第10話
数十年前の昔と比べたら地球は温暖化が進んでいるのにも
関わらず冬は相変わらず寒い。何枚も厚着をしているし
ヒートテックだって着ているのに寒い時は寒い。ただ気温が
低いからと言って、ずっと家の中にいるのも健康に悪いと
言う事で今日は知り合いに会いに行くと言うリアン達と
一緒に散歩に出掛けている。家のすぐ近くとは言え広いし
森なので、歩いても歩いても景色にあんまり変化が
見られない。だからきっと初めてリアンに出会った
場所には今の自分一人では辿り着く事はほぼ無理であろう。
それと同時にここから家に帰るにはリアン達が
頼りとなるだろう。その二匹が用事を済ませるまでの間私は
適当な木の幹に寄り掛かって地面に敷いたレジャーシートに
座る。防寒対策はしっかりとしてきたが、それでもやはり
少し寒く水筒を出し、ちょっと熱く作った
生姜湯を口にする。
「あー、携帯トイレ買えば良かったなー。」
一応外出の直前に用を済ませたけれども、ちょっと心配に
なる。この森の周辺では私以外の人影を見た事はない。ほぼ
動物しか住んでいないと思う。そりゃあ交通の面でとても
不便であるから変わり者でもない限り、こんな所に
住まない。それかもしくは私みたいに人間より動物が
好きな人とか。そういやリアン達の知り合いには
人間嫌いとか人間不信はいるのだろうか?あの
ハリセンボンみたいな犬は色々と驚いた。知り合いの家族と
言っても初対面であんな態度を取れるとはシアンとは
大違いである。最低限の礼儀はあったけど。何か
リアン達の知り合いであるならば是非仲良くしたいとは
思うけれども、なかなか出会うきっかけがない。
「…いや動物の知り合いばかりも増やしてもねぇ。」
昔の自分を知らないから今の私がどうして一軒家で
一人ぼっちなのか、よく分からないけど調べようにも
難しい。その理由は入院していた病院が
赤字経営だったのか不祥事を起こしたのか電話をかけても
繋がらないのだ。多分潰れたと考えてもいい。退院して
しばらくしてから病院の近くを通った事があったけど
人気がなく駐車場を見ても一台の車さえなかった。何処かに
移転した可能性も捨てきれないが本当にしたのか
確認したくても出来ない。確かに現在はリアン達とも
家族になって日々楽しく過ごせているけれども、だからって
過去の自分について分かんないままでいいやとはならない。
ルエナと二人で森の中を歩いていたら見覚えがある人間が
木の根元ですやすやと寝ているのを偶然見つけた。名前を
エルムと言ってリアンやシアンがお世話に
なっていると聞かされている。家族として一緒に
暮らしているらしいけれども正しくは
飼い主とそのペットである。
「ルエナ。確かこの人よ。リアン達と
生活してるのって。」
私はルエナを見つめながらエルムを前足で指をさす。人間に
対して警戒心があるためルエナの顔が険しくなっている。
「ふーん…じゃあこいつが友達や恋人もいない
孤独で寂しい奴なんだな。」
寝ている事が分かっているからなのかルエナは私から
離れてエルムとの距離を縮めていく。折角なので私も
近くで見るために近付く。
「私やリアン達と知り合う前のルエナみたいね。」
「ラフィーお願いだから僕をこの人間と
一緒にするなってば。」
エルムをじっくりと観察する。地面につきそうなくらいの
長い金髪で前髪が短く、おでこが広い。
シアン程ではないけれども少し
可愛い外見だと私は感じた。
「エルムとは全然関係ない話になるのだけれども
ルエナってリアン達に恋愛とかの相談って
してたりするのかしら?」
「本当に関係ないな…。あいつらは自分の事で
精一杯だろうかつ恋愛の経験がほぼないだろうから
僕の相談に付き合ってくれって言える訳がないな。」
私が悩んでいないのもあるけれどもシアンから
よくリアンとの事についてどうすればいいか
聞かれる事が多い。実を言うと自分もそんなに経験が
豊富な方ではないんだけれども。ただシアンから見たら
私は頼りがいがあるんだろう。
「しないけど相談したい事が
