第51話 水族館デート

 ベッドに仰向けに寝転がりながら、私は何度も彼とのやり取りの文面を眺めていた。

 トーク入力画面には――


『今度の休日、予定空いてる? 話したい事があるの』


 と、書かれた文面を書いては消してを繰り返していた。


 今日の日付は木曜日。時刻は夜の九時を回っている。

 琢磨さんは仕事を終えて家に帰った頃だろうか?


 今頃、お風呂に入って一日の疲れを癒しているのかな。

 ついつい、シャワーを浴びている裸体の琢磨さんを妄想してしまい、思わずぽっと顔が熱くなった。


 って、何想像してるの私!

 そうじゃなくて、今はメッセージをちゃんと送らないと!


 明日になれば、また琢磨さんから定期文ともいえる文言が送られてくるのだろう。

 その前に、なんとしても私の方からアポイントを取らなければ!


 私は、それからも何度も書いては消してを繰り返して――


「っ……!」


 遂に意を決して、送信ボタンを押した。

 トーク画面に私が撃ち込んだ文面が表示される。

 すぐに既読がつくことはなかったので、私はスマートフォンを近くのローテーブルに置いた。


「はぁ……」


 送るだけで随分と疲れてしまった。

 まだ洗濯物を畳んだり、色々と後片付けしなくてはならないことが沢山あるのに。


 すると、スマートフォンからメッセージアプリの着信音が鳴り響く。

 慌てて手を伸ばしてスマートフォンの通知部分を見る。

 彼から返信が返ってきた。


『空いてるよ』


 素っ気なく一言だけ。

 今は正直、心配されるよりも、その一文だけの方が気苦労しなくていい。


『それじゃあ、お話しついでにどこか一緒に出掛けませんか?』


 私は次に用意していた文面を書いて送信する。

 この後、何件かやり取りを交わして、デートの約束を取り付けた。


「よしっ……」


 私は一度大きく深呼吸した。

 後はこれで、私が勇気を出して琢磨さんに気持ちを伝えるだけだ。

 例え失敗したとしても、それが今の私のすべてだから……!


 今の正直な気持ちを琢磨さんに伝えよう!

 心持は十分。あとは、本番の当日を待つだけだ。



 ※※※※※



 迎えた土曜日、時刻は午前10時。

 琢磨にしては珍しく休日の外出。

 片瀬江ノ島駅前で待ち合わせ。


 琢磨は時計を眺めつつ、彼女が到着するのを待っていた。

 丁度、列車がホームに到着して、降車した乗客が改札口へと流れてくる。

 その一団の中に、由奈を見つけた。


 前にあった時と同じベージュのトレンチコートを羽織り、ボーダーのシャツにデニムのジーンズという服装。

 由奈は琢磨を見つけると、にこぱっと華やいだ笑顔を浮かべてこちらへかけてきた。


「ごめんなさい! 待たせちゃいました?」

「いや、俺もさっき着いたばかりだから、全然平気だよ」

「よかったぁ……」


 ほっと胸を撫でおろして息を整える由奈。

 彼女の息が整うのを少し待ってから、二人は駅から歩いてすぐのところにある新江ノ島水族館へと向かう。


 館内に入ると、由奈はコートを脱いで腕にかけた。

 琢磨もダウンコートを脱いで、同じく腕に置く。


 室内は暖房が効いていて少し熱気すら感じる。


 チケットを購入して、入り口に入ると、早速熱帯魚たちの水槽が待ち構えていた。


「ねぇ見て琢磨さん、クマノミがいるよ! 可愛いー!」


 水槽に展示されている魚たちを見ていつもよりテンション高めにはしゃぐ由奈。

 こうしてみていると、年相応の大学生の女の子だ。


 スマートフォンをクマノミに向けて、パシャリと写真を連射している。

 琢磨は由奈の後ろから、クマノミのいる水槽内を眺めた。

 この水槽には、熱帯地方に生息している魚たちが展示されているらしく、色とりどりの種類の魚たちが優雅に泳いでいる。


 この魚たちのように、決まり切った区画内でゆらゆらと餌にも苦労せずに生活している姿を見ていると、大海原をゆらゆらと何も考えずに浮遊している他の魚たちとどちらが幸せなのだろうかと、しょうもないことを考えてしまう。


 すると、ふいに袖口をくいくいと引っ張られた。

 見れば、由奈が楽しそうな笑みを浮かべながら次のコーナーへと琢磨を促している。


「ほら、どんどん見ていかないとイルカのショーに間に合わないよ!」

「へいへい」


 テンションの高い由奈に手を引かれて、琢磨は由奈についていく。

 イルカのショーが行われるプールに向かいながら、水槽内のさまざまな魚たちの展示を見て回っていく。


 一通り水槽エリアを見終えて、外にあるイルカショーが行われるステージへと出た。

 イルカステージが行われるステージは、相模湾の目の前にあるため、肌寒い海風が一気に琢磨たちに突き刺さる。


「うっ、さっむ・・・・・・」


 琢磨が思わず身震いするが、由奈は寒さも感じる様子もなく、ぐいぐい琢磨の手を引いていく。


「ほら、早く! 良い席取らないと写真取れない!」

「いや、写真とるより、ちゃんとショーを楽しもうぜ」


 そんな会話を交わしながら、イルカショーのステージに向かった。

 運よくステージを正面にしてやや左の中段辺りが開いており、二人はそこに腰かける。

 椅子も外気温と海風に冷やされてキンキンだった。お尻に伝わってくる冷たさで、無意識に腰を浮かしそうになってしまう。

 琢磨は寒さをしのぐように慌ててダウンコートを羽織りなおす。

 同じく由奈もようやく肌寒さを実感したようで、手にかけていたコートを羽織った。


「流石に寒いね」

「そりゃそうだろ……」


 琢磨の身体は既に冷え切ってしまい、身体がぷるぷると震えている。

 ステージを見つめながら、早くショーが始まらないかと震えながら待っていると、ふと右肩に重みを感じた。


 見れば、由奈がコテンと頭を倒して、琢磨の肩に寄りかかってきていた。

 まるで、彼氏に甘える彼女のような仕草に、琢磨はどきりと心臓がはねる。

 すると、由奈は首を回して、上目遣いでこちらをにやりと見つめてきた。


「ふふっ、少しは暖かくなった?」

「お、おう・・・・・・」


 動揺と緊張でまともな返しが出来ない琢磨。

 それを見兼ねて、由奈はさらに右ひざに置いていた手を握りしめてくる。

 琢磨の胸の鼓動はさらに早くなり、血流がよくなったことで体温がぐんぐんと上昇していく。


 気付けば震えは止まり、鳥肌の出ていた腕からは汗がにじみ出ている。

 琢磨の体温を温めるのに、由奈の作戦は絶大な効果だった。

 結局、二人は恋人のように手をつなぎながら寄り添って、暖を取りながらショーが始まるのを待った。

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