第6話

現在は十月末。本格的に寒さが厳しくなってきた。リアン達は

野良犬の時に

この時期が一番苦労したらしい。他の犬に体液で汚された身体を

洗うのに冷たい湖に入らなければいけなかったから。

「この時期になると外国は仮装した子供が近所の家を回って

大人から

菓子を貰うハロウィンってお祭りがあるの。」

それで風邪を引いてしまったら困るので、リアン達は考えた。

口の中に

水を含んで体温で温まってきたら、お互いの身体にかける。

「トリックオアトリート。菓子を渡さなきゃ悪戯するって

言いながら。」

そうすると今度は水に混じった自分の唾液が相手の身体につく。

「日本語に略すとただの悪戯かお菓子って

なるはずなんだけどね。」

でもその後に舐めて毛を整えるから別にそれは問題ないらしい。

「悪戯って例えばどんな事をしたりする?」

台所で家計簿を書いてる私にリアンがそんな質問をした。

「大人の顔に水性マジックで落書きとか。」

ごく普通の子供の場合そんな所だろう。

「子供達にとってはハロウィンって楽しい日なんですね。」

「そうなの。その日大人は子供を楽しませる役割があるんだよ。」

数日前にかぼちゃ模様の包装をされてる菓子を買ってきた。

「基本的にお菓子が大好きだよね。子供って。」

期間限定物だったから手に取ってしまったのだ。

「悪戯だって好きなんじゃないかな?」

リアン達の言う通りだと思う。子供からしたら菓子が貰える

貰えないなど

関係無い。まあ貰える方がもちろん嬉しいが。

「ちなみに大人だって恋人同士でしたりするんだよ。」

人間より娯楽が少ない犬のリアンやシアンに人の祭りや

イベントなどを

せっかくだから体験させてあげよう。

「恋人同士…ですか。」

リアンをちらりとシアンは見る。

「私達もやってみない?ちょうどハロウィン仕様のお菓子が

あってね。」

棚からそのお菓子を出して、リアン達に見せる。

「やるのはいいけど、どう言う風にするつもり?」

本家と同じみたいに出来ないのは分かってる。

「このお菓子を三人で分けて夜の時点で一番多く持っていた人が

勝者とか

どうかな?お祭りならぬゲームみたいな感じになっちゃうけど。」

「勝者になると何かあったらいいと思います。

テレビ番組みたいに。」

ルールは以下の通り。お菓子を人数分に分ける。

トリックオアトリートと

言えるのは1時間に1回。言われた相手はお菓子を1個渡す。自分の

手持ちが

2個以上の時のみ、誰か助けたい相手にお菓子を1個渡せる。これも

1時間に1回。

ただし第三者にそのやり取りを見られた場合は無効か2人から

1個ずつ

菓子を渡してもらうのどっちかを第三者が選択可能。制限時間は

今から

就寝まで。最下位は1位の命令を聞く。それとは別に罰ゲームがある。

「今からスタートだからね。よーい始め。」

リアンとシアンは首にかけた袋にお菓子を入れる事にした。

「さっそくエルムさん。トリックオアトリート」

開始と同時にリアンが私に仕掛けてきた。

「リアンに渡す菓子はないから、悪戯していいよ。」

「えっ?そんなルールはなかったよね?」

リアン、それとシアンが戸惑ってる。まあそりゃそうだ。

「でもリアンは言ったよ。お菓子をくれなきゃ

悪戯するぞって。」

「自分で作ったルールには素直に従いましょう。エルムさん。」

こんな事なら、お菓子を渡すか悪戯されるのを選べる様にすれば

良かった。

「それでは私からもトリックオアトリートです。エルムさん。」

「2人して酷いよ。一応言っとくけど、手持ちのお菓子が

無くなった

時点でその人は脱落って事じゃないからね。」

すぐに勝敗が決まるよりは長くて楽しい方がいい。リアンに

渡し、シアンにも

渡そうとする寸前に元々お菓子が入ってたポケットに戻す。

「私もここでシアンに1回使う事にするよ。」

「じゃあ1時間後までは何の動きもありませんね。」

自動的に一時休戦となった。まだ始まったばかりなのに。

「今の内に出来る家事は片付けたら、どうでしょうか?その間私達は