ルエナにもあるのね。意外ね。」
「いや何でそうなる!?僕はあいつら程
悩んでいないと思うぞ?」
ルエナの言う通りでシアンは私達のすぐ目の前に
いるエルムをリアンが好いてしまうんじゃないかと言う
不安を抱えている。でもシアンの自分に対する気持ちに
全く気付く事が出来ていないリアンの事だから誰かに
恋愛感情を抱く事はなかなかないと思うから
いらぬ心配であろう。
「相談相手が欲しくなるくらいではないけれども
悩んでいる…って受け取っていい?」
「だから違う。悩んで…いや苦しんでいる事は確かかもな。」
そうなるくらいの恋愛感情を持っている相手がやはり
ルエナにもいるって事になると考えても
間違いないのだろうけれども、それがシアンが
よく言ってくる私の事なのかと疑問に思ってしまった。
「苦しんでいるって…自分の気持ちを相手に
伝えられない事が?それともその事を誰にも
相談出来ない事とかかしら?」
「自分の気持ち?まさか僕がシアンみたいに
片思いをしているって言ってる?」
私は頷いたけれども、もしや違う?話の流れ的には
そう言う事だと自分は感じたんだけれども。
「私の勘違いだったらごめんなさい。でも恋愛に関する
話題を話していたから、てっきりそう思ってしまったのよ」
「だとしても基本的に僕は自分の恋愛について
ラフィーに話す事なんてほとんどないだろ?」
不定は出来ない。じゃあ一体ルエナが言った
苦しんでいる事って何なのか。現在ではなく過去の事に
ついてなら思い当たりがあるけど。生みの親が早くに
亡くなって育ての親の方が一緒に過ごした時間が
長かったルエナの過去であれば。
「そうね。話さないって事は本当に今はルエナって
片思いとか恋愛をしていない訳?それとも私にはただ
話したくないだけ?」
「どっちでもないな。ラフィーの想像に任せるよ。」
何でも私に話してくれるルエナでも、さすがに誰が
好きだとかまでは教えるつもりがないのだろう。多分
信頼が足りていないとかではないとは思うけれども。
「分かったわ。所で前々から気になっていたのだけれども
私が新しい自分の住み処を見つけたのにも関わらず未だに
ルエナの所に置かせてくれているのって本当に以前
話してくれた理由だけなの?しつこいようだけど
どうしても気になってしまうのよね。」
私は一度大きくて太く、しっかりとした木の住み処を
大型の台風で失ってしまった事があった。その木には
何ヵ所か大きな穴がぽっかりと開いており動物が
暮らすのにはちょうど良かったのだけれども強風かつ
長い年月の経過と思われる劣化のため地面に
倒れてしまった。それがきっかけでルエナの厚意もあり
共同生活をする事になったのは非常に
助かったのだけれども、さすがにいつまでも住み処を
借りているのもルエナには悪いので以前より
遠い所にはなるのだが自分の新しい住み処の候補を
遅くはなってしまったが一応一つは見つける事が出来た。
しかしルエナにその事をすぐに伝えると、そんなに
遠いのであれば私が皆と会う時に大変で不便に
なるだろうと言われてしまった。
「理由についてラフィーに話していない事はないつもりだよ。
リアン達…あいつらや他の皆はもちろんの事だけれども
僕もラフィーとはこれからも仲良くしていきたいし会いたい。
ただもし今ラフィーが僕に束縛されているって感じていたり
ここからどんなに遠くてもラフィーが本当に
住みたい場所であれば、もう僕が意見する事は控えるよ。
ただ住み処を探すのはもちろん協力する。」
「束縛って…いや一瞬だけでもそう感じる事がなかったとは
確かに言い切れる自信はないけれども別に私はルエナとの
共同生活が嫌になったとか、そう言う事を
思ってはいないのよ。デネラだとだったら
ほんの少しだけ不快だけれどもね。」
それは同感だとルエナも頷く。自分がデネラに
好かれているとはシアンも知らないだろうな。
「夜に私がさ?たまにだけれども寝ているふりを
している事をルエナは知っている?」
「…いや今初めて知ったけれども寝ているふりって何なんだ?
