第50話 依存しない関係性

 網香先輩から条件を提示された翌日、琢磨は仕事終わりに岡田を誘い、さしで飲みに来ていた。

 もちろん相談内容は、網香先輩に告白されたことについて。


 琢磨は、昨日網香先輩に言われた一連のことを岡田に説明した。


「って感じなんだけど、どう思う?」


 深刻そうに琢磨が尋ねると、岡田は呆れ交じりのため息を吐きながら答えた。


「そりゃまあ、網香先輩はお前にプロジェクトリーダーやって欲しいんだろうな」

「そうだけど……」


 琢磨はぐぅぅ唸りながら頭を抱える。


「まあでも、向こうから異性として好意を寄せられていることがわかっただけでも良かったじゃねーか。それに、付き合うための条件を提示してくれたんだ。これで少なくとも、お前がプロジェクトリーダーになれば、晴れて網香先輩と付き合えるってことだ」

「それは、そうなんだけど。やっぱりなんか違うんだ。改めて気づいたんだよ、俺は網香先輩と付き合うよりも、傍にいて助けてあげたい気持ちの方が強いってことに」

「はぁ……お前な……」


 岡田はガックシと肩を落とす、そして呆れ口調ながらも琢磨に諭す。


「いいか? これは相手の裏を読み取ることが重要なんだ。どうして網香先輩がお前にプロジェクトリーダーをやって欲しいか分かるか?」

「そりゃ、俺が将来を見据えて欲しいからで……。もちろん、先輩が俺の技量とか能力を評価してくれていて、素質を十分に評価してくれてるのも知ってるし、網香先輩の部署から輩出できれば、網香先輩の手腕も認められるからで――」

「違うな。それは網香先輩の表向きの理由でしかない。この場合、どうして網香先輩が琢磨と付き合う条件として、プロジェクトリーダーになることをそこまで押すのかを考えるんだよ」

「それは……自分に見合った男としては対等の立場であって欲しいとか?」

「……まあ、ほとんど正解に近いかな」

「なんだよそれ」


 つまりはなんだ。

 網香先輩は、琢磨に対等な上下関係でいてくれてこそ、初めて異性として付き合える関係になれるってことか?

 網香先輩の考えることの理解に苦しむ琢磨。


「別に身分とか会社での立場とか、俺なら気にしないけど……。網香先輩は気にするタイプなのか」

「いや、問題はそこじゃないよ。むしろ、琢磨が今の現状で満足してるっていうなら、網香先輩だってOKしてただろ」

「どういうことだよ。もう訳わかんねぇ!」


 頭の中がぐちゃぐちゃになり、さらに混乱する琢磨。


「まあ落ち着けって。つまりだな、網香先輩が付き合う男性に求める条件ってのは、夢を追っているかどうかってことなんだよ」

「夢……」


 その言葉を聞いて、琢磨ははっと我に返る。


「お前は今の仕事で、本当に満足してるか? 将来、本当に定年までそのまま平社員のまま今の会社で働くことが自分の人生にとって大切で、夢にしていることかってことだよ」


 岡田に熱弁されて、琢磨はようやく気が付いた。

 どうして今まで気が付かなかったのだろう。

 琢磨は今まで、網香先輩と付き合うために今の部署に残って仕事を続けてきた。

 けれどそれは、あくまで網香先輩と付き合うためだけの目標。

 網香先輩は、自分の生きがいを持っている琢磨を望んでいるのだ。


 前に映画を一緒に見に行った時、琢磨は網香先輩に俳優を目指していたことを話したことがある。

 つまり、俳優を目指していた時の琢磨は、少なくとも自分の人生の夢を追っていた。


 けれど、夢を諦めてからというもの、自分の人生と真剣に向き合うことをやめて、現状に満足するだけの堕落的な人生を送っている琢磨。


 それは、琢磨自身も望んでいない。

 そして、網香先輩もまた、琢磨が彼女という存在だけに捉われて自分の人生を見つめないのは間違っていると言っているのだ。


 お互いに人生の目標を持ち、自立し合った関係性を網香先輩は求めている。

 つまり、網香先輩と付き合うためには、琢磨自身が人生の将来の目標。これから生きていく中で、やりたいことを明確にすることが必要だということを暗に示していたのだ。


「俺の夢。やりたいこと……」

「網香先輩は、お前に少しでもやりたいことを見つけてもらいたいから、プロジェクトリーダーになって、もっと広い視野を持ってほしいんだと思う。それが例え、琢磨にとって違うと分かったとしたなら、それはそれで琢磨が新しくやりたいことを見つけるきっかけになるから」

「つまり、最初から網香先輩は俺のために……」

「まあ、そういうことになるな」


 琢磨は自分に失望した。

 目先の女性にうつつを抜かしている間にも、彼女は必死に自分のやりがいを見つけようとしていた。それなのに、琢磨はただ、彼女を求めるだけで……。

 お互いにやりたいことが見つかっている同時だからそこ、恋愛は成立する。

 それが大人の恋愛なのだと網香先輩は示してくれたのだ。

 でないと、目標を持っていないものがどちらか依存することになるから。


 今までもそうだった。俳優を諦めた後、琢磨は沙也加に依存してしまった。

 琢磨は、同じ過ちを繰り返そうとしていたのだ。


 ならば、今琢磨がすべきことは何か。

 それは、琢磨が自分の夢や目標として方針を示すことである。

 琢磨がどうするかは自分次第。


「……」


 考えた上で、琢磨が出した答えは――

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