第2話 楽しい学校が大好きで
それは、いつも通りの学校生活の最中だった。
「夜の学校探検をしましょう! 」
昼休み、愛佳と理一と三人で弁当を食べていると、突然愛佳が立ち上がる。
私と理一が目を丸くさせていると、愛佳はにこりと楽しげに笑った。
「夜の、学校探検って・・・・・・? 」
机を囲むように座り、机には三つの弁当が置いてある。私は自分の弁当を手に取りながら、愛佳に向かって首を傾げた。
愛佳は何処か誇らしげに詳しい内容を話し始める。
「実は、叔母様からある指示を頂いたのです! それが、学校の何処かに隠されている指輪を探して欲しい、というもので・・・・・・。宜しければ、お二人も御一緒にと。」
ふむふむ、と相槌を打ちつつ愛佳の話しを聞く。
私がその話に乗ろうか迷っていると、理一が疑問を呈した。
「それ、別に夜じゃなくてもいいんじゃ・・・・・・」
「夜の方が楽しいかと思いまして」
何処と無く、声のトーンを明るくしながら愛佳は即答した。語尾にハートが付いていそうなくらいにテンションが高い。こんな愛佳を見るのはなんだか久しぶりな気がした。
せっかく親友からの誘いだと言うこともあって、私はそれを承諾した。理由は他にもあったけれど、それを口にするのも野暮というものだ。
理一も私に続くように首を縦に振る。愛佳はそれを見て、満面の笑みを見せた。
「では、早速今夜決行ですわっ! 」
愛佳の思い立ったら即行動する姿勢には、私も理一も口を開けっ放しにしてしまう。
愛佳の瞳はキラキラと輝いていて、私もそんな彼女を見て少し嬉しくなった。
——久しぶりだな、三人で何かをするのは。
そんな懐かしさに浸りながら、私達は夜の校門前に集まった。
夜に外出をすると、親が物凄い勢いでキレ散らかしてくるので、普段なら家でゴロゴロする。けれど愛佳の誘いとあっては、私もお母さんに頼み込むしかあるまい。
私は必死に頭を下げ、『夜十時までに戻る事』という条件付きで、外出の許可が降りた。
動きやすい私服に着替え、貴重品を手に学校へと向かう。
街灯が少なく、物静かな町に私は少し寂しさを感じた。
いい運動になるからと走って学校まで行くと、そこには既に二つの影が揺らめいていた。
私はその正体に思い当たり、大きく手を振る。
「おおーい! 理一、愛佳ー! 」
はあ、はあと息を切らしながら近づいて行くと、愛佳が手を振り返してくれた。
待ち合わせ時刻よりも早く着いている二人に、私は「遅くなってごめんね」と謝った。
「いえいえ、わたくし達が早く着きすぎたのです。安曇ちゃんはお気になさらず。」
フリルをふんだんにあしらった、お嬢様の様な私服の愛佳。
長袖短パンのラフな格好に、ウエストポーチを身に付けた理一。理一の耳には、キラリと月明かりで輝くピアスがあった。
二人の私服を見るのは、いつぶりだろうか。小さい頃を思い出して、私の心臓は跳ね上がる。
愛佳は口角を上げつつ、「では・・・・・・」と手に持ったバッグから懐中電灯を取り出す。
カチッと明かりを付けて、暗闇に隠れる学校を照らした。
「行きましょう、夜の学校へ! 」
校門を飛び越えて、校舎に近づく。どうやって中に入るのかと疑問に思っていると、愛佳がポケットから何かを取り出す。
それを校舎の鍵穴に差し込んでくるりと回すと、扉の鍵が開いた。
「うふふ、叔母様から預かって置いたのですわ! 」
自慢気に鍵を見せびらかしてから、愛佳は私の前を歩いた。
先の見えない暗闇に私達は足を踏み入れる。
静寂の中で、私達の足音だけが響き渡った。夜の学校というのは何処か不気味で、緊張感が出る。
「ど、何処にあるのかな・・・・・・ゆ、指輪・・・・・・。」
私が自信なさげに言うと、前を歩く愛佳が「うーん」と首を傾げた。
「叔母様によると、確か二階の教室の何処かに隠されている、と仰っておりましたわ。」
「んじゃ、二階を片っ端から探すか。」
理一も段々とやる気を見せる。ニカッと歯並びのいい白い歯を見せながら、理一、そして愛佳が階段を登った。
上履きのトントンという靴音が小気味良く鳴り響く。私も少し遅れながら二人の背中を追った。
