第6話 だから私は
最初にあっさりと告げられた真実は、それだった。
私は意味が分からず、後ずさりをする。
「・・・・・・え・・・・・・。」
声にならない何かが口から漏れ出し、私は愛佳や理一達を見渡した。
俯いている人や、唇を噛んでいる人、潤んだ瞳で私と目を合わせている人。色んな人がいたけれど、その全員、嘘の顔ではなかった。
何も理解出来ず、何も掴めず。けれどその場の重くピンと張り詰めた空気が、全てを物語っている様に思える。
「・・・・・・どういう事・・・・・・全員ってじゃあ私も・・・・・・? 」
やっと口から出た質問は、そんな事だった。
現実味の無い事に困惑しつつ、私は愛佳に目線を送る。
愛佳は俯いた状態で首を横に振った。
「いえ・・・・・・。五月二十六日、この稲倉町は大地震に見舞われ、町民はほぼ全員死亡しました。——たった一人を除いて。」
愛佳の辛そうな声色に、今度はもしかしてと理一を見る。
この予想が的中しない事を心の何処かで祈りながら、私は理一の息遣いに耳を傾けた。
理一はコクリと頷いてから、私に真実を突き付ける。
「そう、たった一人。市川安曇を除いて。」
声が上手く出なかった。どうやって息をするのかも忘れてしまう程、私は混乱した。
私以外の皆がもう死んでいる・・・・・・?
急に周りが暗くなって、海の水底に落とされた様な感覚に陥る。
多分、小説とかで出てくる絶望の縁に立つと言うのは、こんな感覚なのだろう。
——けれど一つ、忘れてはならない事があった。
「・・・・・・じゃあ今私の前にいる皆は誰? 稲倉町は崩壊したはずなんでしょ? ならどうして稲倉町は綺麗なままなの? 」
私のその質問に答えたのは、お母さんだった。
人混みを掻き分けるかのように、愛佳と理一の前に立って、悲しそうな表情で私を見る。
「それはね、安曇。それはこの稲倉町という世界は・・・・・・貴方の。安曇の想像によって作られているからよ。」
眉間にシワを寄せ、今にも泣きそうな顔でそう告げたお母さんの肩が小刻みに震えていた。
「そう、あの日。五月二十六日の大地震の時、安曇は願った。この稲倉町で皆と笑い合える日常が欲しいと。今の稲倉町は、そんな安曇の願いの産物なんだ。」
理一は私の心の奥に語り掛けるかの様に話す。
その瞬間、私の見ている景色が歪んだ。
頭が割れるような痛みに襲われ、私は手で顔を覆う。
そして、私は全ての始まりを思い出した。
五月二十六日。
その日、私は稲倉町の外へと出ていた。ピアノの全国大会に出場した愛佳を迎えに、空港へと足を運んだ。愛佳のお母さんに連れられて、私は愛佳に「準優勝おめでとう」と伝え、その帰り道。
十五時十一分。
稲倉町を震源とする大地震が発生した。私は愛佳のお母さんが運転する車の中で、地震に襲われる。
コンクリートには亀裂が走り、全国的に大規模な停電。四方八方から、車のクラクションの音が鳴り響いていた。そんな最悪の状況の中、私達は稲倉町へと戻った。
そこで待ち受けていたのは、あまりにも酷すぎる光景。建物は崩壊し、辺りは倒れる人で溢れ返っていた。私は愛佳と共に、町を回って生存者が居ないかを探した。心臓が少しでも動いている人を、ただ懸命に探していた。
——けれど、結果は生存者ゼロ。私と愛佳、そして愛佳のお母さんしか助からなかった。
暗い夜の中、三人で自衛隊の救助を待ってると、突然の大雨に見舞われる事になる。雨宿りが出来そうな場所を探していると、愛佳が足を滑らせ転んでしまった。
そんな愛佳に駆け寄る愛佳のお母さん。
「愛佳、大丈夫!? 」
「はい、ありがとうございますお母さん。」
そして、そんな二人の頭上には、雨と地震で崩壊した建物が落ちてこようとしていた。
「——愛佳!!!! 」
私が叫んだ時には、もう、全てが手遅れだった。
愛佳のお母さんと、愛佳は瓦礫の下敷きになってしまったのだ。
一人になった私はの足元に転がってきたのは、瓦礫によって切断されてしまった愛佳の頭部。
——ただ、私は絶望した。
嫌だ、こんな現実なんて。受け止めたくない。一人になりたくない! 私が欲しいのは、ただ皆が幸せそうに笑い合う日常だけ。
