3


「蝿川さん。斎藤の件についてお話があるというのは、一体どういうことなんですか?」

俺達のクラス担任の若村先生が、怪訝な顔で先生に尋ねた。

「そのままの意味ですよ。今回の事件の真相がわかったので、謎解きをさせて頂こうと思いましてね。お忙しいところ、突然お呼び立てしてしまい申し訳ありません」

「事件に謎解きって……。蝿川さん。あなたは」

「真相ってどういうことだよ!」

 突然、先生達の話を遮って斎藤が叫んだ。

「おい、斎藤! 何なんだ、お前は突然」

「ああ、すんません……」

 不満げに謝る斎藤に、それを睨む若村先生。それから、隅っこで大人しく縮こまっている白瀬さん。先生に言われて俺が呼んだ三人が今、事件のあった現場に集まっている。

 先生はというと、役者が揃って満足なのか、先ほどまでのように暑さに文句を言うこともなくにこにこしている。先生は微笑んだまま、斎藤を怒る若村先生をなだめにはいる。

「まあまあ。構わないですよ、若村先生。……斎藤くん。真相は真相だよ。今回の事件のね。まあ、大丈夫だから。斎藤くんは安心してくれて構わないよ」

「大丈夫って、何が大丈夫なんすか?」

「大丈夫だから、安心して。何なら、もしも斎藤くんが都合が悪いと思ったら、途中でめてくれて構わないから。まずは、私の話を聞いてくれないかな」

 先生は斎藤の目をしっかりと見つめて、優しい笑顔でそう言った。

「……わかりました」

「ありがとう。……というわけで、若村先生。先生も私の話を聞いて頂けますか?」

「うーん……、手短にお願いしますよ」

 若村先生は渋々と言った様子で了承すると、大人しくなった。

「ありがとうございます。……それではみなさん。これから、私。蝿川拓郎による、今回の事件の謎解きを始めます」

 先生はそう言うと、みんなの顔を見回した後、催促するように俺の顔を見つめた。俺が仕方なく音の無い拍手をしてやると、先生はそれで満足したらしく謎解きを始めた。

「さて、みなさん。まず、今回のこの事件。不思議に思うところはないでしょうか?」

「不思議に思うところ?」

 しかめっ面で訊き返す若村先生の顔を見て、先生はにこりと頷く。

「はい。なぜ、斎藤くんはこんなところで火遊びをしたのでしょうか? こんなところで、体育の授業が終わった直後に火遊びなんかしたら、すぐにばれることは当然わかるでしょう。着替えが終わってすぐに、わざわざこんなところで火遊びをしたこと。それがまず、おかしいとは思いませんか?」

 俺は心の中で、それ、俺が最初に言ったんじゃん、と先生に言う。すると、斎藤がその疑問に答えをくれた。

「やりたかったからやったんすよ。それだけっす」

「斎藤! お前は本当に」

「まあまあ、若村先生。少し落ち着いて下さい」

 今にもキレそうな若村先生をなだめ、先生は笑顔で斎藤を見る。

「この疑問について考えていて、私はふと思ったのです。事件の真犯人はほかにいるんじゃないかと」

「なっ」

 何か言おうとする斎藤を、先生は微笑んだまま、これまでになく強い視線と手で制すと謎解きを続けた。

「突然ですが。みなさんは小学校の理科の授業で、虫メガネを使って紙を燃やしたことはありませんか?」

 先生はそう言ってみんなの顔を見回した後、またもや俺の顔を見つめてきた。今度も仕方なく、俺は頷いてやる。

「うん。黒い紙に光を集めて、焦がして穴開けたりするやつだろ」

「そうそう、それだよ。えー、簡単に説明するとですね。光というのは通常直進するものですが、水やガラスの中に入る時や出る時、曲がるんです。この現象を屈折というのですが、虫眼鏡はその現象を利用して物を大きく見る道具なんです。これを応用したものが、小学校などでよく行われる黒い紙を燃やす実験です。平行に並んだ直線同士は、どこまで行っても交わりませんよね。でも、その線を上手く曲げてやればどこかでぶつからせることができます。虫眼鏡のレンズは凸レンズと言って、光の屈折を利用して物を大きく見せることができるような形になっています。そして、この形のレンズで屈折した光は、ある点でぶつかるんです。光は熱を持っていますから、曲げられてぶつかる場所、言い換えるなら光が一点に集まる場所。そこの温度は当然上がります。そこに燃えやすい物を置いてやれば、燃やすことも可能なわけですね。それを利用したのが、あの実験なわけです」