懐中電灯で照らさなければ、足元も見えない暗闇に、非常階段の明かりがうっすら輝く。それがより一層、私の心臓を跳ね上げた。
幽霊なんて非現実的な存在を信じている訳ではないけれど、こういう場所はやっぱり苦手だ。
知識的にはいないと分かっていても、どうしてか意識してしまう。
心もとない足取りのまま、私達は二階の教室を一つ一つ見て回った。
普通の高校ならば、教室には鍵がかかっているのだろう。けれど、稲倉町で唯一のこの高校は、そんな防犯意識がとてつもなく低い。空き教室が多い事もあってか、いつの間にか鍵をかけるという習慣は無くなっていた。
「んー。ここでも無いみたいですわ。」
困り眉で頬に手を当てながら、愛佳はうーん、と悩む。
確かに、後探していない教室は一つだけ。階段からは一番遠い壁際の空き教室。もう何年も使われていない、この階で一番不気味な教室だ。
「まあ、無かったらその時考えようぜ。」
理一の安楽的な考え方に、私は賛成の意を唱えた。
不思議と、この二人がいれば何とかなる気がする。
そんな謎の感覚に満たされながら、懐中電灯の光が教室の扉を照らした。教室の中は暗くてよく見えない。
「それでは、行きます・・・・・・! 」
愛佳が扉に手をかけると、私はゴクリと固唾を呑んだ。
ガラガラと立て付けの悪い扉がゆっくり開く。空き教室をぐるりと懐中電灯で照らしてみると、どうやらここは物置と化している教室のようだった。ホコリまみれの書類やダンボールが散乱している。懐中電灯の光に照らされ、宙に舞うホコリがキラリと輝いた。
三人で手分けしながらお目当ての物が無いかを探してみる。
私はダンボールの中を調べてみた。
「安曇ちゃん、理一くん。どうですか? 」
斜め後ろから、愛佳の声が聞こえてくる。
「いや、見当たらねえなあ。」
「私も。それっぽい物は無いよ。」
理一と私が答えてみると、「わたくしもですわ。」と少し元気の無い声で愛佳も答える。
どうしたものか、と三人で頭を悩ませた。この二階に無いのであれば、一階から順に探すしかない。そうなれば、夜十時までに家に帰るのは不可能だろう。
すると、当然理一がおもむろに立ち上がり、扉に向かって歩き出した。
「俺、トイレ。」
こんな時に・・・・・・と呆れつつ、私は「早く帰って来てよ。」と強めの口調で理一を送り出す。
「安曇ちゃん、わたくしも・・・・・・」
愛佳が体をモジモジさせながら言いにくそうに私の方をみてくるので、「行ってらっしゃい」と笑って手を振った。
二人がいなくなった教室で、私はスマートフォンを取り出す。スマートフォンの明かりを頼りに、私は一人で再び探し始めた。
こんなに色々な物が置いてある部屋だ。もしかしたらまだ探していない所もあるかもしれない。
書類の間を探していると、何かがひらりと地面に落ちた。
腰を下ろして確認してみると、それはどうやら手紙らしい。差出人は不明。宛名は・・・・・・
「市川安曇・・・・・・? 」
どうして何年も使われていない教室に、私宛の手紙があるのだろう。
私がこの教室に入ったのは、今日が初めてだというのに。
私は不審に思いながらその封筒を開け、中の手紙を読んでみた。
「市川安曇様。
この手紙を貴方が読んでいると望んで、今から記します。今の稲倉町は、稲倉町であって稲倉町ではありません。稲倉町民は貴方に隠し事をしています。それを解くのが貴方の使命。どうかこの町を救って下さい。それが出来るのは貴方ただ一人。
ヒントは五月二十六日。それが全ての始まりです。希望は貴方に託されたのです。どうか真実を探し出して下さい。私の名前は——・・・・・・」
そこで手紙は終わっていた。破かれて、その続きを読む事はできない。
この手紙は嘘かもしれない。私を騙しているのかもしれない。
けれど、その手紙を読み終えた後、私の頭の中にはノイズの様なものが鳴り響いていた。
それはあまりに不確かで、でも何故だか私には確証があった。
——この稲倉町は、何かを隠している・・・・・・?
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