私はもう一度、稲倉町での日々を望んだ。
その刹那、私は白い光に襲われる。
私の記憶はそこで途切れてしまったけれど、あの時確かに思い描いていたのはこの稲倉町だった。
目の前の景色が歪んで、頭がガンガンと鳴り響いている。
「・・・・・・じゃあ、此処に居る皆は、私が作り上げたって事? 」
全てを思い出した後、私は恐る恐る愛佳に問いかけた。
愛佳は無言のまま、コクリと一回頷くだけ。そこから先の話は、理一が教えてくれた。それは、私がこの稲倉町を作り上げた直後の話。
「安曇は無意識のうちに、この稲倉町を作った。俺達は、自分を認識した瞬間にこの世界が作り物だと知っていたんだ。俺と彼女は、作られた記憶を頼りに安曇の元へと走った。何と声を掛けたらいいのか分からないまま。安曇はきっと死んだはずの愛佳と理一の肉体を見て、絶望するだろうと。そう思い込んでいた。
でも実際は違ったんだ。安曇は自らの悲しい記憶を全て封印していた。あの日起きた地震の事も、稲倉町が崩壊した事も全部。」
理一の・・・・・・理一の肉体を持った彼は、段々と表情を変えていく。辛くて苦しくて、くしゃくしゃになりながら、ただ私に真実を伝える事だけを考えていた。
震える息を吸い込んで、彼は自分の胸ぐらをぎゅっと掴んでいる。
「俺達は話し合った。このまま安曇に本当の事を話してしまうか、全てを隠したまま安曇の望む日常を送るか。迷った俺達が辿り着いた答えは、来るべき日まで、安曇の望む俺達でいる事。そして来るべき日、それはあの空き教室で手紙を見つける時だった。」
私は、何も言わずに立ち尽くした。
自分の愚かさに絶望しながら、視界が真っ黒に染まっていく。
私だけが何も知らなかったのだ。何も知らないで、ただ笑っていた。皆はきっと沢山辛い思いをしただろう。だって此処にいる皆、私のエゴによって生み出されてしまったのだから。
私はなんて身勝手なんだ。愛佳も理一も、私に全てを隠して必死に笑っていたというのに。
あの手紙の差出人、その部分だけ破れていたのは此処にいる皆の気持ちなんだ。私は今更そんな事に気付くなんて・・・・・・。
「安曇ちゃん、これが真実ですわ。わたくしは、安曇ちゃんが思い描く『峯北愛佳』を演じていたに過ぎません。安曇は、そんなわたくしの事がお嫌いですか? 」
目の下を赤く染まらせながら、愛佳は私に訪ねてきた。
多分、数時間の私だったら彼女を否定しただろう。
『本物の愛佳を返して』と怒り狂っていただろう。でも、彼女は沢山悩んで苦しんで、それでも私の隣に居てくれた。
偽物でも本物でも、私はこの子に安らぎを求めていたんだ。
私は地面を踏みしめて一歩、足を踏み出した。夕日に背中を押される様に、真っ直ぐ愛佳に近付く。
愛佳の正面に立った私は、そのまま彼女を抱き締めた。
私の想いが、感謝が彼女に伝わる様に。
「・・・・・・嫌いになんて・・・・・・なれないよ。確かに貴方は、私の幼馴染の峯北愛佳では無いかもしれない。でも・・・・・・貴方はやっぱり愛佳だよ。私の・・・・・・私の大好きな愛佳だよ・・・・・・。」
時折、言葉を詰まらせながら、私は自分の気持ちを彼女に・・・・・・愛佳に伝えた。
愛佳を抱き締める手に力が入る。
心を中で私は何度も愛佳に謝り続けた。
『何も気付いて上げられなくてごめん。』『愛佳の背負ってるモノを一緒に背負えなくてごめん』
そう何度も何度も謝り続けた。
愛佳の柔らかな髪が私の顔を包んでいく。右耳から、啜り泣く声が聞こえてきて、私は一層強く抱き締めた。
愛佳に面と向かって『ごめんね』と伝える事も出来た。けれど、今彼女に言うべき言葉は別にある。私は精一杯の気持ちを込めて、それを口にした。
「ありがとう、愛佳。」
その瞬間、愛佳は大声で泣き出した。私はそんな愛佳をただ静かに抱き締める事しか出来なかった。
そしてもう一度、私は心の中で唱える。
——ありがとう、愛佳。
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