お菓子を

分ける事はしませんから。」

「うん。そう言ってくれると助かる。1時間したらゲームに

復帰するね。」

そうは言ったけど、掃除ぐらいしかする事が残ってない。だから

家計簿を

書いていた。リアン達を信じていない訳じゃないけど念のため

2匹が見える

場所を中心に掃除機をかけたりした。

「掃除が終わるまで僕らの袋を預かっててもらえる?」

「その方がエルムさんも安心しますよね。」

あまりにも自分達から離れない私を気遣ってそう言ったのだろう。

「いや…その…2匹共ごめん。」

預かったのを冷蔵庫へ入れる。ついでに私のも一緒にする。

こうすれば

少なくとも次に出す時まではそれぞれのお菓子の数は変わらない。

こっちが向こうを

疑ってしまったから、その逆だってあるかもしれない。たかが

ちょっとした

お遊びで疑心暗鬼にならなくてもいいと思うけど。

「そういや罰ゲームって一体何をするつもりなの?」

「それは時間になってからのお楽しみって事で。」

「つまりまだ内容について考えてないんですね。」

シアンの言う通りだ。今のうちに決めとかないと。

「勝者の命令を何でも聞くってだけでも嫌だろうから実は

罰ゲームっていらないかもね。」

「それだったら最下位は罰ゲーム無しにすれば?」

確かにその方が最下位にも都合がいい。

「命令って何だか王様ゲームみたいね。」

経験ないからやってみたいけど、このメンバーだとじゃんけんの

時点で無理。

「嫌って感じるかどうかはどんな命令かにもよります。そもそも皆

最下位の

人に何を言うつもりなんですか?」

「そう言うシアンはリアンにどんな命令する?」

最下位をリアンと想定して、シアンに聞いてみた。

「ど、どうしてリアンなんです?」

「どうしてだろうね?リアン。」

「エルムさんが自分で言い出したんだから僕に聞かれても困るよ。

強いて言うなら

シアンは…エルムさんよりは僕の事が好きだから?」

動揺で尻尾の揺れが一瞬止まったシアンは私の足に自分の

前足を乗せた。

「エルムさんは?もちろんリアンに命令しますよね?」

「シアンが気になるのは私よりリアンの

答えじゃないのかな?」

リアンを見つめる。シアンも私からリアンへ

視線を移す。

「私はただ単に命令するんだったら同性より異性の方が

いいだろうなと思って

シアンに聞いただけなんだけどな。」

「奇遇ですね。私もそうなんですよ。」

絶対奇遇ではなく私が言った理由に合わせてる。

「確かにリアンとは異性だけど、私は一応人だよ?」

「でもエルムさんの選択肢は異種族の同性と

異性しかありません。」

本音を言うと性別は気にするが最近は種族はあまり

気にしなくなってきた。

「リアンはどうかな?同種族と異種族だったら。」

シアンか私と聞くよりは答えやすいはず。

「…エルムさんとシアンって言う答えは駄目?」

「ううん。普通に答えるよりはいいね。」

よしよしとリアンの頭を撫でてやる。

「話を戻すけど、この中で相手が嫌だと思う命令をする人は

居ないと

私は思うから罰ゲームはそのままで。」

時計を見ると1時間後まで後もうすぐだったから簡単にトイレを

綺麗にした。

冷蔵庫からいい感じに冷えた3人分のお菓子を取り出し、

リアン達に渡す。

「自分のが数合ってるか確認して。」

合わない事はまず無いだろう。誰かが嘘を言わない限り。

「確認する必要ある?だって冷蔵庫にはエルムさんが

入れたんだよ。

嘘をつかないエルムさんが信用出来ない訳無いよ。」

「別に私は自分が2匹にやましい事をした覚えがあるから数の

確認をさせる訳じゃないの。ただ後々何か言われたら

嫌だからさ。」

私の予想ではその何かはシアンが言ってくる気がする。

「数は大丈夫だったよ。」

現在リアンが1位で私が最下位である。

「現時点で今のルールに意見とか不満とかリアン達は

ないかな?」

「あるとしたら、それは始まる前に言ってますよ。」

