第4話 カッコイイ彼が大好きで

「そんな事、安曇ちゃんが気にする必要ないですもの。」

「そー、そー。そんな事より、授業始まるぜ。」


二人の笑顔を見て、私の指先は震えていた。全身を巡る血液が、目の前にいるのは、親友でも彼氏でもない。ただの皮を被った化け物だと私に知らせる。


愛佳の手が私へと伸びてくる。「安曇ちゃん? 」なんて私に気を使うフリをして、私を殺す気だ。

乾く喉、震える身体。上手く回らない思考。


ただ一つの理解出来たのは、目の前で笑っている愛佳と理一は、私の知らない誰かだということ。


そして、私が選択を誤ったのだと悟った。

私は手紙に書かれていた『それが出来るのは貴方ただ一人』という文を思い出す。

私はずっとそこに引っかかっていた。秘密を解き明かすなら、私じゃなくてもいいのに、と。

違う。違ったんだ。私以外の皆、全員・・・・・・狂ってしまったんだ。


・・・・・・逃げなくちゃ。この二人から。この学校から。

——ううん。この町から!


「触らないで! 」


パン! という音を鳴らしながら、私は愛佳の手を振り払った。勢い良く立ち上がった私は、二人を強く睨む。ガタッと椅子が倒れ、二人は私を心配そうに見上げた。

和気あいあいとしていた教室の雰囲気を、私は一瞬で壊してしまった。

「おいおい、どうしたんだよ。愛佳の手に何か居たのか? 」

理一が冗談めかしながら私に近付こうとする。私は咄嗟に「来ないで! 」と叫んだ。クラスの皆が、私を見る。でもこのクラスだって、きっと私に何かを隠しているんだ。そうに違いない。

根拠の無い思い込みで、私はクラス中を睨みつける。

「安曇ちゃん・・・・・・。」

潤んだ瞳で私を見つめる愛佳。私はその姿に恐怖した。


「違う、あんたは愛佳じゃない! 理一もこのクラスの皆も! 全員ただの化け物だっ! 」

声が掠れる。上手く呂律が回らず、ただ血液が沸騰していた。

愛佳も理一も、何も言わずに私を見る。光のない、暗闇の視線を私に送ってくる。

静まり返る教室に私は吐き気がした。

血液が逆流しそうな程、私は混乱している。正常とはかけ離れた思考で、私はクラス全員に聞こえるくらい大声で叫んだ。


「・・・・・・してよ。返してよ! 私の大事な人達を返して!! あんた達なんか友達でもなんでもない!」


その瞬間、スッと頬を通ったのは、一筋の涙だった。

その涙の理由は分からない。怒り、悲しみ、憎しみ、苦しみ。言葉にならない感情が幾つも入り交じって、私の涙腺を刺激する。

しーんと静まり返る教室から、私は逃げ出した。

無我夢中で腕を振り、必死に足を動かす。

酸素の届かない心臓は『痛い』と泣き叫び、私の瞳から雫を流す。


まとまらない感情で何もかもが私の中から消えていく。

何を間違ったのだろう。

——ああ、どうしてこうなったんだろう。


怒りと後悔と憎しみと、全ての感情が入り交じり、頭が回らないまま、私は階段を駆け下りた。



















「——安曇ちゃ・・・・・・」

安曇の後を追おうとした愛佳を止めたのは、理一だった。

何も言わず、ただ首を横に振る。

愛佳は何かを察した後で、再び椅子に座った。

「俺が安曇の所に行くよ。」

愛佳は視線を落とし、理一に訪ねた。

「・・・・・・本当にこれで良かったんでしょうか。」

その言葉の意味を、クラス全員が分かっていた。教室に沈黙が流れ、それを理一が破る。

「この日常は、俺達にとっても救いだった。夢の様な日々だった。けれど、いつまでもこのままじゃ居られない。皆は、稲倉町民を全員集めてグランドで待っててくれ。」

理一は深く深呼吸をしてから、教室を飛び出した。





「——もう、夢から覚める時だ。」






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