第23話 謎のOLさん

「はぁ……」


 金曜日の授業終わり。

 いつもなら楽しい日常も、今日はこの後の予定がないだけで、こんなにも無気力になるのだと感じた。

 しかもそんな日に限って、学内で琢磨さんとばったり出くわしてしまうという、思いも寄らぬ出来事が起き、余計に虚しさがにじみ出る。

 あんな大学の隅っこのスペースで、一人寂しくご飯を食べている姿なんて見られたら、間違いなく琢磨さんにボッチ大学生だと思われただろう。


 幻滅しただろうか? 

 それとも、呆れられたかもしれない。


 メッセージアプリで何か言い訳じみたことを言っても良かったのだけれど、琢磨さんにはあまり嘘はつきたくなかったのでやめた。


 ふと腕時計に目をやる。

 いつもなら、今から横浜駅前にあるコーヒーチェーンに行って、レポートや課題などをしながら琢磨さんを待つところだ。

 けれど今日、琢磨さんが待ち合わせ場所に現れることはない。


 だからといって、家に帰る気も起きなかった。

 ひとまず電車に乗り込み、帰宅ラッシュの波にさらされながら横浜駅まで向かう。

 最近完成したばかりのJRタワーをしばらく一人で散策し、映画でも見ようかと映画館に足を踏み入れたものの、あまり目ぼしいものはなかったので、気が付けばいつものコーヒーチェーン店へ足を向けていた。


 窓際の席に座って、鞄の中からレポート課題を取り出すものの、いつものようなやる気は起こらない。

 しばらく頬杖をついて、目の前の駅前通りを歩いていく通行人と、路肩に停車する車を呆けるように眺めていた。


 もしかしたら、琢磨さんの車が停車するのではないかという、そんな淡い期待を願って……。


「すみません。隣の席空いてますか?」


 すると、唐突に後ろから声をかけられ、ピクっと肩を震わせる。

 振り返ると、そこにはスーツ姿の若い女性が立っていて、私を覗き込むように見つめていた。


「あっ、はい。どうぞ……」

「ありがと」


 彼女はにこりと微笑むと、由奈の隣にトレイを置いて腰かけた。


 店内を見渡しても、さほど混雑していないのに、なぜ私の隣に声をかけてわざわざ座ってきたのだろうか?


 疑問に思い、彼女の横顔を見る。

 由奈よりも小柄で、スーツを着ているというよりも着られているといった印象の若いOLさん。

 髪は肩まで伸びたショートボブで、毛先をくるんとカールさせていて、端から見ても可愛らしいといった表現が似合う女性だった。


 彼女へ奇異な視線を向けていると、不意にスーツ姿の彼女は、こちらへ視線を向ける。


「ため息ばかりついてたら、幸せが飛んでいくよ」

「はぁ……」


 突拍子のない彼女の言葉に、由奈は困惑した表情を浮かべた。

 その女性は、ちらりと私のテーブルを見て尋ねてくる。


「勉強?」

「はい、大学のレポートです」

「レポートかぁ、懐かしいなぁー!」


 他愛のない話をしつつ、彼女は鞄を椅子の下に置いて首を回す。

 そして彼女は机に頬杖をつき、真剣な目でこちらの顔を窺ってくる。


「それで、そんなにため息ついてどうしたの?」


 彼女は、ため息の理由わけを問うてくる。あまり今聞かれたくない質問だった。

 けれど、見知らぬ人だからこそ、少しは心の中に蟠っている胸中を吐き出してもいいのではないだろうか。そんな気持ちが湧き上がってくる。


「もしかして、彼に振られちゃった感じ?」


 すると、彼女の方から核心を突いてきた。


「へっ!? いや……そういうわけでは」


 動揺する様子を見て何かを感じ取ったのか、彼女は優しい笑顔で由奈の肩を軽く叩く。


「まあまあ、仕方ないって。男なんて、他のことに目が行っちゃったらそっちにばかりぞっこんなんだから」


 事情を知らないくせに、ずけずけと男について語り出す彼女。

 けれど、由奈は琢磨さんを信用している。

 おそらく今日ドライブデートを断ったのだって、仕事でどうしても手が離せない作業が出来てしまったとか、そう言った理由だろう。


「彼に断られた理由、気になる?」


 しかし、彼女は由奈の心理を見透かすように、目を細めて意味深な視線を向けてくる。まるで、何か事情を知っているかのような口ぶりで。

 その視線に、由奈は少しイラだった。


「私は彼を信じてます。それに、何も知らないあなたに言われる筋合いはありません!」


 ぷいっと視線を逸らす由奈。


「その事情っていうのが、他の女だとしても?」


 けれども、彼女の意味深な発言に、由奈は思わず彼女に視線を戻してしまう。

 見開いた由奈の目を見て、彼女は憐れむような目で見つめ返してくる。


「何にも知らない方が幸せなことってあるよね」


 そう言って彼女は、頬杖を突いたまま視線を外へとやる。

 由奈もつられて視線を外へと向ければ、歩道を歩く人々や走り抜ける車が絶え間なく続くいつもの喧噪。


 そこで、由奈はふと琢磨さんのことを考えてしまう。


 今琢磨さんは、本当に仕事関係の何かをしているのだろうか?

 もしかしたら、隣に座ったOLさんが言うように、他の女性と約束を取り付けているのではないだろうか?


 一抹の不安を覚える。

 けれど、由奈にとって琢磨さんはただのドライブ彼女。

 他のプライベートに関してはほとんど知らないからそこ、琢磨さんが今何をしているのか凄い気になってしまった。


 そして、何故か少しちくりと胸に突き刺さるような痛みを感じる。


「もしかして、自分がちょっぴり特別な存在だとでも思った?」


 由奈の様子を窺って、彼女が追い打ちをかけるように言ってくる。

 その言葉に由奈はイラっと来た。


「私の事情も知らないあなたに、何がわかるっていうんですか?」


 私の苛立つ様子を見て、彼女はニコっと口角を上げて笑みを浮かべた。

 それがまた、余裕ぶったような感じがして腹立たしい。

 けれど、彼女が溢れ出す余裕がなぜなのか、それはすぐにわかることとなる。


「ホント、先輩のこと何も知らないんだね」


 また、憐れんだ口調で吐き出すように言う彼女。


「あのぉ……話が全く見えないのですが」

「あぁ、ごめんごめん」


 由奈が苛立ちを隠せないといった様子で眉をひそめると、彼女は冗談交じりに笑ってから、ついていた頬杖を解いて姿勢を正す。


「初めまして。私は谷野日和、琢磨先輩の後輩社員です」


 そして、とんでもない真実を彼女は口にした。

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