第9話 『異能』の基礎(3)

 食事が終わった。

 これから全身強化について教えてもらう。その後の組み手のことなど考えたくない。

 どう考えてもアヤにボコられる未来しか見えない。

 諦めて少しでもマシになるように全身強化を身につけるか……


「さて、全身強化になるが右手のみの強化が出来ているのだからそう難しい話ではないはずだ。全身に意識して『異能』を行き渡らせるイメージでやってみてくれ」

「わかりました」


 菊川さんの言う通り、身体全体が強くなったようなイメージをする。

 少し身体の中から何かが表面に出てきたような感覚がする。


「よし、問題なく全身強化が出来ているようだな、ただ少し背面が弱い。意識して背面も強化できるようにしておかないといざという時に大ダメージを受けるぞ」


 菊川さんはそう言うが、前面しか意識しにくい。背面から攻撃を受けることもあるとか『異能者』の世界は物騒過ぎないか?


「まずはそのまま動いてみてくれ。力だけの強化とは言え、感覚が少し異なるはずだ」


 確かにいつもより動き辛い。ちょっと地面を蹴るだけで思ったより移動できてしまう。

 しばらく慣れるまで動いてみるが、少し身体がだるくなってきた。


「菊川さん、少し身体がだるくなってきたんですが」


「まだ『異能』を身に着けてそんなに経ってないからな、EPを無駄に消費している。もう少し慣れてくると、EPの消費も抑えられ、他者の『異能』も見えるようになる」


「他の人の『異能』も理解できるようになるっていうことですか?」


「そういうことだ。まだ目が慣れていないのもあるが、二日目でそこまで出来るのなら大したものだ。才能はあるだろうから訓練していればそう時間が掛からずに見えるようになるだろう」


 目を凝らして菊川さんとアヤを見てみるが特に何も見えない。


「まだ二人からは何も見えませんね……」


「それはそうよ。菊川さんもあたしも『異能』を何も使ってないもの。『異能』の力を垂れ流しなんかしてたら見つかって拉致されたり殺されるわよ」


 アヤが何でもないかのように、とんでもないことを言う


「何だよそれ怖すぎるだろ!」


「というかシュウジも一度襲撃されているんだから、そういう世界に足を踏み入れたと割り切りなさい」


「凄い不本意だけどな。俺は平穏な毎日がよかった」


「愚痴っても始まらないから強くなりなさい。というわけで組み手するわよ」


 え? もうかよ。まだ試してみただけじゃないか、全身強化を。


「そうだな、思ったよりシュウジはスジが良いから、後は組み手で鍛えたほうが上達が早いだろう」


 菊川さんの無慈悲なジャッジ。菊川さんは俺たちから離れて観戦の構えだ。


「安心して、あたしも全身強化までしか使わないから。殺傷能力のある『異能』は使わないわ」


「安心できねぇよ! 何だよ、殺傷能力のある『異能』って!!」


「あら、『異能者』で殺傷能力のある『異能』を使える人は珍しくないのよ?」


「殺傷能力がある『異能』とか、どういう『異能』なんだ?」


「そうね、テレキネシスは一般的よ? 大質量のものを落とせば『異能者』でも死ぬから。『異能』を纏った武器も殺傷能力は高いわね」


 アヤはそう言いながら落ちていた鉄パイプを拾って数秒構えた後、近くにあった放棄されたH鋼に向け、袈裟斬りに振るった。

 キン、という高い音がしたかと思うとH鋼が斬れ、斜めにズレて上半分が落ちる。


「えっと、アヤさん……? 鉄が斬れたように見えますが?」

「何で敬語なのよ。鉄くらい斬れるわよ。ただしほら、鉄パイプ側がこうなるから」


 アヤの持っていた鉄パイプが真ん中から折れている。


「鉄パイプで鉄を斬るなんて普通できないでしょ? 普通できないことをリスクなくしようとするとEPを多く使うしかないのよ。

 私にはまだそこまでのEPがないから無理ね。物理的に無理なことをやるのっていうのは難しいのよ」


「意外と現実的なんだな、『異能』って」


「まぁね。ただ、鍛えれば魔法みたいなことが出来る人もいるわ。でもそれも何かしらの物理法則に則ってるか、『異能』で無理矢理実現してるだけ」


 『異能』も万能ってわけじゃないのか、意外だな。


「肉体強化が一番現実的なのは一番物理法則から外れやすいから。ある程度の無茶が通せるのは肉体強化のいいところね」


「なるほど、他の能力より効率がいいわけか」


「そういうこと。じゃ、準備はいいかしら? シュウジ」


「あんまり良くないが……やるしかないんだろ?」


「安心しろ、不味ければオレが止める。ダメージに関わらずノーガードでクリーンヒットするか、身体が吹っ飛んだら試合終了だ」



 菊川さんがそう言う。ノーガードなんかでクリーンヒットしたくねぇよ、死ぬぞ多分。

 仕方なく左体側を前に出し、左腕を上げ拳を作る。右手も拳を作り、腰を落として腹の横に親指が上になるよう構える。

 お互いに3mくらいの距離だ。


「では、試合開始!」


 菊川さんの掛け声で試合が開始。

 本当は様子を見るべきなんだろうが、一瞬で決めたい。

 右足で床を蹴り、一気に前に詰め右手の拳を突き出す。

 が、手応えなし。

 目を瞑って殴るなどという愚行は犯していないが、アヤがインパクトの瞬間に消えた。

 消えたと認識した瞬間、拳を戻さずにそのまま俺は勢いのまま前に転がる。

 嫌な予感がしたからだ。

 俺の居た場所に上からの踏みつけが来ていた。

 間一髪だった。


 「あら、今のを避けられると思わなかったわ」


 背後から声がする。振り返った瞬間、アヤの右脚が目の前にあった。左腕で受け止めたが、勢いが殺せずにそのまま吹き飛ぶ。

 ヤバい、全身に力を入れないと死ぬ……!

 弾き飛ばされたところにあった、元は資材だったろう山に突っ込む。

 金属がぶつかる轟音を立てて俺の身体は停止した。


「それまで! 高尾、やりすぎじゃないか?」


「手加減はしたのよ? 全身強化できなかったらまずいから」


 身体を起こしてみる特におかしいところや痛みはないが……


「アヤさん……蹴りが強すぎませんか?」


「だから何で敬語なのよ! ちゃんと全身を強化して受け止めないから吹き飛ぶのよ。攻撃を受け止めても吹き飛ばない訓練が必要ね」



 結局この後は寝る直前まで身体強化について延々と菊川さんとアヤに訓練を受けることになった。

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