「それはもしかしてゲームの途中でルールを変更や追加したら

駄目って事?」

簡単にルールを作るんじゃなかった。今さら後悔しても遅い。

「駄目とは言いませんけど、限度を弁えて欲しいです。改正を

言い出す

時間とか追加するルールの数とか。」

「じゃあルールの改正についての話は今から話すのが最後に

しよう。」

「それでエルムさんの方はルールに対して何か言いたい事は?」

もちろんシアンに却下された奴だ。自分の身体を相手に

差し出して

自分を守ると言う何とも矛盾してるルールだが。

「今のままだとトリックオアトリートに対して防御する方法が

ないから

お菓子を渡すか悪戯されるかを言われた相手は選べた方がいいよ。

悪戯あってこそのハロウィンだと思うし。」

「たまには童心に返るってのもいいね。僕は賛成だよ。」

反対意見は特に出なかったので、晴れてルール追加となった。

「悪戯ってどんな事をすればいいんですか?」

「自分の中でこれが悪戯って思う事をしてみたら、どう?」

リアンにそう言われてシアンが私に対して行ったのは

「し、シアン?まだ…きゃっ!!」

目を瞑らせた状態で耳への息吹き掛けである。

「はぁ…心臓に悪い悪戯だね。」

前回の臀部と言い今回の耳と言い、シアンには

びっくりさせられる。

お菓子の数の変動はリアンが+1。シアンが-2。私が+1だ。

「でもその悪戯をされるのを選んだのはエルムさんです。」


「あれは本当に貰って良かったの?」

エルムさんに悪戯をする直前にシアンは僕にお菓子を渡した。

「うん。エルムさんには悪い事したけど。」

今日のエルムさんとシアンの間には何か散っている様に

見える。

「今エルムさんは順位で言うと真ん中な訳だから

油断してるかもね。」

ゲームが開始してから初めてシアンと2人になった。

「今1位のリアンは?」

「僕は…そういやまだ誰からも仕掛けられてないなぁ。」

エルムさん達の眼中に僕はいないって事なんだろう。

「大丈夫。次くらいでエルムさんから言われるんじゃないかな?」

何が大丈夫と言いたい。でも自分だけが標的になってない事が少し

寂しい。

「もしかして2人共僕に遠慮とかしてたりする?特にシアン。」

「正直に言うと、私はリアンと敵対するつもりはないの。」

これは敵が1人減ったと考えるべきか味方が1人増えたと

考えるべきなのか。

「つまりシアンにとって、エルムさんは敵なんだ。

このゲームの間。」

「誤解しないで。敵ではないけど、エルムさんには勝ちたいな。」

じゃあ僕は事の流れに身を任せてみよう。中立の立場でゲームを

楽しむことにする。


エルムさんが家事を一通り済ませた。買い出しの予定が

あったはずだけど

いつまでたっても一向に出掛ける素振りを見せない。

「今日って買い物に行くんじゃなかった?」

冷蔵庫の中身を見ていたエルムさんに聞いてみた。

「買い足さないといけないのって主に私の方の食材とかだから。

リアン達は何の心配もしなくていいよ。」

「その僕達が自分の留守中に何をするかがエルムさんは

心配なんでしょ?」

現にエルムさんが知らない所で僕はシアンからお菓子を

貰っている。

「まあ正直な所そうなんだけどね。でも一日ぐらいは大丈夫だし。」

「一日じゃなくて一食の間違いじゃない?まだ昼食べてないよね。」

僕の位置から少しだけ中が見える冷蔵庫にはほんの僅かな

食材しかなかった。

「実は今朝気付いたんたけど、いつも行ってる店で週末に

バーゲンが

あるんだよ。年に何度もない大きいバーゲンがね。」

「それまで今家にある食材だけで切り抜けようと思ってたの?」

冷蔵庫を閉めて、エルムさんはそこに寄りかかった。

「そこまでは考えてないよ。でもどうにかして週末まで

持たせられないかな~って計算してただけ。」

インスタント物があるけど、エルムさんにそれで食事を済ませて

欲しくない。

「じゃあエルムさん。また僕達の袋を預かって。」

「私の都合でゲームをまた中断させるのもね…。」

僕は全然構わないと思う。エルムさんが家の主なんだから。

