第3話 手札と手札

 翌日、午前十時。ティルには、この時間にまたプールバー跡に来るように言われていた。

「よう、来たな」

 ティルが外で待っていてくれた。案内されて室内へ入ると、そこには四人。彼らが、昨日言っていたメンバーだろうか。

「改めて紹介しておく。こいつがライム、いわゆるクライアントってやつだ」

「シュテッフラー探偵事務所の、ライム=クリーガーです。よろしく」

 ぺこりと頭を下げる。やはり未だ素性の知れない相手と思われているようで、返されるのは会釈程度。

「ここに居るのが、『シュライエン』の主要メンバーだ。あともう二人、遅れて加わるのがいる。……自己紹介は追い追いでいいだろ、早速始めるとするか」

 彼がそう言うと、皆面持ちを改めて視線をティルの方へと移す。

「まず。ボーデンの方に詳しいやついるか?」

 昨日ボーデン地区の名前が出たのを聞いて、ティルがメンバーに問う。すると、バーカウンターに腰かけていたひょろりと背の高い青年が立ち上がった。

「それデシたら、オレが」

 カウンターの裏からボーデンの地図帳を取り出して、ライムたちの方へ向かってくる。近くで見るとますます大きい、手を伸ばせば天井に届きそうな程だ。その彼が、おもむろにライムに握手を求めてきた。

KGカーゲーデス、よろしく」

「ど、どうも」

「ティルに勝ったとか。今度ぜひお手合わせ願いたいものダ」

 あまり聞いたことのない、不思議な訛りのある発音。

 彼の求めた握手になぜか違和感を覚えつつ手を取ると、強い力で握り返された。そこに不穏な気配を感じて思わず顔を見れば、そこにはなぜか納得の色。

「では、失礼して。ボーデンで麻薬が広まっている場所の可能性を考えると、おおよそこの辺りデスね」

 ビリヤード台の上に目次を広げ、東の方にある地区名を指す。

 その手を見て、違和感の正体に気付くライム。彼が使っているのは右手、おそらく右利き。しかし、握手を差し出したのは左手だった。その意味を考える。

 KGの手のひらは、指の付け根が妙に硬かった。あの位置にタコが出来るって、どういう事だ?

 そして、あの不穏な気配。オブラートに包み隠した様なものではあったが、あれではまるで……。

「ライムさん、依頼に時期の情報はありマシたか?」

「い、いえ。目立ってそれらしいものは。でも、そう前の話ではないんじゃないかと思います」

 ぼんやりと考えていたので、急に話しかけられてうろたえた。

「なら、あまり広範囲とは考えられなさそうデスね」

 こちらに笑みを投げかけるKG。更なる結論を導こうとしていたが、彼に気取られたのではと思い保留する。

「で、場所についてはオレも気になって軽く聞き込みしてきたんデスよ。そしたら、どうも違った」

 そう言いながらKGが指したのは、別の地区名。すると、今度は地図を横目で眺めていた男が声を上げる。

「失礼。今指している地区……憲兵の中央駐屯所があります」

 ねずみ色の地味なベスト、黒縁メガネ、髪型はオールバック。一見して野盗に似つかわしくない、学校教師のような風貌。

「ああ、確か階層を貫いて同じ場所にあるんだっけ」

 ティルの言葉に、無言で頷く彼。

 確かに、マルツリンデ軍憲兵の駐屯所は、中央と東西南北に合計五ヶ所。階層を支える支柱の中でも、とりわけ太いものに寄り添う形で設置されている。とはいえページは目次、地区名は文字の順に並び、建物の場所など目立った書き込みなどありはしない。その状態から駐屯所の位置を言い当てたとなると、彼にはかなりの地理感覚があるようだ。

