第24話 あぶれ者同士

「へっ……」


 日和から受けた衝撃の事実に、由奈はキョトンとした表情を浮かべて固まった。

 状況が理解できず、困惑する由奈。


「あれ? もしかして、さっき会ったの覚えてない?」


 彼女はおどけたように首を捻り、自分を指差す。


「えっ?」


 私は困惑したように自分の記憶を辿る。

 そして、小悪魔的な表情を浮かべる彼女を見て、記憶の末端が微かに反応した。

 琢磨さんと大学で出くわした時、琢磨さんは後ろに女性の人を連れていたような気がする。

 顔はあまりよく覚えていないが、容姿や髪型はなんとなく似ているような気がした。


 だとしても、どうして琢磨先輩の後輩社員さんが、今ここにいるのだろうか?


「あの……私に何か御用でも?」


 敵対心を向けるように谷野を睨み付けると、彼女は驚いたように苦い表情を作る。


「そんなに怖い顔しないでよ。私はただ、先週の雨の日に、偶然あなたを車から降ろす先輩を見かけたってだけ」

「へっ!? それって……」


 先週と言えば、琢磨さんが仕事で遅くなってしまい、ファミレスに寄っただけのドライブとなってしまった日のこと。

 確かあの時は、横浜駅のロータリーで琢磨さんが車から降ろしてくれて、そのままお別れをしたんだっけ。


「その……琢磨先輩は何か言ってたんですか、私ことに関して?」


 緊張した面持ちで尋ねると、谷野さんは首を横に振った。


「いや、あなたのことは、琢磨先輩から今日初めて聞いた。少し探りを入れてみても、先輩全くあなたのことについて話してくれなかったし」

「そ、そうですか……」


 なぜ琢磨さんが由奈の存在を隠していたのかは分からない。

 由奈は、秘密にしてくれて嬉しいような寂しいような複雑な感覚を覚えた。


「そんで、偶然あなたをここで見つけたから声掛けたってこと」

「そうだったんですね……」


 谷野さんの言葉を聞いて、由奈はなんとなく状況が掴めてきた。

 琢磨さんが由奈と一緒にドライブをしていることを知っているから、谷野さんは由奈を見つけて偶然を装って話しかけてきた。


「それでまあ、先輩が今どこで何をしているのかは知ってるのかぁと思って、好奇心で聞いてみたんだけど、どうやらあなたは知らなかったようね」


 そういう谷野さんの顔は、どこか嘲笑めいたものにも見えた。

 谷野の表情に対して苛立ちを覚えた由奈は、再び敵対心丸出しの鋭い視線を向ける。


「そんなに怖い顔しないでよ。私はただ、あぶれ者同士ゆっくりティータイムでもと思っただけだから。網香部長に気を取られて、見向きもされないかわいそうな女同士」


 谷野さんの口から出た、網香先輩と言う人が、今琢磨さんが一緒にいる相手なのだろう。

 気が付けば、由奈は自然と谷野さんに尋ねていた。


「その網香部長さんっていうのは、もしかして琢磨さんの彼女さんですか?」


 由奈の問いに、谷野さんは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。

 けれど、すぐにおかしそうにけらけらと笑い出す。


「あははっ、違う違う! まだ、そういう関係ではないよあの二人は」

「そうですか……」


 あまり状況が出来ていなかったけれど、ひとまず琢磨さんに彼女がいないという事実を聞いて、自分がどこか心の中でほっとしているのがわかった。


「でもまあ、一言で言えば琢磨先輩が一方的に抱いている恋……かな」


 谷野さんは、今度は琢磨さんを憐れむように呟いた。

 その言葉を聞いて、再び由奈の胸の中がざわつく。


「今日琢磨先輩は、その人とデートしているんですか?」


 由奈は勇気を出して確認の意味も込めて、核心に迫る質問をした。


「多分そうだろうねー。確証はないけど、今日の先輩、凄い浮かれてたから」

「そうですか……」


 何気なく言ってのける谷野さん。

 だが、私の心の中は虚無感に苛まれる。

 琢磨さんにとって、私はただのドライブ相手としか思っていないんだという事実を突きつけられたような感じがして。


「琢磨先輩に女の気配があって驚いた?」


 落ち込んでいると、隣にいる谷野さんが優しく尋ねてきた。


「なっ……そ、そんなことはないですけど……」

「ふふっ……動揺しすぎ! もう、可愛いんだから!」


 そう言いながら、谷野さんは私の背中をパシンと叩く。

 一瞬ピクっと身体を震わせる由奈の反応を見て、谷野さんはまたけらけらと笑う。


「あははははっ、こんな可愛らしい子をほったらかしにするなんて、先輩も罪な男だなぁー」


 谷野さんは、思い出したようにアイスティーを手に取ってストローを差し込む。

 由奈も自分を落ち着かせるようにして、自分の手元にあるアイスコーヒーをストローで一口飲む。冷えたコーヒーが喉を潤し、ほのかな苦い香りが口に充満する。

 すると、ティータイムを挟み冷静さを取り戻した由奈は、ふと自分が名乗っていないことに気が付いた。


「ごめんなさい、私、相原由奈と言います。琢磨さんとはえぇっと……ドライブ仲間です」


 慌てて自己紹介をすると、谷野さんは興味深そうな様子で頷いた。


「ドライブ仲間かぁー。こんな可愛らしい女の子とドライブなんて、先輩も隅に置けないなぁー」

「そ、そんな可愛いなんて……」


 谷野さんに再びからかわれて、軽く頬を染める由奈。


「私はただ、琢磨さんのドライブについて行くだけっていうか、乗せてもらっているだけで、特にこれといった仲ではなくて……」

「そっかそっか、つまり二人は、だと」

「はい……そんな感じです」


 見返して見れば、突然海ほたるのPAで知り合い、ただ単に私が寂しさを振り払いたいがために琢磨さんに頼み込んでドライブしている関係に過ぎないことを思い知らされ、浮かれていた自分が情けなくなる。


「まあでも、先輩性根は優しいから、由奈ちゃんが行きたいって言ったところならどこでも連れて行ってくれるような気がするけどな」


 谷野さんは他人事のように言う。

 確かに、由奈「のような不思議な存在と一緒に毎週ドライブしてくれるような人だ。

 由奈が行きたいところをリクエストすれば、琢磨さんはわがままに付き合ってくれるのだろう。


「はい、多分そうだと思います。でも、私はただ、琢磨さんにどこか連れて行って貰えるだけで満足です。それだけで、どこか私は救われる気持ちになるから……」


 俯きがちに言うと、谷野さんは「そっか」っと息を吐くように呟いた。


「ホント、先輩は罪深いなぁー」


 そうしてもう一度、谷野さんは誰に向けるでもなく、独り言のように呟いた。

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