第14話 大学生由奈

 車を走らせて向かったのは、駅からほど近い所にあるファミリーレストラン。

 駐車場に車を駐車させて、琢磨たちは店内へと入る。

 窓際のテーブル席に案内され、お互いに向かい合って座った。

 

 琢磨はガッツリ系のリブステーキを、由奈はコーンスープを注文した。

 注文を終えて店員さんが去っていき、琢磨は再び由奈に向き直る。


「すまんな、俺の夕食に付き合わせちまって」

「いいの、いいの! 気にしないで!」


 由奈は終始笑顔で取り繕ってくれている。


「さっきも言ったけど、この雨じゃどこ行ってもドライブ満喫できないだろうし。それに、残業で遅くなっちゃったなら仕方ないよ」

「にしても、コーンスープだけでよかったのか? もっと頼んでも良かったんだぞ?」

「平気だよ、琢磨さん待ってるときに軽く食べたから!」

「そうか、ほんと今日は遅くなって申し訳ない」

「もう謝らなくていいよ。たまにはこうして琢磨さんと向かい合って話すのも新鮮だから!」


 気にしてないと、由奈はニッコリ笑顔で答える。


「由奈は優しいんだな」

「へっ!? そ、そんなことないって!」

「優しいだろ。だって、来るかどうかも分からない社会人の男を二時間も待ち続けたんだ。普通なら、諦めて帰ってもおかしくないぞ?」

「それはだって……家に帰っても一人でやることないし」

「由奈は一人暮らしなのか?」

「へ? あ、うん、そうだよ。言ってなかったっけ?」

「あぁ、初耳だ。まあでも、一人で海ほたるに放浪の旅に出るくらいだから、実家暮らしではないだろうとは思ってたけど」

「まあ確かに、実家だと過保護な親とかも多いからね」


 一人暮らしだと、家に帰っても話し相手がいないから、由奈は寂しいのだろう。

 だから、こんな得体も知れぬ社会人の琢磨のことも、気長に待ち続けてくれたのだ。


「一人暮らしだと色々と大変だろ?」

「うん、そうだね。掃除とか洗濯とか自分でやらなきゃいけないから、結構面倒くさいかも」


 心底嫌そうな声で答える由奈。

 本当に家事一般が面倒くさいのだろう。

 にしても、こうして由奈のプライベートの話を聞くのは初めてかもしれない。


「あっ、でも普段はアルバイトで夜遅いから、いつも一人ってわけじゃないけどね!」

「そうなのか? アルバイトは何してるんだ?」

「え? えぇっと……一応飲食店でバイトしてる」

「へぇー飲食か。飲食って、結構大変なイメージあるけど、実際どうなんだ?」

「う、うーん……どうなんだろう。私が働いてる店、居酒屋ではないからそんなに忙しいって感じはない気がするけど……」

「そうか。まあでも、アルバイトで社会経験しておくのも、今は大切なことだからな。それに、両親の仕送りに頼ってばかりじゃ、申し訳ないよな。自分の金で色々やりくりしたいもんな」

「う、うん。そうだね……」


 そこで、段々と由奈の表情が苦々しいものになっていることに気づき、アルバイトの会話を切り上げる。

 二人の間に、妙な空気が流れてしまう。

 すると、そんな空気を察してくれたかのように、タイミングよく注文したメニューが運ばれてきた。


 琢磨の頼んだリブステーキは、鉄板の上でまだジュゥゥゥっと音を響かせている。


「うわぁ……凄い量。今そんなの食べたら胃が持たれそう」


 琢磨の目の前に運ばれてきたリブステーキを見て、由奈が苦しそうな表情を浮かべる。


「まあ、俺も普段なら胃が持たれるところだけど、昼から何も食べてないから今は行ける」


 そう言って、琢磨はナイフとフォークを持ち、リブステーキ迎撃体制に入る。

 一方の由奈は、可愛らしいお椀型のお皿に注がれたコーンスープをスプーンですくい、丁寧に啜っていた。

 大学生は、もっとガッツリ行儀作法も関係なしに飲んだっくれているイメージだけれど、由奈のお淑やかな所作を見ていると、彼女はもっと大人の女性なのではないかと錯覚してしまう。

 すると、琢磨がずっと由奈のことを見ていたのが気になったのか、少し恥じらうように視線を逸らす由奈。


「あの……そんなにじっと見つめられると飲みずらい……」

「あ、悪い」


 琢磨も咄嗟に視線をリブステーキに戻して、ナイフで一口サイズに切り分けていく。

 二人はしばらく無言のまま、食べることに集中した。


 けれど、沈黙が続けば続くほど、琢磨の頭の中では余計なことを考えてしまうのだ。

 由奈は、一体どんな大学生活を送っているのかと。

 聞いてみるか悩んだ末に、先週彼女が見せた憂いのある表情が脳裏に浮かぶ。

 思い出した途端、琢磨は何か踏み込んではいけない物事に首を突っ込もうとしていいるのではないかという錯覚に襲われる。


 結局、琢磨は由奈のプライベートな話について、これ以上聞くことは出来ずに黙々とリブステーキを咀嚼していったのであった。

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