どうしてこのタイミングでその事を僕に話したんだ?」
共同生活を始めた当初は信用しているとは言えルエナに
対して警戒心が全く無かったとは言わない。最近は
寝ているのをいいことにルエナが私に普段なら絶対に口に
しない発言や行動をするかどうかが気になっていた。
「簡単に言えばルエナが私にどんな気持ちを抱いているのか
何となくだけれども分かったからよ。」
ある日の夜にはルエナが住み処から離れていき何処かへ
行こうとするのを見かけたので追いかけていったら私の
名前を何故か苦しそうに何度も何度も呼ぶルエナと
思われる声が遠くの方から聞こえてきたけれども
これ以上は近付こうとはせずに敢えて、その場で
静かになるまで、じっと待った。それからは私達がいつも
水浴びのために使っている川に向かってみると案の定
身体中を白濁液で汚してしまっているルエナの姿があった。
そこまで話した所で突然ルエナが大声を出した。
「それ以上は言うな!…いやお願いだから言わないでくれ。」
「もう止めるから静かに。エルムが起きるから。」
何時からこうして寝ているのか分からないから下手に刺激を
与えたら、すぐに目を覚ましてしまう恐れがあるだろう。
私としてはエルムの顔を見れただけでも十分に
満足しているから、もし話すとしたら
次に会った時にでも構わない。
「起きる…と言うか、もう起きているんじゃないか?
もしかしたらラフィーみたいに寝ているふりをしてるとか。」
「私達が自分のすぐ近くで話しているから
起きられないって事?」
近くにいるではなく話しているからと言った理由は
リアン達みたいに私達も人間に言葉が
通じるかもしれないと思ったからだ。あのデネラさえ
このエルムと会話が出来たと話に聞いた。正直もう
誰でも人間とコミュニケーションを
取れてしまうのかと考えてしまう。
「どうだろうな。ひとまずそれは一旦置いておこう。
それより今日こいつはリアン達と一緒に
ここに来たのかが気になる。」
「多分途中まで一緒だったんじゃないのかしら?人間
一人だけでこの森の奥深くまで迷子になる事もなく
行って帰るって難しいんじゃない?」
さすがにはぐれたって言う事はありえないだろう。
そうなったとしてもリアン達がエルムの匂いを頼りに
探して、すぐに見つける事が出来るでしょうし。
「そう考えると、寝ているこいつと合流するつもりの
リアン達がすぐ近くにいるかもな。だから
ちょっと二手に分かれて探してみないか?
盗み聞きしてるかもしれないし。」
「盗み聞きって、リアン達が?まあ別に構わないわよ。
じゃあ私はエルムの後ろの方に行くから
ルエナは前の方をお願いね。」
そう言って私はルエナと別れる。本当は自分で
止めてしまった話の続きをしたかったんだけれども
リアン達には聞かせられない内容だから今日はもう
諦めよう。私には話しにくい事だろうから出来れば
あそこで止める事なく続けていれば良かった。次に
話してもらえる機会が来るのは一体何時に
なってしまうのだろうか。そんな事を考えてばっかりで
しっかりと探していない私と違ってルエナはすぐに
リアン達を見つける事が出来たのか後ろの方から
ルエナの怒鳴り声が聞こえてきた。さっそく合流をしようと
来た道を引き返してみたら、ついさっきまで
そこでぐっすりと寝ていたはずのエルムが
いなくなっていた。凄い怒ってるであろうルエナといる
リアン達の事がほんの少しだけ心配だけれども多分
大丈夫だろうと思う。地面に鼻を近付けて残っている匂いを
覚えてエルムを私は探す事にした。
もう誤魔化しきれないくらいに強くなってきてしまった
尿意を感じたのでリアン達との待ち合わせ場所から
離れて適当な木の側で用を足す事にした。ここら辺では
人の姿を確認出来た事は一度もないのは確かだけれども
だからって今日と言う日に人と会わないとは絶対に
限らないと考えた方がいいだろう。念入りに周囲を
見渡していると猫なのかどうか分からない一匹の動物が
私の事をじっと見つめている。よりにもよってどうしてこの
タイミングで通りかかるんだろうなと思いつつ、とりあえず
声をかけてみたけれども全くと言っていいぐらい反応を
見せる事はなかった。きっとリアン達とは違う
人間の言葉が喋る事が出来ない、ごく普通の
動物なんだろうなと分かったので安心した私は急いで
パンツを下着ごと足首まで下ろしつつ、その場に
しゃがみこんで排泄を開始すると同時に猫がこの瞬間を