「最下位になるのが怖いの?エルムさんは。」

「逆に聞くね。リアンはどうかな?」

命令や罰ゲームが何か分からないから何とも言えないけど…。

「最下位になってもゲームを楽しめたら、いいのかなって思うよ。」

「リアンは何か余裕だね。シアンと同盟でも結んだ?」

シアンから菓子を貰った事をエルムさんは知ってるんだろうか。

「同盟も何もないよ。それでエルムさんはどうなの?最下位。」

「出来れば逃れたいね。何をされるか分からないんだよ?」

少なくとも相手にとって嫌な事ではないとしか言えない。


「そろそろ寝ようか?2匹共。」

皆でソファーに座って、テレビを見ていた。普通に

言ったつもりだけど

「逃げちゃ駄目ですよ。」

テーブルに置いてある菓子の袋を、シアンが私に渡す。

「あー…。忘れてたけど、ゲームしてたね。」

別に自分が最下位に決定してると思ってないのに頭から、ゲームの

事が抜けていた。

「じゃあ袋に入ってる菓子を数えようか。皆から離れてね。」

シアンがリアンと十分に距離を取った事を確認して私は

テーブルに菓子を並べた。

「エルムさん。罰ゲームを受ける人はどうやって決めるんですか?」

「その前に他の人から内緒で何個貰ったか覚えてる?」

2位が罰ゲームでも面白いかもしれないけど、シアンが

リアンに

どれだけ菓子を渡していたのかを知りたい。

「その貰った数が一番多い人が罰ゲームを受ける。」

「渡したじゃなくて、貰った数!?」

リアンが大きく反応した。そりゃあ好意で菓子を

貰っていたら

罰ゲームだなんて、想像は出来ない。

「…かどうかを多数決で決めるって、言おうとしたんだけどな。」

「ご…ごめん、エルムさん。」

リアンは再度自分の菓子がある方に向いた。

「ちなみに私は賛成。提案したの自分だけどね。」

「私はそれに反対で、渡した数が多い人の方がいいと思います!!」

後はリアンだけだが、まだ数え終わってないらしく、私達は

そのまま

待った。最下位と罰ゲームが被るなんて確率低いって思ったけど

実際はどうなんだろう?

「僕も数えたよ。菓子の全部と貰った数を。」

「それはリアンも賛成と思ってもいいって事かな?」

「うん。僕もエルムさんと同じで賛成だよ。」

リアンに近付いて何かを話してるシアン。私は台所から

チラシを

持ってきて、何回か折ってから菓子の数を書く。

「どちらが先でもいいから、私に教えて?紙にまとめるから。」

いち早く結果を知るのは私になるけど無理させて、2匹に

書かせるよりはいい。

「エルムさんは書いた数は本当ですか?」

耳元でシアンにそう言われたが、テーブルに見やすく菓子を

置いてる事を教えた。

「ううっ、シアンは私の事が信じられないの?」

書いた所を隠すみたいにチラシを折る。

「確認ですよ。エルムさんは冗談しか言わないんでしょう?」

何度もそれを言われたら本当に嘘がつけなくなりそうだよ。

リアンのも

聞かせてもらい貰った数も渡した人と貰った相手でしっかりと

確認してようやく順位が決まった。

「結果だけど…こうなりました!!」

広げて裏返しにしたチラシをひっくり返す。


最終的に菓子の数は

1位私。2位シアン。最下位がリアン。

貰った数は

1位がリアン。2位シアン。最下位私。

リアンの最下位と罰ゲームが決定してしまった。

「えと…貰った数じゃなくて渡した数にしようか?リアン。」

「でも賛成したのはエルムさんと僕だよ?」

シアンはリアンを見ていられなくて壁を向いてる。

「そうだったね。…今日は自分の善意ある相手への行動が時には

相手を

苦しめてしまう事になるのが分かったね。じゃあ…寝ようか?」

「そうですね。リアン行こう?」

シアンとその場を退散しようとする。

「2人共待って。」

私達の前にリアンが座った。結果が書かれた紙をくわえてる。

「まだ命令と罰ゲームをどうするか聞いてないよ。」

「私はエルムさんに任せていいと思います。」

本当にシアンはそれでいいんだね?

