第22話 知りたい先輩

「お先に失礼します。お疲れ様でした」


 オフィスに戻ってきた琢磨はささっと定時に仕事を早々と切り上げ、荷物を持って立ち上がる。

 網香先輩の方へ視線を向けると、先輩もこちらの様子を窺っていたようで、視線が交わった。

 先輩は、顎で先に外に出ていて頂戴とジャスチャーを送ってきたので、琢磨はコクリと頷いてオフィスを後にする。


 ようやく誘うことが出来たドライブデートに、琢磨は意気込んでいた。

 網香先輩に感動してもらえるようなデートプランを、今までのドライブ経験と知識から練り上げ、最高のプランを用意してきた。

 出来るだけスマートかつドライブを飽きさせないことが重要。


 ドライブデートは普通のデートと違い、車という密閉した空間で、網香先輩と二人きりになれる絶好の機会。

 ただの後輩としか思われていない琢磨にとっては、網香先輩に異性の男性として意識してもらうためのビッグチャンスである。


 オフィスを出て、正面エントランス前の椅子に腰かけ網香先輩が降りてくるのを今か今かと待ちわびていた。

 しばらくすると、エレベーターホールの方から網香先輩が歩いてくる。


「お待たせ、杉本くん!」

「いえいえ、お疲れ様です。早速行きましょうか」

「えぇ! 今日はよろしく」


 二人はそのままオフィスビルの地下駐車場へと続く階段を降り、琢磨が用意した車が駐車してある場所へ向かう。

 不気味な薄暗さを秘めた地下駐車場の一角で立ち止まり、琢磨は指差した。


「この車です」


 目の前に停車している車を見て、網香先輩が感嘆の声を上げる。


「へぇー! 杉本君の車ってミニバンなんだ。結構奮発したのね」

「いや……実はお恥ずかしいことに、この車は家族兼用なんです。いくら貯蓄して買ったとしても、維持費とかガソリン代馬鹿にならないので。そこは少し両親に頼ってます」

「あははっ、そっか! まあ、無理に見栄を張ろうとしている同年代より現実的でよかったわ。もし自分で買った車だって杉本君が言ってたら、私はちょっと心配になってたかも」


 軽い調子で網香先輩はにこやかに笑う。

 まあ、同じ会社で働いていて、金銭事情などを理解している網香先輩だからそこ、こうして理解してくれる面もあって助かる。


「それじゃ、助手席に乗ってください」


 スマートキーでドアの施錠を解除し、琢磨は運転席へと乗り込む。

 網香先輩も反対側から乗り込んで、助手席に腰かける。


「荷物、後ろにおいてもいいかしら?」

「あ、はい! いいですよ」


 網香先輩は、運転席と助手席の隙間に身体を入れて、荷物を後ろの席に無造作に置いた。

 琢磨はその間にキーを差し込んで回し、エンジンをかける。

 エンジンが掛かり、ミラーの位置や運転席の位置などを調整する。

 網香先輩はそんな琢磨の様子を眺めながら、胸元辺りで両手を合わせた。


「わーぉ……カッコイイ!」


 感動めいたように羨望の眼差しを向けてくる網香先輩。

 ちょっとだけかっこつけてるかもしれないけど、意中の女性の前だから仕方ないよね。


「シートベルトお願いします」

「はーい」


 琢磨に言われて、網香先輩はシートベルトを装着した。


「ねぇ、琢磨君」

「はい、なんですか?」


 ヘッドライトをつけて出発準備を整えたところで、網香先輩に声をかけられて顔を向ける。


「今日はどこに連れて行ってくれる予定なの?」

「それは、着いてからのお楽しみです」


 ちなみに、最初は葉山のスタバも考えたけれど、営業時間も考慮して、別の目的地に行く予定だ。


「うーん……それも私的にはサプライズ感があって嬉しいんだけどね」


 網香先輩は前置くように、少し申し訳なさそうな表情を浮かべて言葉を続けた。


「私は、杉本君がいつもドライブ行くような場所に行ってみたいな、なんて……」

「えっ? 俺がいつも行くところですか?」


 琢磨がドライブでよく行くところは、名所でもないなんでもないところばかりだ。


「うーん……」


 悩ましい声を上げる琢磨。


「ダメ……かしら?」


 上目遣いで縋るように見つめてくる網香先輩の視線は、琢磨の鼓動をざわつかせる。

 琢磨は困ったように頭をがしがし掻いた。


「俺が毎回行く所って、観光地でも何でもない地味なところばかりなので、網香先輩にはつまらないと思いますよ?」

「それでもいいの。私は、杉本君の運転する車の助手席に乗せてもらって、いつも杉本君が行くようなところへ連れて行って貰えるだけでワクワクしているの」


 ならば、余計に琢磨は網香先輩を幻滅させたくなかった。

 夜のドライブの楽しさを知ってもらうためにも、琢磨にも譲れない部分がある。


「それなら尚更、もっと夜景の綺麗な場所の方がより楽しめますよ……?」


 しかし、網香先輩に引き下がる様子はない。


「言ったでしょ。私は、もっと杉本君の事を知りたいの」

「え? それって……」


 もしかして網香先輩、本当は琢磨のことを異性として見ているんじゃ……。


「可愛い後輩が、夜のドライブでどんなところに行って、何を考えているのか。そういうことを聞きたくて、今日はドライブに参加したのだから」

「あぁ、そういうことですか……」


 あくまで、網香先輩は琢磨が後輩としてどういうプライベートドライブをしているのかが気になっているだけだった。

 そうやってまた、勘違いするような発言をしてくるのは本当にずるいと思う。

 こっちは心臓バクバクで、もしかして自分のことを異性として意識してくれているのかと毎回の如く勘違いしてしまいそうになるというのに。

 しかし彼女にとっては、琢磨のことを深く知ることで、もっと仕事や将来に役立てようとしているだけなのだ。


 ほんと、お人好しにも程がある。

 でも、どんな時でも全力な先輩だからそこ、琢磨は彼女をカッコいいと思い、心奪われてしまったのであろう。

 琢磨は一つため息を吐いて、網香先輩に向き直る。


「幻滅しても知らないですよ?」

「幻滅なんてしないわ。杉本君のことを一つまた深く知れるだけだもの」

「はぁ……わかりました」


 網香先輩の覚悟ある意志に根負けして、琢磨は行き先を変更することにした。

 まあ、良く行く場所の中にも、景色がいいところはいくつかあるので、少しはこっちの気持ちも汲み取ったうえで、折衷案らしい場所へ連れていこう。


 アクセルを踏み込み、駐車場から車を出車させて、地下駐車場をあとにする。

 こうして、色々と練ってきた計画が潰される中で、網香先輩とのドライブデートはスタートした。

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