待っていましたと言わんばかりに突然私に
近付いてきたので、ほんの少しだけ驚いたけれども今の
自分の状態で相手から距離を離そうとしたくても
実行しようとするのはちょっと難しい。しかし猫が顔を
私の股間にくっついてしまいそうなくらいの勢いで
寄せてきたから、さすがにこのまま何もしないでいるのも
不味いと感じたので猫の両肩を手でがっしりと掴んで
これ以上は前に一歩も進む事が出来ないように動きを
制止すると自分の身体に触れられた事が本当に
嫌だったのか、すぐに離れていく。近付こうとする事を
あっさりと諦めてくれたのかなと思ったのもつかぬ間
何と猫は私から遠くの地面に広がった尿に顔を近付けた。
「ちょっと…汚いから、それは駄目だって!」
両足をゆっくりと地面に引きずって何とか移動する。長い間
我慢してた分まだまだ排泄が止まってくれないのが
辛いけれども自分の尿を飲まれそうになるよりはまだいい。
手を思いっきり伸ばして地面とにらめっこしている猫の首を
持つ。猫は気配には敏感な動物であるから
逃げられてしまう恐れがあるかもしれないと
思っていたので、あっさりと捕まえられた事に驚いた。
ただもしかして猫からしたら逃げるなんかよりも私の尿の
味や匂いを堪能する事の方が優先だったんだろう。そう
考えてしまいたくなるくらい猫は私に首を
持たれているのにも関わらず、まだにらめっこを
飽きずに続けている。ようやく尿が止まってくれたので
パンツのポケットの中から出したポケットティッシュで
後始末を済ませてから服装を整える。
「生姜湯は…全部飲んじゃったか。」
地面を綺麗に洗い流したくても今の荷物には使えそうな物が
全然見当たらない。いつもなら散歩に行く時は必ず
リアン達の飲み水も持ってきているんだけれども
今日は本人達の方から準備なんてしなくても大丈夫だよと
言われた。地面とにらめっこするのに飽きたのか猫がまた
私の事を自分の視線におさめている。足を使って
汚してしまった地面に周囲の土をかけていく。
「リアン達はもう用事終わったかな。結構
時間経過したと思うけど。」
人間同士の場合と違って、すぐに合流しようと思えば
簡単に合流する事が出来てしまうから例え集合場所から
離れていたとしても別に何の問題もないのだけれども。
戻ろうとすると何故かは分からないけれども私の前方を
猫が歩く。たまたま進行方向が一緒なんだろうとは言え
どうしても気にはなってしまう。そういや以前
シアンからシャム猫だと勘違いしてしまいそうな
見ためで、色んな悩みをいつも聞いてもらっている
知り合いがいると聞かせてもらった事を思い出した。
ただ多分この猫は関係ないのだろう。集合場所に
到着したのだけれども私と猫の二人以外はまだ誰もいなくて
リアン達は知り合いとまだまだお楽しみのようである。
生姜湯が入っている水筒の中身はもう空に
なってしまったので今度は使い捨てのカイロで暖を
取りながら気長に待つ事にする。しばらくして自分の
すぐ近くで名前を呼ばれたような気がしたので、その声が
聞こえてきたと思われる方向に顔を向けてみると
喋れるはずがないであろう猫しかいなかった。と言う事は
多分遠くから聞こえてきた声を近くから聞こえてきたと
勘違いしたに決まっている。
「もう一度言うわね。貴女がリアン達の
飼い主であるエルムなの?」
猫の開かれた口からは本当であれば人間である私が
耳で聞き取る事が絶対に叶う事がない声と言葉と言う二つの
音が今はっきりと聞こえてしまった。
「えっ?この声って…。」
そして、その声はついさっき私がここで起きようと
していた時に聞こえてきた声と全く同じである。つまり
この猫ではなくて悪魔で猫に見えてしまう
女の子の犬…ラフィーは既に私の事を何処の誰かと聞かなくとも
知っているのにも関わらず私をエルムであるのかと
確認している事になる。
「あら?声に聞き覚えがあるみたいね。それじゃあ
間違いなく貴女は私がラフィーと言う名前である事も
聞いているはずよね。」
それはまるで私が起きるタイミングを失って仕方がなく
寝ているふりをしていた事を分かっているかのような
発言であった。別に自分もラフィー達の話を盗み聞きを
するために演技をしたのではない。私のすぐ側で
二人が喋り始めてたから起きるに
起きれなくなってしまったのだ。
「は…はい。ラフィーさん。」
つい初対面の相手に対して敬語になってしまった。人間の
言葉を喋る動物に対して驚いた事はあるが、それと同時に