「じゃあ罰ゲームは私より多くリアンに菓子を渡した

シアンにお願いしちゃうね。」

「か、構いませんよ。でも命令はエルムさんです。」

早く終わらせたくて、またリビングに私達は戻った。

「それで罰ゲームの内容ですけど、う~ん…。」

「何を言ってもいいよ。嫌なら僕もちゃんと言うから。」

ソファーにリアンが乗り、その前に私達が座った。私も何を

命令するか考えとく。

「ならリアン。子供…に戻ってくれないかな?

私達の事をお姉ちゃんって呼んでみて。」

「子供になった演技をすればいいんだね。分かった。」

それはシアンがした方が可愛くていいと思う。テーブルが少し

鏡になっているらしく

リアンは笑顔の練習を始めた。シアンに小さな声で

「何処まで子供を演じられるかな?」

「リアンを信じましょう。」

「こほん…。」

練習が終わったらしい。私達はリアンの方を見た。ソファーに

寄りかかり

まるで赤ちゃんの指しゃぶりみたく、片方の前足を舐めている。

しばらくして私達に気付くと姿勢を正し

「こんにちは。お姉ちゃん♪」

いつもより高い声で少し恥ずかしそうに笑いながら、私達に

リアンは挨拶をした。

「どうかな?シアン。」

「どうですかね?エルムさん。」

そんな風にシアンと演技の出来について話してたら、突然

「エルム姉ちゃんってばっ!!」

一度ソファーから床に降りて私との距離を縮めたリアンに

押し倒された。

「無視しないでよ~。」

「…ご、ごめんね?」

「うう…ぐすっ。」

泣きそうな顔をして、リアンは目を擦る。演技なのに

私は変に焦って

「ごめんごめん。泣かないで?リアンは私の言う事聞ける

いい子だよね。ほらシアンも。」

リアンの泣き顔は私にしたら出来れば見たくない。私が原因で

ある事が多いから。

「リアン?エルムさんが困ってるから泣くのは我慢。」

リアンが擦ってる方の目尻をシアンは舐める。

「う、うん。分かった。」

また笑顔に戻って私にリアンは抱きつく。

「シアンもだけど、リアンの事は私が守るからさ。」

「シアン姉ちゃんも僕も守る?」

私は2匹の家族であり飼い主であるから、守るのは当然だ。

「でももしまた私のせいで2匹が泣いちゃうくらい嫌な事が

あったら

私の事を噛んだりしてもいいからね。」

「エルムさん。そんな事を言ってもいいんですか?私にお尻を

噛まれたって文句は言わないで下さいね。」

シアンはきっと冗談で言っている。そう信じよう。

「エルム姉ちゃんを食べていいの?あーん。」

「私は真面目な話をしてたつもりなんだけど…んっ。」

話してる途中でリアンが口を開けて私の頬を甘く噛んだ。

「これは私もする流れですか?エルムさん。」

「シアンはしなくったっていいって…ひぅっ!?」

私が変な声を出すと、すぐにリアンは噛むのを止めた。

「リアンは私よりエルムさんが好きなんだね。」

「どうなのかな?私とシアン、どっちと結婚する?」

私の声で動揺してる所に身体を起こして、すかさず質問をした。

今は演技中なのに少し顔が赤くなってる。

「り…、両方とする。」

ここは日本で1人としか結婚出来ないと言いたいけど我慢する。

「じゃあ結婚しますって約束のキスを私達にして欲しいな。」

「…そのキスって頬にですよね?」

「それは子供のリアンが決める事だよ。」

すっかり顔が真っ赤になって動かなくなったリアン。

罰ゲームも

ここまでかと思ったら、ゆっくりとシアンの鼻に軽く

キスをした。

「あ…ありがとう。リアン。」

すぐ隣にいた私の鼻にも急いでキスをしたリアンは私の胸より

ちょっと下で自分の顔を隠した。

「…どういたしまして。」

「恥ずかしいなら無理にしなくてよかったのに。」

