第10話 彼女の心の内
帰り道の運転中、ふと由奈に聞かれた。
「琢磨さんは毎週行く所って事前に決めてるの?」
琢磨はうーんと頭の中で思案しつつ答える。
「いや、その日の気分で決めてるかな。でも大体、海とか山に行くことが多かったりする」
「そうなんだ。やっぱり都会に住んでるから、自然と海とか山に行きたくなっちゃうの?」
「それもあるかもなー。俺は他の奴らみたいに、田舎っていうのを知らないから。余計にそういう自然豊かで穏やかな場所に憧れるところはあると思う」
「どういうこと?」
「うちの親戚、みんな生粋の江戸っ子っていうかさ、親族全員都会育ちで、帰省する田舎っていうのが無いんだよ。だから、おばあちゃんの家が田舎にある人は、ちょっと憧れる」
「へぇーそうなんだ」
ちょっと意外そうな反応を示す由奈。
「由奈はどうなんだ? 田舎あるのか?」
「うん、あるよ! すっごい田舎! コンビニすらない!」
「うわっ、それはまた凄い田舎だな……」
「うん、めっちゃ田舎。田んぼと畑と山しかない」
「それはそれで不便そうだな」
「でも、地元の人の付き合いはすごい深いよ! こっちだと、住んでるお隣さんの顔さえ知らないなんてことざらにあるし」
「あー分かるわそれ。気づいたら前の住人引っ越してて、違う人が住んでたりするんだよな」
「そうそう、凄い分かるそれ!」
共感を得たらしく、由奈が指さしながら笑みを浮かべた。
先程、海辺で見せていた陰鬱な陰はなく、自然と由奈の表情は和らいでいる。
「でも……だから都会は関わり合いが薄くて嫌い」
琢磨が安心した矢先、由奈は声のトーンを落として、意味ありげにひとり言のように呟く。
まるで、都会の生活が窮屈で不満を抱えているように……。
「まっ、いずれ慣れる時が来るさ。都会は都会でいい所いっぱいあるしな」
「そうだといいな……」
琢磨がフォローを入れると、由奈は少し未来を見据えて、希望に縋るような吐息を漏らした。
横浜駅付近に到着して、俺は車を停車させる。
「このあたりでいいか?」
「うん、今日はありがとう琢磨さん!」
「いや、こちらそこ」
社交辞令でお礼をかわすと、由奈はシートベルトを外して、後部座席に置いていたリュックを手に持ち、助手席のドアを開けた。
車内から外に出て、由奈は車内の琢磨を覗き込む。
「それじゃあ琢磨さん、また来週もよろしくね!」
「おう」
「まだまだ琢磨さんには二人ドライブの楽しさをみっちり教え込まないといけないからね! それじゃ!」
助手席のドアを閉めて由奈は安全な歩道へと移動すると、くるりとこちらへと振り返り、ひらひら手を振ってお見送りをしてくれる。
その時、琢磨はふと来週の予定を思い出した。
慌ててカーウィンドーを開けて、由奈に声を上げる。
「悪い、来週は仕事が立て込んでて、もしかしたら八時に間に合わないかもしれない。それでも平気か?」
「うん、大丈夫! 時間潰して待ってる!」
そう言って、目の前のコーヒーチェーン店を指差す由奈。
「わかった、なら八時にまたここでな!」
「はーい!」
用件を伝え、来週の約束も取り付けた。
琢磨はハンドルを切り、アクセルを踏み込んで車を発進させた。
バックミラー越しから、手を大きく振っている由奈の姿がだんだんと小さくなっていくのが見える。
一週間前に突如出会った女の子と取り付けたドライブデートの約束。
まだ二回しか彼女と顔を合わせたことが無いけれど、由奈は他の陽気で明るいキラキラした大学生の女の子とは違って、どこか危なっかしくて放っておけないような、ただならぬ事情のようなものを感じ取れる。
それに触れていいものなのか、琢磨は悩みながら帰路についた。
家に着くまでの間に、彼女から何か話してくるまでは何も触れないでおこうと結論付けた琢磨であった。
※※※※※
「ただいまー」
私は家に着き、声を上げる。
しかし、帰ってくる声はなく、森閑とした暗闇の小さな部屋に、掛け時計の秒針の音が木霊するだけ。
玄関で靴を脱いで、部屋の明かりをつける。
ようやく部屋の全体が見渡せた。
同時に、部屋のカーテンレールに掛けてある洗濯ハンガーに吊るされた洗濯物を片づけていないのを見て絶望する。
「はぁ……今日も久しぶりにあんなに沢山お話ししたなぁ……」
そんな独り言をつぶやきながら、薄いピンク色のベッドに腰かけてローテーブルに置かれていたテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押してテレビをつける。
テレビの画面が映ると、夜のニュース番組が流れていた。
一人暮らしにとっては、テレビから聞こえてくる人の声は安心する。
でも、最近はテレビの声も虚しく思うようになってしまった。
特に金曜日はそう。
彼と一緒にドライブを楽しんだ後、別れた後が一番つらい。
本当ならもっと遠くまで私を連れて行って、明け方まで私を連れ回してくれてもいいのに……。
それくらい、私の中では彼とドライブは、ここ最近の一番の楽しみとなっていた。
けれど、目的地を相手に任せている以上、彼は私のことを心配して、遠くへ連れて行くような真似は絶対にしないだろう。
ロマンチックな場所へ行くでもなく、いたって普通の海辺や砂浜。
でもどこか、海風に当たりながらコーヒーを嗜む彼の姿は、カッコよく見えた。
まるで、どこか人生を悟ったように、目の前の現実を見据えいるようで……。
私とは全く違うなと思った。
違うと思ったらすぐに逃げ出して、結局は何かに縋っていないと自分の道すら示せない。
そんな自分が、嫌で嫌で仕方がない。
人がうじゃうじゃと
きっと彼は、そういうのも含めて経験してきているのだろう。
だからそこ、ああやって強く芯を持って、現実を受け入れて諦めているのだ。
私も、あれほど真っ直ぐとした信念が欲しいと常々思う。
彼と一緒にい続ければ、何か得られるのかもしれない、そんな希望を抱きながら。
それと同時に、彼にもまた、諦めて欲しくないという気持ちを与えたい。
こんな一人のしがない女子大生に何が出来るかは分からないけれど、少しでも変わってくれればと思う。
「早く、来週にならないかな……」
だから私は、いつも早く金曜日が来てほしくてたまらなくなる。
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