「……蝿川さん。話が見えませんね。それが斎藤の件と、どう関係があるんですか?」

 若村先生が怪訝な顔で先生を急かす。

「つまりですね。最初に説明した通り、光は水やガラスの中に入る時や出る時に屈折するわけですから。虫メガネを使わなくても、水やガラスを上手くえば、光を屈折させて一転に集めることも、それで火を起こすこともできるというわけなんですよ。例えば――」

 突然、先生は廊下の端まで歩いて行き、床に置いてあったペットボトルを拾い上げた。

「――この、水の入ったペットボトルなんかでも、太陽の光を集めて火を起こすことができるんです。実際に、ネコ除けのために置かれていた水の入ったペットボトルが原因となって、火災が起こった事例もあるんですよ。このような原理で起こる火災を収斂しゅうれん火災と言うんですけれど。わざわざ名前がつけられる程度には、事例のある事なんですよ」

「つまり……。もしや蝿川さんは、今回の件は斎藤がやったんじゃなくて、その収斂火災だったと言いたいわけですか?」

「ええ……。ただ、そう結論付ける前に一つ、確認しておきたいことがあるんです」

「確認しておきたいこと? 一体、なんですか?」

「それはですねぇ……。白瀬さん」

「はっ、はい?!」

 突然、名前を呼ばれて、白瀬さんはびくんと小動物のように身を縮めた。

「私が訊いた話によると、白瀬さんは事件が起こる直前に、そこのトイレに入っているんだよね?」

「……は、はい」

「今回の事件が斎藤くんの手によるものでないのだとすれば、その時この辺りには、水の入ったペットボトルがあったと思うんだけれど……。流石に私には、その時ペットボトルがここにあったかなんてわからないからね。白瀬さん。もしも覚えていたらでいいんだ。この辺に、水の入ったペットボトルは置いてなかったかい?」

「……」

 白瀬さんは床に目を落とし、考え込んでしまった。

「おっ、おい。白瀬が困ってんだろ!」

「斎藤! 何だ、その口のきき方は。――とは言え、蝿川さん。白瀬は大人しい子なんですから、そんな」

 斎藤と若村先生が、先生をたしなめる。しかし、先生は二人を完全に無視して、白瀬さんの名前を優しく、それでいて力強く呼んだ。

「白瀬さん」

「はっ、はい」

 びくんと跳び上がった白瀬さんの目を、真剣な眼差しでじっと見つめて、先生は言う。

「今、君の証言が必要なんだ。よ~く思い出して、思い出せたらでいいんだ。ペットボトルがあったかなかったかを、勇気を出して教えて欲しい。斎藤くんのためにもね」

 白瀬さんは少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。

「……ありました」

 声を振り絞るようにしてそう答えた白瀬さんに、若村先生が訊き返す。

「本当か、白瀬。言わされたんじゃないのか。変な気を遣わなくても」

「ほっ、本当です! 本当に! 確かにありました! 思い出しました! よく覚えてます!」

 白瀬さんは珍しく強い口調で、若村先生の言葉を遮りそう言った。

「うん、わかったよ。ありがとう」

 白瀬さんの証言を聞いてにっこりとほほ笑む先生に、若村先生が苛立った声で言う。

「待って下さいよ、蝿川さん。そもそも、斎藤は自分でやったって認めてるんですよ。仮に蝿川さんのおっしゃる通りだったとして、何で斎藤はそれを言わなかったんですか。おかしいでしょ」

「それです――」

 先生がニヤリと笑う。

「――最後の謎。なぜ、斎藤くんが自分でやったと言ったのか。それはとても簡単なことですよ。体育の着替えを終えて、一人で更衣室から出てきた斎藤くん。今日は朝から暑かったですからね。水をたくさん飲んでいて、恐らくトイレに行こうとでもしたのでしょう。そうしてトイレの前まで来てみたら、火の気のないこんな場所で火が燃えていた。さぞかし驚いたことでしょう。とにかく火を消さなければと焦った斎藤くんは立小便で火を消したのでしょうが、原因は全く分からなかったと思います。しかし、時間に余裕はなかった。体育の授業が終わった直後のこの場所は、すぐに誰かが通りかかる。正直に事情を話せば、原因不明のボヤ騒ぎを起こした犯人だと一番に疑われるのは自分に違いない。なにせ、斎藤くんはあまり成績も振るわず、悪知恵のはたらくいたずらっ子ですし。ましてや今日、彼はライターを所持していたわけですから。そこで斎藤くんは、どうせ疑われるのならと、最初から自分で罪を被ったのでしょう」