今のリアンの様子を見て、シアンは

「罰ゲームはこれで終わりにしましょう。リアンも

頑張ってくれたから。」

「私からの命令は免除にしてあげようか?リアン。」

頭を左右にリアンは私に擦りつけた。

「と言っても、2人だけで私の部屋に寝るだけなんだけどね。」

「それが命令でいいんですか?」

リアンには大した事ではない命令なのは認める。

「どっちかって言うと、これはシアンへの命令だから。」

「あー…それでも命令にするのは惜しい事だと思います。

エルムさんが

決めた事だから、私が口出しするのは変ですが…。」

シアンは余程の事がない限りはリアンの隣で寝る。

リアンの耳をしっかりと両手で塞いで

「非常時や命令とかだったら、シアンは納得して

リアンと

別々に寝てくれるかなと私は思ったんだよ。」

「ふ、リアンの前で何を言って」

「リアンには聞こえない様にしてるよ。」

でも犬の聴力ってどれくらいなんだろう?嗅覚が発達してる分

視覚は

人よりは悪いって本で見た事はあるけど。

「今の命令でシアンはいいかな?」

「…はい。ソファーに枕と毛布をお願いします。」

シアンの罰ゲームで私も楽しめたんだから、命令なんて

本当は

どうでもいいんだけど今度はリアンが納得しなくなるだろう。


「最近はおむつを使う事なく生活していけてるね。」

シアンにはああ言ったけど私にはちゃんとした目的があって

この命令にした。

あれからリアンは夢精しない様に気を付けて過ごしている。

あの日私は最終手段として

強行策に出ると脅しをかけたみたいに言ってしまった。

「あ…うん。」

「何か困っている事はない?」

でも私はリアンを手助けするとも言った。その時は自分が

リアンに

してあげられる事が何一つも思い浮かばなかった。

「あるにはあるけど…。」

「リアンが良ければ私に教えてもらっていいかな?」

相談や話を聞くぐらいの手助けしか私は出来ない。

「何でも言ってくれたっていいから。話せる程度でね。」

「じゃあいい?エルムさん。」

リアンには前に犬の写真集を渡した。だけど最近新しいのが

欲しくなってきたと

言う。理由は少ない種類の本を何度も見てるせいか効率が

よろしくないみたい。

「リアンには言ってなかったけど一応新しいのはあるんだよ。

でもね?」

普段は隠している本を出して、リアンに表紙を見せる。

「これは明らかに…あれなんだね。」

雌犬を人間用の大人の玩具で責める表紙を人に見せたら誰もが必ず

嫌らしい本と言うだろう。

「ちなみにネットで購入しました。こう言うのを書店で買うなんて

私には無理だよ。」

「ん?これは…。」

ベッドに置いた雌犬が表紙の本をリアンが見ていたけど、もう

1冊あったらしく、それを見つけた。

「あっ…!!そ、それはセットで一緒についてきた…本なんだよ。」

私が愛読してる雄犬が責められてる本が何故ここに?最後に

読んだ時の事を思い出せない。

「そうなんだ。僕が貰った普通の本より使いこまれてるね。」

「中古で、か…買ったからだよ。」

動揺してる事が隠せてない。早く話を変えよう。

「中古のセットで買ったのに、どうして片方だけは新品?」

「…どうしてだろうね?」

新品そっちのけで、リアンは中古の本に興味を示す。

「リアンと同じ雄犬しか写ってないよ?」

「その雄犬を自分だと思って見るから大丈夫。」

そう言う読み方で使えるんだったら別に構わないけど。

「エルムは両方とも内容を確認したの?」

「一応。簡単に何度か見ただけだよ。」

ページをめくる音が止んだから、何処を開いてるのかと思い私も

本を見た。

女性の膝の上でリアンと同じくらいの大きさの犬が

射精するたびに