緊張する事は今回が初めてである。
「ラフィーさんって、シアンみたいな呼び方を
するのね。まあ悪い気はしないわ。」
シアンが悩みを聞いてもらっている知り合いって
もしかしてこのラフィーなのだろうか。とても
気になるけれども、それより何故私がこの場所を離れた先で
出会った時はこちらから話しかけてみても何の反応も
示さなかったのがよく分からない。
「そういやシアンで思い出したんだけれども今頃
リアン達は私の知り合いのルエナに盗み聞きの件で
説教をされているかもしれないから、もしかしたら
貴女達の集合場所であるここには
まだ来れないとは思うわ。」
「そう言う事なら時間潰しとして一つ質問を
してもいいかな?ラフィーさんって本当に
リアン達みたいに人間と喋れる事が出来るの?」
自分でも頭がおかしい質問だと思うけれども聞いてみた。
出来るかどうかは分かりきっているけれども確認してみる。
「出来るのって、貴女には私の声が
聞こえているのでしょう?その質問の答えは自分でもう
見つけているはずよ。」
「もちろん分かってるよ。でもラフィーさんって私が用を
足そうとした時に出会った猫本人のはずだよね?」
本人と言い切れないのは私がここに来てからは猫をずっと
見ていた訳ではないからだ。だから自分が知らないうちに
あの猫が立ち去ってからラフィーが来たのかもしれない。
「貴女の可愛らしい姿や素敵な匂いに夢中で地面と
にらめっこしていた猫なら私も見かけたわね。でも
よく考えて欲しいわ。貴女をシアンの飼い主と
知っている私がエルムに対して、あんな行いをすると
思う?まあどうしても信じられないのであれば
調べてくれても構わないわ。」
確かに言いたい事は分からなくはないけれども。だけども
一応しっかりと調べる事にする。しかしあの猫に
出会った時の私は尿意が本当に限界だったために精神的に
余裕がなかったので猫の外見をはっきりと覚えていない。
外見以外であの猫なのかそうじゃないのか
判断するのであれば地面とにらめっこした際に
汚れたはずの顔を見てみるしかない。ラフィーの背中に手を
回し自分の方へと引き寄せる。
「ん?キスでもしたくなったのかしら?」
何で今このタイミングでそう言う下らない冗談を
言ってしまうのだろうか。何も答えずにスルーする事にして
口元周辺を嗅いで確認してみると特に不快な匂いはしない。
嗅ぎ覚えがないので多分これはラフィーの体臭だと思われる。
自分のであれば生姜臭くって分かりやすかっただろうから。
もしや近くに水辺があって、私に話しかける前にラフィーは
そこで顔を綺麗に洗った後なのかもしれない。
毛の根元にも手を動かす。
「…ちなみにラフィーさんは猫?それとも犬?」
「逆に聞きたいのだけれども貴女から見たら私は
どっちに見えるのかしら?」
何処も濡れているような感じはなく体温でただただ暖かい。
これ以上は触っても無駄で何の手がかりも得られない。
「やっぱり猫に見えるね。実際の所はどうなのかな?」
「シアン達と同じよ。でも自分でも何で外見が猫に
近いのかはよく分からないわ。」
「犬って事はあの猫をその鼻を使って簡単に見つける事が
出来るよね?じゃあ今から一緒に探しに行こうよ。」
同一の存在でないと言うのであれば私みたくラフィーも猫に
会える。最初からそのように考えていれば良かったけれども
思いつけなかった。
「途中までなら探せると思うわ。でも犬の私は木なんて
登りたいと望んでも無理。だからいつも木の上にいるのを
よく見かけるあの子を私が追跡しきれるなんて
ちょっと…いや結構難しい話ね。」
「シアン達みたいに知り合いではないの?よく
見かけるって事はただの偶然?」
確かに猫は馬鹿と煙みたいだとは言わないが高い所によく
登る事が多い動物であるけれども。
「猫なんて知り合いとか一度もいた事がないし
喋った事すらないわよ?そもそも私は犬以外の動物と
こうやって話すなんて人間である
貴女…エルムが初めての事なの。」
「そうなんだ。…その疑ってごめんなさい。
せっかく今日初めて会ったばかりなのに。」
これ以上は二人でこうやって話を続けていても無駄なのかと
思う。猫についてはシアン達にも聞いてみたいし
本当の事をラフィーが話しているのか判断も難しい。
「ごめんなさいって…疑ってしまうのは初めて
会ったからこそなんじゃない?それに貴女が謝るのは
ちょっと違うわ。悪いのは誤解を招いた私の方なのよ?」
