第3話 可愛い親友が大好きで
あれから、どうやって家に戻ってきたのかは覚えていない。
確かトイレに行った理一が、偶然指輪を見つけ出して、夜の学校探索は幕を閉じた。
きちんと夜十時までに家に帰宅した私は、自分のベッドにダイブした。手には、学校で見つけた手紙を握り締めている。
私は睡魔に襲われながら、手紙の内容を思い出した。
『稲倉町は何かを隠している。』
その正体が何かは分からない。けれど、ヒントと書かれた『五月二十六日』。この日にその謎を解く手がかりがあるのだろう。
私は、自分のポケットに手を入れてスマートフォンを取り出した。検索アプリで『稲倉町 五月二十六日』と入力する。
数秒して出てきた検索結果に、私は目を疑った。
『五月二十六日、稲倉町を震源とする大地震発生』
見出しに並べられていたのは、そんな文字だった。心臓がドクン、と音を立てる。私は震える指先で、恐る恐るその文字の上をタップした。
『五月二十六日、稲倉町を震源とする最大震度七強の大地震が発生した。 現在稲倉町は濃い霧で覆われており、自衛隊の立ち入りは困難だという。生存者を見つけるのは極めて絶望的で、専門家によると——・・・・・・』
息をするのも忘れてしまう程に、私は硬直した。
五月二十六日。今日が十月二十四日だから、約五ヶ月前の出来事という事になる。
五ヶ月も前に稲倉町の人達が皆死んだ・・・・・・? なら私の両親は、近所のおばあちゃんは。——愛佳や理一は?
皆死んでしまったのなら、今此処に居ない筈だ。
だとすれば、私の前にいる皆は誰なのだろう。
ふと、頭をよぎったのは『幽霊』という単語だった。
この稲倉町は幽霊の町と化したのだろうか。この町の皆が、死んでいて、此処はそんな皆が作り上げた幽霊の町・・・・・・。
——それなら、私ももう死んでいる・・・・・・?
脈打った胸に手を置いて、私は必死に息をする。この動く心臓も、呼吸も、流れる血液も。全部無くなったものだとしたら。私はどうして此処にいるのだろう。
初めて『死』という概念を目の前に私は肩を震わせた。
自分が知らないこの町の秘密は、私が考えていたよりも闇が濃いのかもしれない。
——私はどうして幽霊になってしまったのだろう。
不安が焦りに変わり、私は恐怖した。自分今、此処にいる理由が分からないから。体全身に電流が走ったかの様に、動かなくなる。
——怖い、怖い怖い怖い怖い!
急に目の前が真っ暗になる。先の見えない暗闇に、私はただ手を伸ばして叫んでいた。
「助けて! 怖いよ、死にたくないよ! 」
誰にも届かないそんな叫び声を上げながら、私はその場から動くことが出来なかった。
気が付くと、窓からは明るい朝日が差し込んでいた。
重い体を起こし、自分の部屋にある鏡の前に行く。
——我ながら酷い顔。
目は真っ赤に腫れて、髪はボサボサ。死人のような表情をしている自分が、鏡に写っていた。
もう、学校に行く時間だ。そう頭で理解していながらも、私は制服を着ることが出来なかった。だって私はもう死んでいるのに、学校に行ったって意味がない。
私達には目指すべき未来が、何処にも無いのだ。
もう、愛佳や理一に合わせる顔がない。いっそ二人に全てを打ち明けてしまおうか。そうすれば何かが変わるかもしれない。
はあ、と大きいため息を着いたあと、洗面所で顔を洗った。
大丈夫、大丈夫と心の中で何度も繰り返し、何とか自我を保とうとする。昨日と同じ様に動く鼓動を感じながら、私はなんとか制服に着替えた。
「おはよう、お母さん。」
リビングに行くと、いつも通りのエプロンを着て朝食の準備をしているお母さんがいた。
「あら、今日は随分早いのね。・・・・・・安曇、あんた顔色悪いわよ? 大丈夫? 」
私へと伸びてくる、お母さんの腕。心配する表情。私にはそれが、人間では無い、おぞましい姿に見えてしまう。
伸ばされる腕が、死人の腕なのだと考えると、私は大声を出してしまった。
「・・・・・・嫌っ! 」
私は咄嗟に、お母さんの手を跳ね除けた。
自分でも驚いた。けれどそれ以上に後悔したのは、目の前にいるお母さんが凄く辛そうな顔をしていたから。
——拒絶したんだ。自分の親を。
反抗期だからという問題では無い。これはもっと、根本から違うものだ。それを私自身が理解出来ている。
