第49話 網香の結論
終業後、琢磨は網香先輩と連絡を取り、近くのシアターの入り口で待ち合わせをすることになった。
しばらくして、ネイビーのダッフルコートを身につけた網香先輩が現れた。
「お待たせ、琢磨君待った?」
「いえいえ、お仕事お疲れ様です網香先輩」
「ありがと琢磨君。時間もないし、早速行きましょうか」
既に見る映画は事前に決めておいたので、後はチケットを発見して席に着くだけ。
映画館の中へ入ろうとすると、不意に手を掴まれた。
振り向けば、網香先輩が頬を染めつつも上目遣いで見つめてくる。
その可愛い仕草に、思わずドキっとしてしまう。
「ちょっとくらい、いいかしら……」
「は、はい……」
身体がどんどんと熱くなっていくのを感じる。
手汗を掻いてないか心配だ。
それでも、琢磨は網香先輩から一人の異性として意識して貰えたことがとてもうれしくて、胸の鼓動が高鳴ったまま止むことはなかった。
※※※※※
今回見る映画も、某人気作品邦画の続編だった。
内容は今の琢磨に語り掛けているような内容で、一度世界を救うヒーローになったスーパーマンが、もう自分に世界を救う力はないと言って土木仕事をしながら細々と暮らしていた。
しかし、またも現れた世界のピンチに、彼は奮い立たされる。
自分は何をやっているのかと……。
そして、彼はまたスーパーヒーローとしての道を突き進み、再び世界に平和をもたらすというストーリーだった。
エンドロールが流れ終わり、シアターの中に明かりがともされて、他のお客さんが出て行く中、琢磨と網香先輩はしばらく映画の余韻に浸るように座ったままでいた。
「いい映画でしたね」
「そうねー。あぁやって自分にしか出来ないことを見つけて世界を救う姿。カッコいいわ」
うっとりとしたような声で、網香先輩はまだ映画の世界に浸っている様子だ。
「そろそろ行きましょうか。次の上映もあるでしょうし」
「そうね」
映画館をあとにして、網香先輩と一緒に例のイタリアンレストランへと足を運ぶ。
お互いに注文を済ませて、二人は向かい合って座る。
網香先輩が映画の話をしたがっているのは重々承知のうえで、琢磨は話の腰を折るように違うことを口にした。
「それで、今日はどういった風の吹き回しですか?」
「ん、何が?」
きょとんと首を傾げる網香先輩。
「何か話したい事があるから、俺を映画に誘ったんですよね?」
琢磨が探りを入れるように聞くと、網香先輩は隠そうともせずに含みある笑みを浮かべる。
「そうよ。まあ、元から隠す気もなかったからいいけどね」
そう言って、網香先輩は水のグラスに口をつけてから、真っ直ぐとした目で琢磨を見つめた。
「琢磨君。私、この数カ月色々と考えたの。それでね、ようやくわかったのよ」
「何がですか?」
「私が琢磨君のことどう思っているか」
「……」
琢磨は思わず喉を鳴らす。
それは、琢磨にとってもこれからの自分にとってもとても重要なことだったから。
「それで、どうだったんですか?」
固唾を飲んで網香先輩の返答を待つ。
網香先輩は、終始落ち着いた様子で、マイペースにお冷の入ったグラスをもう一度口につけると、グラスをテーブルに静かに置いてから視線を琢磨に向ける。
「私は、琢磨君のこと、異性として好きよ」
「……!」
網香先輩から言われた言葉に、琢磨の胸の鼓動が高鳴る。
「それって……つまり」
「でも待って」
そこで網香先輩は、手で琢磨を制止して落ち着かせる。
「確かに、異性としては好きよ。でも、今の琢磨君とは付き合う気はないの」
「どうしてですか!?」
訳が分からないと言った感じで琢磨が尋ねると、網香先輩は心底落ち着いた様子で
口を開く。
「条件があるから」
「条件……ですか?」
「えぇ」
網香先輩は一度目を瞑ると、ふぅっと息を吐いてから真っ直ぐに琢磨を見据える。
「琢磨君には、プロジェクトリーダーになって欲しいの」
それは、前に網香先輩が琢磨を異性として見る前と全く同じ条件だった。
意味が分からず、琢磨は質問を返す。
「どうしてですか? なんで俺がプロジェクトリーダーになることが、網香先輩と付き合う条件になるんですか?」
「それは、私が望んでいるからよ」
「だからって、仕事と恋愛を混同させるのはやめてくださいよ」
「そう? 琢磨君だって、公私混同させてるのでは?」
痛い所を突かれて、琢磨はぐうの音も出なくなる。
網香さんの言うとおりだ。
今の部署にとどまっているのも、網香先輩と一緒にいたいという、何とも私欲にまみれた理由なのだから。
「私は、あなたのこれからの将来について考えた上で、プロジェクトリーダーになるべきだと考えてる」
なぜそこまで、彼女は琢磨の将来について考えてくれるのか?
そして何故そうしなければ付き合ってくれないのか、頭では理解できても、心では納得出来なかった。
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