 そこまで話を聞いた若村先生は、斎藤の方を見ると勢いよく真相を確認した。

「本当なのか?! 斉藤!」

「斎藤。マジなのか?」

 俺も思わず確認するが、当の斎藤は唖然とした様子で俺達を見返している。

「えっ。いっ、いや……」

 斎藤は目をぱちくりさせ、返答に困っている様子だった。

「斎藤君!」

 すると、突然。あの大人しい白瀬さんが、斎藤に声を張り上げた。優しくて真面目な白瀬さんのことだ。無実の罪を被ろうとしているかもしれない斎藤を前にして、我慢ならなくなったのかもしれない。瞳をうるませて、斎藤の目をしっかりと見つめて、白瀬さんは斎藤の名を呼んだのだ。

 斎藤は少しの間をおいてから、ゆっくりと口を開いた。

「あ、ああ。そうだよ。その先生の言う通りだよ……」

「斎藤……。お前は……、何で言わなかったんだ」

「いや……」

 斎藤はバツが悪そうに視線を逸らし、言いよどんだ。

「まあまあ、若村先生。斎藤くんも焦って正常な判断ができなかったんだと思いますし。そのまま話が進んでしまえば、後から言い出すのも難しかったでしょう。あまり責めないで上げてくださいよ」

 先生になだめられ、若村先生は少し冷静になると、再び斎藤の名前を呼んだ。

「斎藤。その……、すまなかった」

「いや……」

 何とも言い難い重たい空気に包まれて、俺達はみんな黙り込んでしまった。

 その静寂を、先生の明るい声と手を叩く音がぶち壊す。

「さあさあ、みなさん。これで事件も解決したことですし、特に犯人もいなかったわけですから。もっと明るい顔をしましょう。そして、これからはこの反省を生かし、ペットボトルをその辺に散らかすのは止めましょうね。私がもう、転ばないために!」

「結局、お前のためかよ! つーか、先生が転んだのみんな知らないし!」

 先生の馬鹿な発言に、つい俺は我慢ならなくなってツッコミを入れてしまった。

「さて、今回のこの事件――」

 そんな俺のツッコミを無視して、先生はこの場を締めくくろうとする。俺は自分が滑ったみたいで恥ずかしくなった。何てヤツだ。

「――もし、どのタイミングでも。少しでも、小さな勇気があったなら。自分の気持ちを、本当のことを言う勇気があったなら。防ぐことができたんじゃないかなぁ、と。そう思います」

 偉そうな先生は微笑みながら、斎藤ではないどこかを優しく、それでいて力強く見つめてそう言った。そして、今度は斎藤の顔を見る。

「斎藤くん。私は教師でもなければ警察でもないし、ましてや閻魔大王でもないからね。嘘をつくなとは言わないよ。嘘も方便、だなんてことわざもあるくらいだし。時として、何かを守るため。誰かを守るために、嘘を使うことになる時もあるかもしれない。でもね、斎藤くん。嘘をつくなら、もっとうまくつかないとね。この私のように」

 そう言って得意げに微笑む先生が我慢ならなくなって、俺は言ってやった。

「さっき女子トイレに入ろうとして、バレバレの嘘ついた奴がよく言うよ」

「えっ?」

「蝿川さん。それは一体、どういうことですか?」

 若村先生の追及に、先ほどまでの偉そうな態度が一変、焦りだす先生。

「なっ、何を言っているのかなぁー、藤崎くんは。嫌だなぁ。そんな下手な嘘つかないでくれよ、まったく。若村先生も真に受けないでくださいよ。本当に、二人してまったく……」

「藤崎。嘘なのか?」

「先生。俺がそんな嘘つくと思います?」

「……蝿川さん。ちょっといいですか」

「いやぁー、それにしても暑いなぁ。あー、暑い暑い。さあ、こころの相談室に帰ろう。では、私はこれで!」

「蝿川さん! ちょっと」

「先生! 逃げんなよ!」

「……」

「……」

 ――こうして。またしても先生、どうしようもない甘党でロリコンの変態馬鹿野郎である蝿川拓郎の謎解きによって事件は解決し、みんなが笑顔になることができたのだった。まったくもって、不思議な話である。

 ちなみに。この事件がきっかけで、我校には水の入ったペットボトルを日向に放置してはいけないという旨の変わった校則ができたのであった。

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