謝ろうか、とも思った。けれど、今私が口を開けばまたお母さんを傷付けてしまうだろう。それが怖くて、その場から逃げ出した。
何も考えず、無我夢中で足を動かす。肺に届く空気がやけに苦くて、今にも吐き出してしまいそうだ。
『お前はまだ生きている』という痛みを与えられながら、辿り着いたのは学校だった。
筆記用具も、弁当も財布も全て家に残したまま登校する羽目になる。幸いなことに、教材は置き勉している為、授業には差し支えないだろう。
なんて、余計な事を考える頭と裏腹に、階段を登る足は段々遅くなった。
今の私に出来ることは何だろう。秘密を知ったところで、私一人の力では何も出来ない。
今にも破裂しそうな心臓を握り潰すかの様に、私は制服に力を入れた。
その時思い出したのは、昨日の手紙だった。
確か、『救って欲しい』と手紙には書かれていた。それが出来るのは私だけだ、と。
なら、何も分からない私がやる事はただ一つのだ。
今の私に『覚悟』という物が足りているのかは分からない。けれど、これは私にしか出来ない事。この町の中で私だけが、真実を探し出せるんだ。
何故、この使命を私に課したのかは理解出来ない。
でも、私がさっきみたいに誰かを傷付ける事はしたくない。
——探し出さなくちゃ。私がまた誰かを傷付ける前に。
自分に言い聞かせるように、勇気を奮い立たたせて、教室の扉を開ける。
誰にも悟られない様にと、口角を上げて作り笑いをした。
「おはよう! 」
教室独特の匂いが私の鼻を突き抜ける。
ドキドキしながら自分の席に着くと、真っ先に愛佳が話しかけてきた。
「おはようございます、安曇ちゃん。」
彼女の纏う雰囲気はいつも通りの優しい空気で、私は少しだけ安心した。
誰よりも優しいこの子は絶対に守らなくちゃ、と心の中で意志を固める。
二人でたわいのない話をしていると、近づいてきたのは、理一だった。
「よっ。珍しいな、遅刻してないとか。頭でも打ったのか? 」
相変わらずのからかいぶりに、私の緊張もほぐれていく。
嫌味たらしい笑顔でニタッと笑いながら、理一に言い返した。
「頭打ったのは、そっちの方じゃないのー? 私よりも遅く登校なんて、随分重役出勤ね? 」
理一が「なんだとー」なんて言いながら、私に手を伸ばしてくる。私はそれを華麗に交わしながら、理一にキックをお見舞いしてあげた。
私と理一のやり取りを見て、くすくすと上品に微笑む愛佳。
ああ、そうだ。私が守りたいのは、大切にしたいのは、こういう何気ない生活。
愛佳と理一と笑い合う、こんな日々だ。
見つけよう、真実を。何としても二人の為に。
「そういえば」と話を切り出したのは、理一からだった。
私と愛佳に挟まれる様に立って、人差し指を口元に当てる。
「安曇。お前昨日の帰り、やけに上の空だったけど・・・・・・何かあったのか? 」
ピクッ、と肩が動く。段々と顔色が悪くなる私を、愛佳と理一は心配そうに見つめた。
どうしよう、話そうか。私の大好きな二人にだけは。昨日、偶然見つけた手紙の事を。その内容を。
思考を巡らせれば巡らせる程に、首筋に雫が流れていくのを感じた。
私は二人を信用して、信頼している。
誰もがこんな突拍子も無い話を信じてくれなくても、この二人なら・・・・・・。
ゴクリ、と唾を飲んでから、ゆっくりと口を開ける。
「あの、ね・・・・・・昨日手紙を見つけたの。」
「手紙? 」
理一の声に手が震える。上手く言葉が出てこない。それでも私は、愛佳と理一だけには知って欲しい。その一心で何とか言葉を紡いだ。
「そう。『稲倉町は隠し事をしている』って。しかも私宛の手紙だったの。ねえ、これって——」
そこまで言いかけて、私は後悔する。
私の前にいる二人の顔が笑っていたからだ。眉をピクリとも動かさず、ただ静かに微笑んでいた。
まるで、人形の様な、仮面を被った様なその笑顔を見て、私はただ『気持ち悪い』と思ってしまった。
「安曇は何も知らなくていいよ。」
「そうですわ。安曇ちゃんは今まで通りの安曇ちゃんで居てくれればいいんです。」
ゲームのCPUを思い浮かべてしまう程、二人の言った言葉に心が篭っていない。
そして、私はこの瞬間、やっと理解する。
——この稲倉町は狂っているんだ。
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