女性からご褒美にビーフジャーキーを貰っている写真。最初は

手渡しで

最後は女性から犬に口移しでご褒美をあげている。この女性と犬の

位置関係は

私がリアンに自分の指をおしゃぶりさせた時とほぼ同じだ。

「え、エルム。これって…どう言う事?」

「たまたまだよ。たまたま似てる体勢を取っただけ。確かに私は

ここを見てたけど。」

「本当に…たまたまなんだね。」

この写真の部分は特別なのか数ページを使っている。次に数回の

射精の

瞬間を収めた写真。犬だけに精液の量が凄い。子犬みたいに表情が

可愛い犬である。

「正面から出す所が見えないのが欠点だな…ん?」

お座りの姿勢で私をリアンが見てる。この写真を見ていたら

冷静でいられなくなったんだろう。

「えっ…エルム。」

「もう見るの止めようか?」

ひとまずリアンをほっといて、2冊の写真集を同じ元の場所に

片付ける。

あんな状態じゃ、もうリアンと話なんて無理だから寝よう。

「エルムお姉ちゃん。」

「お姉ちゃんって、リアン…。」

ベッドに腰を下ろすとすぐに私の方を向いて膝に乗ってきた。

「何かして欲しい事があったら、ちゃんと何処を触ってとか

はっきりと声に出して伝えてごらん。」

「エルムは何もしなくていいよ。」

じゃあリアンは何をするつもりなのかと言おうとしたけど

前足を脇に回して私の口を舐め始めた。

「んーんんー。」

名前を呼ぶが聞こえてないのか、それか夢中になっているのか

反応を見せない。

「エルム…エルム…んん。」

またお尻でも強く叩いて止めようと考えたけど、腰を強く

押しつけて

前後に振ってはいないし、少し舐めるのが激しいだけだから

リアンが満足するまで待つ事にする。


時間にして3~5分がたったと感じる頃にようやくリアンの舌の

動きを止まった。

「はぁ…。」

「随分と長い愛情表現だったんじゃないのかな?リアン。」

手で口を拭う。軽くお尻を叩くと大袈裟にリアンは反応をした。

「あ!!……えっ?」

「あと1分も長くしていたら、強く叩いてた所だったよ。」

リアンを持ち上げて、隣に移動させる。

「どれくらい…してた?」

「インスタント麺で例えるんだったら、2個は調理を完了してるね。」

次からはストップウォッチで時間を調べたりしていいかもしれない。

「愛情表現に時間をかける事は悪くないよ。大事なのは質だけど。

でもさ?

舌とか疲れちゃうだろうから、人間版の愛情表現の仕方を

教えるよ。」

先の罰ゲームを真似て、リアンの鼻から少し離れた所に

口をつける。

「あっ。」

どうやらリアンはキスをされるのも慣れていないのか、自分が

私達にした時と同じ反応をした。

「こっちの方が簡単ですぐに愛情表現が出来るよ。」

「キスは恋人や夫婦はする物じゃないの?」

テレビのキスシーンは恋愛物や昼ドラに多いから

そう認識するのも分かる。

「ううん。家族や友達、あと人と動物ででもするよ。今みたく軽く

したり長くする違いはあるけど。」

異性同士でするのは間違ってない。兄弟か姉妹が子供の時に遊びで

したりするけども。

「キスを犬のリアン達で言うなら、相手の身体を舌で舐める

行動に当たるね。」

「う、うん。僕分かったから、エルム。」

「つまりリアンは私にキスを、ん!!」

リアンがいきなり私へ頭から突っ込んできた。その勢いが

強くて後ろのベッドに倒れてしまった。

前にも似たような事があったなと思い出した。注意しようとしたら

リアンに口を塞がれてた。まるでキスみたいに。

「ん…リアン。今度は何?」

リビングで私達にキスした直後みたく、リアンは顔を

見せないようにするだけで私の質問に答えない。。

「ねえ?もしかして最後まで聞くのが恥ずかしかったからなの?

