第12話 あざとい後輩
お昼休み、食堂で中華そばを食べている時、
「そっか、やっぱりお前はそうするか」
まるで、琢磨がそうするであろうと見越していたような受け答えだった。
「ま、お前が決めたことだし俺は頑張れとしか言えないよ」
「そうか。なんかすまんな、色々アドバイスくれたのに」
「いいって、いいって。人によってその会社で働きたい理由なんて人それぞれなんだし、気にすることねぇよ。でも……いや、やっぱりなんでもねぇ」
「なんだよ、途中で止めるなよ。すげぇ気になるじゃねえか」
「はははっ……聞かなかったことにしてくれ」
岡田は苦笑いを浮かべて、この話は終わりだというように中華麺を啜った。
琢磨がすっきりしない表情を浮かべて岡田を睨み付けていると――
「あー先輩、いたいた!」
突如、明るく拍子抜けするような声で琢磨を呼ぶ声が聞こえてくる。
振り返れば、そこにいたのは、肩まで伸びる茶髪の髪をぴょこぴょこと揺らして、こちらへ手を振っている小柄で童顔な女の子。
琢磨直属の後輩、
谷野は嬉しそうな笑顔でこちらに小走りで近づいてくる。
そして、隣の空いていた席に滑り込むように座ると、喜悦の表情を琢磨に向けた。
「せんぱぁい、聞きましたよー! プロジェクトリーダーの話断ったらしいですねー」
プロジェクトリーダーに琢磨を推薦するという話は所々から聞こえていたけれど、今さっき網香先輩と話した内容まで筒抜けになっている。
「なんでお前がその話もう知ってるんだよ……」
思わず聞き返すと、谷野は不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふ、私の社内ネットワーク舐めないでください」
どうやら、網香先輩が琢磨の旨を報告した際、どこかしらからその情報を谷野が掴んだらしい。
谷野は社内では顔が広く、他部署にも多くの知り合いがいる一年目の社員。
自慢のコミュニケーション能力と自身の小柄な体格を生かして、飲みの場では小動物のような可愛らしい所作を演じて、上司からも一目置かれているらしい。
まあ谷野が知られてる影響で、教育係である琢磨にも注目が集まっているわけだが、まあその話は今は置いておこう。
「それはそうと、水臭いじゃないですかせんぱーい!」
谷野はにやにやと憎たらしいほどの笑みを浮かべながら、琢磨の肩をぽんぽん叩く。
「何が?」
「だってぇー。私のために部署に残ってくれたんですよね?」
「ちげぇよアホ」
即答で否定する琢磨。
「むぅ……嘘でもそう言ってくれた方が私的にポイント高いですよ?」
「お前のポイントなんていらん」
「えぇ、酷い!! 岡田さん、せんぱいがいじわるですー!」
あざとく岡田に助けを
岡田は朗らかな表情で谷野に微笑みかける。
「まあまあ谷野ちゃん。これはこいつなりの愛の裏返しだから」
「なっ……テメェ岡田」
琢磨は岡田を睨み付ける。
しかし、岡田は何のことやらとしらを切って肩を竦めた。
「やっぱりそうですよねー! せんぱいは責任感強い人ですし、私のことを一人前の女に磨き上げるまでずっと一緒ですよねー!」
「いや、別にお前を一社員として独り立ちさせるくらいの教育はするが、別に女としての魅力を引き立てるような真似は一切しないからな?」
「またまたー、嘘つかないでいいですって!」
そう言って、谷野はバシバシと強めに琢磨の肩を叩く。
そして、ゆっくりと琢磨の耳元に顔を近づけて小声で話してくる。
「聞きましたよ。せんぱいが私を一人前に育てあげるまでプロジェクトリーダーになる気はないって啖呵切ったって」
「なっ……」
でっち上げの理由まで本人にバレてやがる。
谷野はご満悦の様子で、にやにやしながら琢磨を見ている。
多分こいつは、私のために残ってくれたって信じているのだろう。
だけど本当は、網香先輩の傍に残りたいがために言った出まかせなんだよなぁ……。
まあ、本人には言えるわけないけど。
琢磨は態勢を整えるように咳払いをした。
「まあ、そういうことにしておいてやるよ」
「なんですかその煮え切らない答え方は……」
谷野はすっと表情を変えて、じとっとした目を向けてくる。
「まあまあ、これも琢磨なりの言葉の裏返しだよ谷野ちゃん。気にするな」
「おい岡田」
「まあ、そういうことにしておいてあげますよーだ」
可愛らしくベーっと舌を出してから、谷野は席を立ち、そそくさと去って行ってしまう。
嵐のように現れて話したい事だけ話して去っていった後輩の後姿を眺めながら、琢磨は深いため息を吐いた。
「何だったんだ一体……」
「まあまあ、谷野ちゃんらしくていいんじゃない? 琢磨も早く食わないと昼休み終わっちまうぞ?」
「そうだな……うわっ」
注文した中華そばは、面が完全に伸び切っている。
琢磨は無心に伸び切ったそばを食べきる作業へと移ることにした。
網香先輩の傍で仕事を行いたいという不純な動機で昇進の道を自ら切った琢磨。
この判断自体に後悔はない。
しかしながら、先ほど岡田が、琢磨に対して何か伝えようとしていたことが気にかかって、少々心の中でわだかまった。
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