垂直の壁だって登れる便利な魔法なんだぜ。
ブシャーフシャーギャーキシャーなんて、うるさい角兎の集団を抜けるまで木を伝って移動して、ヌルヌルを全身に浴びてパニックになってる角兎達を後目に安全な場所まで移動して来た。
「せっかく良い感じの棍棒だったのに……まっいっか、似たような枝でも探そ」
最近お気に入りだった、良い感じの場所に枝の突起が付いてた棍棒、失ったのは痛いけど、棍棒なんて元々消耗品だし気にしてられない。
俺のぬるぬる魔法は雨が降れば綺麗に流れる、自分でヌルヌルを浴びても水で洗えば綺麗になる。だけど濡れるまではヌルヌルが続くか、放置してると乾いてカピカピになる……
使い所に困るだろ? でも使い方次第では超便利。
学生時代にお世話になった冒険者パーティーの人達からは、サポート要員として重宝されたんだぜ。
王都の城壁まで帰って来たら、ハンセンが丁度仕事終わりの時間で、兎を渡す為に少し待つ。
「未だに学園の支給品使ってんの?」
俺の背負ってる魔法鞄は両親から貰った物だけど、腰に付けてる小さいのは魔法学園の支給品。
容量は大き目のバケツ1杯分くらい。
「使い慣れてるのもあるけど、魔法鞄なんて高くて買えないし」
腰に付けてる魔法鞄から角兎を1匹取り出してハンセンに渡す、貰うのは銀貨2枚。
「ホント助かるよ。肉屋で買うと1匹大銀貨だぜ」
「ギルドの買取額から3枚も乗せてんのか……」
解体したり血抜きしたり、食肉に加工したりと色々手間は掛かるだろうから仕方ないんだけどさ。
「そういやさ、そこの広場に出てる屋台で、めちゃくちゃ美味いパンが売ってんだ、食いに行かね?」
ハンセンとは4年間、座学がずっと同じクラスで、席も近くて良く遊びにも行った仲。断る理由も無いから同意してついて行く。
薄くスライスした肉と、みじん切りの玉ネギを甘辛いタレで炒めて挟んだパンは、大銅貨1枚と少し高かったけど美味かった。だけどハンセンが1学年下の最近付き合い始めた彼女の話をし続けて、イラッとしたから……
「カユカユ」めちゃくちゃ小さな声で、魔導書の2つ目の魔法、蚊の悪魔・モスキートンの能力、カユカユ魔法を右足の小指に掛けといてやった。
俺と雑談しながらも、必死に左足で右足を踏んで痒みをどうにかしようとする姿でイライラも納まったから良しとしよう。
夕方に冒険者ギルドの買い取りカウンターに並んで、取ってきた野草や薬草、角兎二匹とレッサーボアを査定して貰ってる。
「あれ、昨日より買い取り額が下がってないですか?」
野草や薬草、レッサーボアは変わらないんだけどさ、角兎が1匹銀貨1枚になってる……
「ユンケル魔法団の奴らが、やたらめったらヌルヌルした角兎を大量に納品してくれてな、角兎だけは買い取り額が普段のに戻ってんだよ」
………………………………あんちくしょう共め!
その日は腹も膨れてたし、公衆浴場で体を流してからアパートに帰って不貞腐れて寝た、ずっと顔の周りを飛び回る蚊が1匹居て更にイラッとさせられた。
明日ハンセンに会ったら銀貨1枚返さないと。
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