「確かにラフィーさんの言う通りなのかもね。でも自分が
謝らなければならないと思ったから私は謝っただけ。猫の
話はまだもう少し続けたい所だけれども、そろそろ
シアン達と合流したいから道案内の方をラフィーさんに
お願いしても大丈夫かな?」
首を縦に振って頷くとラフィーは顔を地面に近付けて鼻を
何度か鳴らすと歩き始めたので、それに私はついていく。
シアン達とはそんな遠くに離れていなかったのか
数分もしないうちにラフィーの動きが止まった。
「久しぶりじゃない?つまらなくはなかった日って。」
シアン達と猫には感謝しよう。私達に危害をくわえる
可能性が限りなく少ないであろう人間であるエルムに
会わせてくれた事に。これからの生活はほんの少しだけ
楽しくなってくるはず。シアン程ではないのだけれども
エルムもからかいがいがあると自分は感じた。
「デネラと顔を会わせた日よりは退屈しなかったな。」
私の予想通りにルエナと一緒にいたシアン達とエルムを
会わせたら、どうやらシアン達は私達に会いに
来るのが目的だったらしい。ちなみにデネラにも顔を
見せに行ったと話に聞いた。ルエナの住み処に着いた私は
すぐに住み処の持ち主より先に中に入る。かすかに
リアンの匂いがするから多分シアン達は最初に
ここに寄ったんだろう。それでルエナがいなかったから
この近くを二人で一緒に探していたらエルムの側にいる
私達を見つけたんだろう。
「ねぇラフィー。僕との共同生活の事なんだけれども
これからも今まで通りに続ける?」
「突然何…夜に私の名前を呼んでいた事を気にしているの?」
住み処に入ってこないなと思っていたら、そう言う事か。
自分の住み処の問題については現在の私からしたら最も
重要な事であるから話はしたいけれども、それより今は
やはりルエナの気持ちが気になってしまう。
「気にするし気になるよ。どうしてそれを知っているのに
今日の今日まで僕と住んでいたのか。」
「今もルエナを信頼しているからよ。私の身体だけが
目当てでもなさそうだし。」
ルエナには言っていないけれども私の頭を撫でていた事も
実は知っている。寝ている相手に対して、その程度しか
出来ないなんて少し可愛らしい。
「でもラフィーは自分の事を考えて欲求を処理される事に
何も感じたりしないのか?不快感とか。」
「それなんだけれども少なくともルエナに対しては
嫌だなとか感じなかったわ。ただ私の事をルエナは一体
どう思っているのかって気になるようにはなった。」
住み処から出て自分の尻尾をルエナの胸に当てた。
いつもより脈が速くなっているような気がする。
「寝ているふりをしているエルムも盗み聞きもしている
誰かも、さっきとは違っていないだろうから
出来るのであれば今この場でルエナが私に対して
ずっと隠している事を教えて欲しいの。」
余程言い出すのが難しい事であるのか返答がない。しかし
教えないつもりはないと思う。何かを喋ろうと口を開けたり
深呼吸を始めたからだ。そんな様子を私との会話で
見せるのは初めてである。それだけルエナにとって
話しにくくてかつ私に話しておきたい話題なんだ。
「正直に言わせてもらうと僕は母親の時みたいにラフィーが
いずれ自分から離れていってしまう事に恐れを感じている。
だからと言って共同生活を続けたいって言う意味じゃない。
た、ただ僕はさっきも言ったけれどもシアン達のように
ラフィーともずっとこうやって会って話していたいんだよ。」
「そんな心配をしなくても私は皆…特にルエナから距離を
取ったりするなんて、しばらくはないでしょう。だから…
泣きそうにならなくていいのよ?。」
涙目ではないけれども、いつものルエナと比べたら声が
とても弱々しい。母親の話をしてくれた時以上である。
「泣きそうになんかなっていない。…今から話す事は
一度しか言わないつもりだから、ラフィーにはしっかりと
聞いて欲しい。だから耳元で言うよ。」
私に顔を近付けてくるルエナを自分の身体で軽く
受け止める。突然自分が抱かれた事に対して驚きをルエナは
見せた。シアンで抱き慣れているとは言え、さすがの
私もこれは恥ずかしい。お互いいつもの自分らしくない。
これでもし私の予想とは全く違う話をルエナが
伝えてきたとしたら本当に恥ずかしい事になる。そんな事を
考えていた自分にルエナが私に対する気持ちを話し始めた。
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