第11話 結論
翌週の月曜日。
朝礼後に、またも網香先輩に呼ばれて面談室に来ていた。
「さてと……」
網香先輩は資料を机に置いて腰かけると、ゆっくり視線を上げて琢磨と視線を合わせる。
「結論から言わせてもらうと、今回の新規プロジェクトのリーダーは他の人に行ってもらうことになったわ」
「そうですか、ありがとうございます」
これ以上、網香先輩にプロジェクトリーダーになれと催促されなくなることに、ひとまず安堵する琢磨。
「でも勘違いしないで。杉本君はもう部長たちの中では次期筆頭候補よ。だから、いつでもやる気が出れば、立候補してくれて構わないからね?」
「お言葉はありがたいですけど、今はまだ積極的にやろうとは思いませんね」
「そう……なら仕方ないわね」
網香先輩は諦めたように息を吐くと、スーツを脱ぎブラウス姿になる。
「なら、ここは色目を使ってでも、杉本君に首を縦に振ってもらおうかしら」
そう言って網香先輩は、唐突に椅子から立ち上がると、にやっと魅惑的な視線で琢磨を見つめながら、おもむろに黒タイツをその場で脱ぎ始める。
机とパンツスーツの裾の間から、眩しいほど白い太ももがあらわになっていく。
「ちょ、何やってんすか!?」
「何って、杉本君にちょっとサービスよ。あなたにプロジェクトリーダーになってもらわないと、私としても困るの」
「だからって、どうしてタイツを脱ぐ必要があるんですか!!」
「あら? もしかして杉本君はこちらの方が好みだったかしら?」
妖艶な笑みを浮かべつつ、今度はブラウスのボタンに手をかけて、ポチポチとボタンを一つ、二つと外していく。
「ちょ、ストップストップ! そういう問題じゃないです!」
琢磨は視線を逸らしながら、手で制止する。
「でも、見たくないの、ほら?」
にやりと悪い笑みを浮かべて、網香先輩はちらっと開けたボタン越しからチラリとブラを見せつけてくる。
む、紫のレースのブラ! な、なんて魅力的な!?
それに、ブラの合間から見える柔らかそうな胸の谷間が……!
「ふふっ……」
琢磨はふと我に返ると、してやったり顔の網香先輩と目が合う。
咄嗟にふいっと視線を逸らしてももう遅い。
網香先輩は、琢磨が色仕掛けに弱いことを知っている。
だからこうして、二人きりの時にわざと色仕掛けめいた事をしてきてからかってくるのだ。
けれどそこに、特に異性としての好意は一切ない。
ってかこの状況、他の社員に見られたら即アウトだよな。
してやられてばかりで男として情けないのに、彼女の魅力に取りつかれて目を離すことが出来ないのが妬ましい。まさに、蟻地獄に嵌った蟻状態。
しかも、異性として見られていないという事実が拍車をかけて虚しい。
「お願い杉本君、可愛い後輩のために先輩がここまで身体張って頼み込んでるの。それでも、プロジェクトリーダーやってみる気は起きない?」
潤んだ瞳で縋るような視線で畳みかけてくる網香先輩。
「いやっ、それ以前の問題です! 網香先輩はそうやって俺をからかってるつもりでしょうけど、俺が訴えたらセクハラ成立しますからねこれ!? もっと場をわきまえてください! まさかとは思いますど、他の人にもそういうことしてるんじゃないでしょうね? 絶対にやめてくださいよ!?」
「ご、ごめんなさい……つい杉本君の初心な反応が可愛くていつもからかいたくなっちゃうの。大丈夫よ、こんなことするの杉本君にだけよ」
「それはそれで問題です! 好意があるならまだしも、からかいがいのある後輩ってだけで色仕掛けするのはやめてください! いくら何もしてこない後輩だからって、男の前ではダメです!」
はぁ……また無益なことをしてしまった。
これじゃあ、琢磨が網香先輩の事を異性として見ていないと言っているようなもの。
照れ隠しだとしても、後から遅いと後悔する自分を殴りたい。
しかし、網香先輩の反応がないことに気づき、琢磨はちらと様子を窺う。
見れば、網香先輩は頬を真っ赤に染め、遠慮がちにこちらを見つめてモジモジしていた。
ふと目が合うと、ぱっと視線を逸らされてしまう。
「あ、ありがと……心配してくれて」
「……」
な、なんだろうこのむずかゆい空気感は……。
そんな初々しい恥じらった顔で言われると、余計に勘違いしそうになるからやめてほしい。
「と、とにかくですね、そういう色仕掛けみたいな真似は絶対に以後やらないでください。わかりましたか?」
「は、はい……」
しゅんと項垂れて反省した様子を見せる網香先輩。
「分かったならいいです」
網香先輩からの返事を得て、琢磨はようやくほっと満足げに腕組みする。
「って、どうして私がお説教されているのよ! 違うでしょ!? 今は杉本君の話よ!」
「あははっ……話それちゃいましたね」
「笑ってる場合じゃないの全く……あなた、千載一遇のチャンスを自らの手で踏みつぶそうとしている自覚はあるのかしら?」
「す、すいません……。でも、今の俺にとって、昇進に興味はなのでいいんです。網香先輩の期待に応えることが出来ず申し訳ありません」
琢磨は網香さんを失望させぬよう、理由を言わずに簡潔に断りを入れて謝った。
その様子を見て、網香先輩がはぁっと諦めたようにため息を吐く。
「分かったわ。今回は琢磨君の推薦はなしってことで、上に話を通してあげるわ」
「ありがとうございます」
「その代わり、ちゃんと
「へっ?」
突然谷野の話を出されて、琢磨は素っ頓狂な声を上げて網香先輩を見つめてしまう。
すると、網香先輩は呆れたようにこめかみに手をやった。
「あなたが自分で言ったんでしょ。『谷野さんを一人前にするまではプロジェクトリーダーになるつもりはない』って」
あっ、そうだった。
先週網香先輩に理由を問われたときに、谷野の教育を理由にでっちあげたのをすっかり忘れていた。
「は、はい! もちろん谷野を一人前に育てあげます!」
「はぁ……全くしっかりして頂戴」
「す、すいません」
「話はこれで終わりだから、デスクに戻っていいわよ」
「はい、失礼します」
こうして、琢磨はプロジェクトリーダーとして昇進することを逃れ、無事に網香先輩の元で仕事を続けることが出来るようになった。
しかし、琢磨はこの時気が付いていなかった。
網香がどうしてそこまでして琢磨をプロジェクトリーダーに推薦していたのかを。
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