キスしたの。」

「うん。でもき、キスは偶然だよ!!」

そうだろうと思った。身体を横を向けて、私の上に乗っている

リアンをベッドにどかす。

「分かったよ。でもリアン?人の犬の愛情表現の違いは

ほとんど同じで、違いはないんだよ。口で触れると

舐めるだから。」

「でも僕は家族として、エルムに愛情表現をしたんだからね。」

それは言わなくても分かる。ただ家族の言葉に疑問を少し感じた。

「呼び捨てもそうなんだけど、私に愛情表現をしてくれるのって

リアンがいやらしい気分になった時だけだよね。

それってどうしてなのか説明してくれないかな?」

「えと…。」

そんな事を言って、リアンは私に背中を向ける。

「時間が欲しい?それとも今は言いたくない?」

「少し待って。」

キスとかしたから恥ずかしかったりして、気持ちが

落ち着かないんだろう。冷静になるまで、トイレにでも行って

時間を潰して待とう。

用を足し手を洗って、さあ戻ろうと思ったけど

シアンがここに来てから、初めて一匹で寝る夜だから

寂しくないか様子が気になった。リビングへ向かって

ソファーのすぐ近くに座る。

「寝てるかな?」

起こさないように小さな声で喋る。人間は外で寝ていたりすると

所持品が盗まれてしまうけど、犬の場合はどうなんだろう?

それ以前に寝ている犬に手を出す犬がいるのか分からないからな。

「シアンはリアンのお姉ちゃんになるより

リアンと2人っきりで寝たかったんだよね。」

でもたまには私だって、シアンが来る前みたいにリアンと

寝たりしてみたい。

「この埋め合わせ…って言うのは何かおかしいけど

ちゃんとするから。」

シアンを軽く撫で、リビングを後にする。心の整理をする

時間は十分にあったはずだから、多分もう大丈夫だろう。

寝てしまっていなければ。

「リアン。もう話せるかな?」

「う、うん。」

2人っきりである今聞いとかないと。この時間は貴重だ。でも

就寝時間が迫っている。今日ぐらいは夜更かししてもいいかな。

ベッドにいるリアンと向き合うよう床に座る。

「いやらしい気分になると、いつもより自分の気持ちに素直に

なるから…だと思う。」

「じゃあリアンは私の事を呼び捨てにしたいって

常日頃思っていると考えていいのかな?」

つまり自分の願望を満たそうと、リアンは行動していた。でも

最初に呼び捨てした時は何で呼んだんだろう?もしかして

あの時点から、そう言う願望があったって事?

リアンがうんと頷いた、しかしすぐに違うと何故か不定する。

「…日常生活でエルムって呼びたいのって言う意味で、私は

聞いたんだよ。もしかしてって思ったから、一応説明したけど。」

やっぱりリアンは私にまた気持ちよくして欲しいと

思っていた。一度肯定してから不定したんだから間違いない。

「考えてみたら、家族にさん付けって何か普通じゃないよね?」

リアンが来てから、一年とちょっとになるのだけれども

最初っから今の今まで、ずっと私の呼び方は同じである。

「エルムさんをさん付けで呼んでいるのは僕だけではなく

シアンだってそうだよ。」

「今話しているのはリアンの話でしょ?

シアンの事はいいんだよ。」

シアンはリアンと違って、ここに来てから日が

浅いから別に構わない。

「さん付けが駄目と言う事はないのだけれども、リアンが

普通の精神状態の時にも私の事を呼び捨てに

してもらえたらなーと思ってるの。」

「もしかしてエルムさんは僕に

呼び捨てされる事は嫌だった…よね?」

ちょっと落ち込んでしまってるのか、声に元気がないリアン。

「ううん。呼び捨てにされるだけだったら、嫌とか何とも

思わないよ。私に聞かなくても、リアンなら何となく

分かるんじゃないかな?」

思い当たりがあったのか、私の問いに対してリアンは頷いた。

「さてここら辺でお開きにしよう。もう夜遅いし。」

「あ…そうだね。」

本当はもう少し話していたかったけど、リアンは罰ゲーム等で

精神的に疲れているはずだからこれ以上私に

付き合わせるのは酷だろう。

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