第25話 自由な先輩

 琢磨は車を走らせて首都高速横羽線から川崎線に入り、向かったのは東扇島。

 車を駐車場に止めて降りると、初夏の心地よい夜の海風が頬に当たる。


 公園の中を歩いていき、護岸の手すり際へと向かう。

 そこから見える東京湾と工場夜景。対岸には羽田空港の照らす光が煌びやかに灯っている。

 夜景を見ながら網香先輩は髪を手で抑え、感嘆の声を上げた。


「わぁーっ。綺麗な夜景」

「ですよね。僕のお気に入りスポットです」

「あら、そんなところに連れて来てくれるなんて光栄だわ」


 嬉しそうにニコっと微笑む網香先輩。

 好意を持っている女性を変な所へは連れ行くわけにはいかない。

 琢磨の普段行く場所で夜の人出が少なく、尚且つ静かで綺麗な夜景が見られて、網香先輩が感動してくれるようなスポットに絞り、琢磨は頭の中で考えをめぐらせて、東扇島を目的地に選んだ。


 辺りは工業地帯の真っただ中。

 街中とは違う、異様な静けさが当たりを包み込む。

 その静寂さもまた一興で、琢磨の心を落ち着かせる。


「にしても、俺のチョイスでよかったんですか? もっと綺麗な夜景見れるところも沢山あるのに」

「いいのよ背伸びしないで。ありのままに杉本君が思いついたところに連れて行って欲しかったんだから」


 こちらを振り向き、優しく微笑む網香先輩。

 その表情に、思わずドキッとしてしまう琢磨。


「確かに、有名な観光名所よりは地味で目立たないかもしれないけれど、私は好きよ。どこか独特な雰囲気なのに、不思議と心地がよくて落ち着くわ」

「ご期待に添えたなら光栄です」

「ふふっ……そんな畏まらなくていいの! 私が頼み込んだんだから!」


 網香先輩は再び夜の東京湾へと視線を向ける。

 しばらく二人は景色を眺めたまま、時折聞こえる飛行機のジェットエンジン音に耳を傾けながら景色を楽しむ。

 少し肌寒いのか、網香先輩は手で肩を抱いた。


「何か温かい飲み物でもいりますか? 買ってきますよ」

「いいえ平気よ。気づかいありがとう」


 肩から手を放して、前の手すりに手を置いて身体を前のめりにする網香先輩。

 そして、少し飛び跳ねるようにジャンプして、ピタっと着地する。

 くるっと身体を琢磨に向けて、ぱっと華やぐような笑顔を浮かべた。


「よしっ! 綺麗な景色も見られたことだし、ご飯食べに行こう!」


 そう言って、網香先輩はトコトコと駐車場の方へと一人先に歩きだしてしまう。

 その切り替えの早さに唖然としつつも、琢磨は一つ息を吐いて網香先輩の後を追っていく。

 ほんと、網香先輩の自由奔放さには感服するけれど、琢磨はもう少し振り回されながらもドライブを楽しもうと思った。

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