「左様。そのような場所で、麻薬の売買が?ブラフの可能性も考えたほうがよろしいかと」

「すると……ボーデンの方は考えなくても良いかもしれマセンね」

 言いながら、地図帳を閉じるKG。しかし、それを止める声が上がった。

「そうは言っても、調査した方がいいんじゃない?ある程度可能性が残ってるなら聞いてみる価値はあると思うわ」

 ビリヤード台に腰かけて、ボールを弄んでいた少女。すらりとした長身に整った顔立ちだが、ライムはなぜか彼女にマリオンとは別種の近寄り難さを感じた。

「パウル。確か貴方、ボーデン担当の憲兵に顔見知りが居たわよね?」

 パウル、と呼ばれて、彼女の傍らに佇んでいた少年が反応する。ライムよりも背が小さい華奢な体に童顔、あまり似合っていない深く被ったニット帽。

「う、うん。確か今日は、そこでお仕事だったはずだよ」

「好都合ね。私達、そこを当たってみてもいい?」

 その言葉に、少年がびくりと身を震わせる。

「お、おいらも行くの…?」

「大丈夫、無理のない程度でいいわ」

 宥めるような優しい声で、そう言う彼女。

 現状、人手はライムとティルも含め六人。かなり捜査の幅は広がるはずだ。しかし、ライムの脳内に、わだかまり。

「じゃあ、そんな感じで情報収集を頼む。デッケルは広範囲に渡るかもしれねえから、ひとまず北と南を当たろう。ヒルデとパウルは、すまんがボーデンの中央地区に行ってみてくれ。そんでまた三時くらいにここで集まって共有といこうや」

 ティルが纏めると、メンバーが思い思いに動き出す。

 それに伴って動き出そうとしたティルを、ライムが呼び止める。

「ちょっといい?聞きたいことがある」


 他の気配が遠ざかったことを確かめて、ライムが口を開く。

「この集団は…シュライエンは、本当にストリートギャング?彼らの顔触れを見る限り、僕にはとてもそうは見えないんだけど」

「そういうもんなんじゃねえのか?統一性なんてあってないようなもんだろ、普通」

「そうじゃない。それにしたって無さすぎるって話」

 追及すると、それに答えるようにティルはにやりと笑った。

「おもしれぇからだよ」

 彼の言葉に、呆気に取られるライム。そのどこか凶悪そうで、それでいて快活な笑みからは、何の真意も読み取れない。

「おもしれぇからだ。あいつら全員、俺が集めてきた。『あぶれ者の集まり』に統一性なんてなくっていいのさ」

 見つめる瞳は、一切ぶれない。思えば昨晩のこと、その時も彼はライムに対して「おもしれぇ奴」と言っていた。ティル自身のさっぱりした性格も考慮に入れる限り、やはりこの発言は事実なのだろう。

 だが先の言い分だけでは、いささか回答として物足りない。

 値踏みするようにティルの目を見つめていると、彼もまたライムに問うてきた。

「なら、今度はこっちのターンだ」

 頭は良くないから端的に聞く。彼はそう前置きして一呼吸置き、再び口を開く。

「お前の手札はそれだけじゃねえだろ」

「……言ってる意味がよくわからない」

「まだ何か隠してるんじゃねえのか、って話さ。憲兵から流れ込んできた依頼。新種の麻薬、その出所の調査。どうにもきな臭えんだよな」

 彼の目も、ライムを射抜きでもするかのように見つめ続けている。

「残念ながら、今持ってるカードはそれで全部だよ」

「……確かにそうだろうな、それに関しては嘘を吐いている目じゃねえ」

 頷きながら返すティル。実際、ライム自身が持っているカードはそれだけだ。しかしその裏にまだ何かある、恐らくはそう思っているだろう。頭は良くないと言っておきながら彼が存外に聡いのは、昨日今日で何となくだが分かる。

 とはいえライムとて腹の探り合いはまだまだ不得手だし、余計なことに時間を割いて調査が進まなくてもことだ。

「この辺にしようぜ、やっぱ考えるのは性に合わねえ。そろそろ行動に移ろうや」

「そうだね。僕が依頼したのに、君たちに任せっきりってのもないよね」

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