第8話 『異能』の基礎(2)

「さて、肉体強化だがこれは『異能』をまとうイメージでやるといい」


 菊川さんが実演して見せる。見た目には何も変わらない。が、手に持った鉄パイプが飴細工のように曲げられていく。……何かこの人、見た目からして『異能』なしで曲げそうなんだけど。どこからどう見ても格闘家だしな。でもどうやってやればいいんだ?


「まとう、と言われてもよくわからないのですが」

「む、すまん。じゃあ右手を拳にして力を入れてみてくれ」


 言われた通り、ぐっと拳を作って力を入れてみる。


「で、そのまま拳が硬く、強くなるイメージをしてくれ」


 なんとなく拳が強くなった気がする。見た目には何も変わってないように見えるが……


「そのイメージのまま、そこの鉄板を殴ってくれ」


 菊川さんに指を向けられた場所にある古い鉄板を、拳を傷めない程度に殴ってみる。

 鉄板にハンマーを打ち付けたような音がした。鉄板には何も異常はないが、音はすごかった。

 奇妙なことに拳に痛みや反動は一切なかった。


「筋がいいな、何も起こらない可能性もあったんだが、拳の強化は出来ているぞ」

「そうね、思ったより早くなんとかなりそうね」

 

 気付いたら高尾さんも来ていたようだ。いきなりだったのでちょっと驚いた。

 部活帰りか、制服のままだ。手にはコンビニの袋を手にしている。


「様子が気になったから見に来たのよ」


「あぁ、シュウジは筋がいいようだ。肉体強化だけでも出来れば逃げたり身を守ることはできるだろう」


「シュウジ? あぁ、久我山君の名前ね。シュウジ、いいわね。呼びやすくて。あたしのことも名前で呼ぶ?」


 高尾さんがとんでもないことを言い出した。

 いきなり何を言っているんだ……


「名前呼びって、勘違いされるだろうが」


「あら? あたしは構わないわよ? どうせ一緒に行動することも増えるんだし他人行儀なのも面倒でしょ?」


 彼女は少し笑いながら言っている。からかわれている気がしてならない。よし、俺も平常心で返してやろう。


「そうか、じゃあお言葉に甘えて。これからアヤって呼ぶぞ?」

「あら、意外。私の名前知ってたのね?」


 おおぅ、しまった。クラスメイトの下の名前を知ってるっていうのはちょっと失敗だったか……

 そう思ったのが顔に出たらしい。彼女は口角を少し上げてニヤっと笑った。


「ふふ、面白いのね、シュウジ。顔に出てるわよ」

「いや、まぁ、高尾さ……アヤは学校でも有名だからさ」


 これは嘘ではない。テニス部で大会優勝者として垂れ幕が学校の屋上からぶら下げられているのだから。

 しかし、彼女こそ意外と本性を隠していたっぽいな、どう考えてもSっ気が強い。


「雑談はそこまでにして、続きを行くぞ? シュウジ、立って右手を右側に伸ばして手の平をこちらに向けてくれ」


 菊川さんがそう言って距離を取った。俺は右手を身体の右に伸ばして手のひらを菊川さんへ向けた。

 正直、嫌な予感がするんだが。


「では、今から俺が先程やったようにテレキネシスによる射撃を行う。右の手の平を狙うから、右の手の平を強化してくれ」

「えっ、さっきのをですか? 大丈夫なんですかね……」

「大丈夫なように強化してくれ、先程の拳の強化の要領で強化すれば多分問題ないだろう」


 多分って何だよ、怖すぎる。

 右手に意識を集中させて『異能』を集中させる。見た目に何も変わっていないのが不安を煽る。


「強化はできているようだな、では撃つぞ」


 菊川さんがそう言って先程飛ばしていた元スチール缶の弾を飛ばしてくる。

 先程と同じくらいの速度なんだろうが、一瞬で飛んできた。

 実際に撃たれるとすごく早く見える。

 そして右手に重い衝撃が……ない。

 右手に何かが当たった感覚はあったが、弾はころん、と床に転がった。


「これが『異能』による防御だ。基本的に『異能』はこうやってガードできる。物理法則に沿わないような『異能』もあるが、それも自分の防御がしっかりしていればダメージを防げると思ってくれ」


「わかりました。ところでさっきの弾を防御できたんですけど、右手に当たると解っていてもよく見えませんでした。どこに当たるか予測できない場合、どうしたらいいんです?」


「そうだな、感覚強化をして狙われているポイントを強化するか、できるだけ全身を強化するか、だな。俺は後者をおすすめする」


 全身をガード? 消費は問題ないんだろうか? 感覚強化のやり方も気になる。


「EPの消費が激しいんじゃないですか? 全身強化って。感覚強化のやり方も知りたいのですが」


「シュウジの言うことも正しいんだが、テレキネシスは途中で弾道変化もできる。ピンポイント強化をしているのを見抜かれると弾道を変えられるぞ。EPの消費については強化しているだけなら慣れれば殆ど無くなる。ただ防御時にはEPは消費するがな」


 なるほど、それは危険過ぎる。変化球が来るとまずいってことか。


「感覚強化は多分すぐには出来ないだろう。難易度が高い『異能』だ。感覚強化をすると五感が強化されるが、体感時間の延長が重要でな。これが出来ないと速度の強化ができない」


「速度の強化……動作を早くするっていうことですか?」


「そうだ。感覚がついてこないと『異能』に振り回されることになる。瞬時にかける分には問題ないが、それでも制御できない速度強化は危険が伴う。目を瞑ったまま戦うようなものだからな」


 とにかく肉体強化を習得したほうが良さそうだ。


「よし、一通りの説明はできたな、一旦ここで食事にしよう」


 とりあえず食事か。アヤを見てみると既に食事をしている。サンドイッチとサラダとペットボトル入りのお茶か。

 俺と菊川さんはさっき買ってきたショッピングモールの惣菜屋の弁当だ。


「食事を取ったら全身強化を試してもらう。アヤもいることだし組手もできるな」


 菊川さんがとんでもないことを言い出した。組み手? 嫌な予感しかしない。


「あら、シュウジと組み手?」


「ああ、強化ができるなら最低限は戦えるだろうしな」


 菊川さんとアヤでもう決定事項になっているようだ。

 絶対ヤバいだろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る