第15話 雨宿りする女

 食事を終え、由奈と一緒に横浜駅へと戻ってきた。

 時刻は既に夜の十一時を過ぎている。

 琢磨は駅前のロータリーに車を停車させ、フットブレーキをかけた。


「いいのか? 家まで送るのに」

「いいの! 今までだってずっと駅でお別れしてたでしょ!」


 雨は相変わらずざぁざぁと降りしきっている。

 けれど、由奈は家を知られたくないのか、家まで送るのをやんわりと断ってきた。

 まあ、会ってから日の浅い琢磨に家を知られたくないのかもしれない。

 そこまで、琢磨は由奈にとって本当の意味で信用に足る人物にはなれていないのだ。


「気をつけて帰るんだぞ?」

「ふふっ、なんか琢磨さんお父さんみたい」

「なっ……」

「大丈夫だよ。私もう成人してるし! 夜道には気を付けて帰ります!」


 由奈は陽気な声で敬礼して見せる。

 それを見て、琢磨は一つ息を吐いた。


「分かった。それじゃ、また来週な」

「うん!」


 由奈は助手席の扉を開けて、間から傘を突き出して開いた。

 バッグを肩にかけ、華麗に車から降りてドアを後ろ手で閉める。

 歩道まで出たところで、こちらを振り返り、胸元辺りで軽く手を挙げた。

 どうやら、見送りしてくれるらしい。


 しかし、琢磨は少し車内でやりたい事があったので、見送りはいらないと首を振る。

 由奈は不満そうにぷくりと頬を膨らませたけれど、すぐに柔和な笑みを浮かべてもう一度手を振ってから踵を返して、駅の構内へと向かって行った。


 由奈の姿が見えなくなり、琢磨は運転席の扉を開けて、後部座席に素早く移る。

 後部座席に置かれているタオルと取り、雨粒で見えにくくなったサイドミラーを拭く。

 左右のサイドミラーを拭き終えて、再び後部座席にタオルを置き、再び運転席へと乗り込む。


 フットブレーキを解除して、シフトレバーをドライブに設定。

 ウィンカーを出して、後方車を確認してから駅前のロータリーを出る。


 運悪くロータリー前の信号に引っかかり、車を停車させてふと外を眺めた。

 行き交う人々は皆傘を差して、足早に駅へと歩いていく。

 すると、駅近くの商業ビルのひさしで、空を見上げながら困り果てたように佇む一人の女性の姿が目に入る。


 その女性は、琢磨には身に覚えのある人物だった。

 琢磨は慌ててハザードランプを付けてハンドルを切り、再び車を路肩に停車させる。

 そして、琢磨は軽くクラクションを鳴らした。

 クラクションの音にピクリと身体を揺らして、その女性は顔を上げる。

 琢磨は助手席のドアウィンドーを開けて、運転席から彼女に向かって手を振った。


「そんなところで何やってんだお前!」

「先輩!?」


 ビルの下で佇んでいる女性は、後輩の谷野だった。


「ほれ、早く乗れよ!」

「いいんですか!? わーい、ありがとうございます」


 谷野は左右を確認して人がいないのを確認してから、鞄を頭に乗せて雨をしのぎながら急ぎ足でこちらへと向かってくる。

 助手席のドアを開けて、谷野は滑り込むように車に乗り込んだ。


「ありがとうございます先輩」

「いいって、ってかお前、こんなところで何してたんだよ」

「それはこっちの台詞ですよ! なんでこんなところに先輩がいるんですか!? しかも車なんか乗って」

「悪いかよ、買い物帰りだ。そういうお前は?」

「いやぁー、実は家に傘忘れちゃって、映画見てる間に雨足弱まるかなって思ってたんです。そしたら、余計に雨足強まっちゃって、どうしようって困ってたんですー! そしたら、偶然先輩が車で現れたんでびっくりしました! まるで白馬の王子様みたいですね!」

「誰が白馬の王子様だ馬鹿野郎」

「それでですねせんぱぁい、お願いなんですけど。私を車で家まで送ってください!」


 頭をぺこりと下げてお願いしてくる後輩社員。

 まあ、丁度谷野を見つけて声をかけたのは琢磨の方だし、今現在車に乗せてしまっている。ここは乗りかかった船だ。


「仕方ねぇな。送ってやるよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「で、お前の家どこだ?」

「えっと、大船の方なんですけど、先輩は時間平気ですか?」

「あぁ……特にこの後予定もないしな」


 意外と谷野の家、ここから遠いな。

 琢磨の家とは正反対の方向だ。けれど、今日はドライブらしいドライブも出来ていなかったので、谷野を送るついでに食後のいい気分転換になるだろうと気持ちを切り替えることにした。


「ひとまず大船の駅の方に向かえばいいか?」

「はい、それで大丈夫です。近くになったら道案内しますね!」

「了解」


 フットブレーキを外し、シフトレバーをドライブにして、右のウィンカーを出す。

 後方から車を来ていないことを確認して、琢磨は車を発進させる。


 深夜の雨の中、後輩社員と一時のドライブが始まった。

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