第9話 今どきの大学生
車を走らせて向かったのは、サマーシーズンには海水浴客で賑わう三浦海岸。
この時期は海水浴シーズンでもなければ、平日夜の砂浜に訪れる変わり者など琢磨たち以外にほとんどいないので、辺りは閑散としていた。
海岸近くのコーヒーチェーン店に車を止め、琢磨はアイスコーヒーをテイクアウトで注文した。
コーヒーチェーンの駐車場に車を放置して、海沿い道を渡った先にある海岸の砂浜へと由奈と共に向かう。
「うわっ、結構寒い」
由奈が海風に晒されて、思わず身を抱えて身震いする。
「俺のジャケットでよければ貸すぞ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて借ります!」
琢磨が脱いだジャケットを、由奈は嫌な顔一つせずに受け取って羽織った。
海岸入り口の階段に座り込み、二人で夜の海岸を眺めながらコーヒーを嗜む。
ちなみに由奈はホットの抹茶ラテを購入していた。もちろん琢磨のおごり。
「なんか夜の海って、真っ暗で波の音だけ聞こえて少し怖いよね」
「そうか? 俺はこの波の音以外何も聞こえない静けさが逆に落ち着くけどな」
聞こえてくるのは、時々街道沿いを走り抜けていく車の音と、定期的にうねる海のさざ波の音だけ。
対岸には、金谷や冨浦などの房総半島沿いの街の光が微かに灯り、浦賀水道を多くの貿易船がゆっくりと往来している。
夜の海風に浸り、波打ち際で波の音を聞きながらコーヒーを嗜む。
特に夜の観光名所でもない夜の海水浴場だからそこ、情緒があり琢磨は落ち着ける。
「なんか私、一人だけ夜の海に吸い込まれて、このまま消えてしまいそうになるから、夜の海はちょっと怖い」
由奈は抹茶ラテの紙コップを両手で握り締め、真っ直ぐ暗闇の海を見据えながらつぶやくように言った。
どこか哀愁漂う由奈を見て、琢磨は思わず聞いてしまう。
「なあ、由奈は俺みたいなやつとこんな変哲もない海を見るためにドライブしてて楽しいか?」
「まあ、場所に関しては琢磨さんに一任してるから何も言わないけど、ドライブに関しては満足してるよ。どうして?」
顔をこちらに向けて、首を傾げて尋ねてくる由奈。
その仕草だけでも由奈は十分に見惚れてしまうほど美しさを兼ね備えているのだ。
大学友達に男の一人や二人いたっておかしくない。
「いやっ……その、彼氏とかいねぇのかなって思ってさ」
琢磨の問いに、由奈はぷっと噴き出した。
「あははっ……ないない! 仮にいたとしたら、琢磨さんとこうして一緒にドライブデートなんてしてる暇ないし! そもそも一人でヒッチハイクして海ほたるなんかに行ったりしないよ!」
「確かに、それもそうか」
由奈の答えに、琢磨は納得がいって思わず苦笑してしまう。
「あー! 今失礼なこと考えてたでしょ?」
「そんなことねぇって」
「絶対嘘! 顔が笑ってるもん!」
「別に思ってねぇって。ただ、少し面白いなって思っただけだよ」
「それが失礼なことだっての! もう、琢磨さんは最近の大学生事情を分かってないんだから」
「いや、最近の大学生みんな一人放浪の旅になんて出ないだろ普通。みんな友達と酒飲んでゲームして、一夜過ごして遊び呆けてるだけだろ?」
「それは偏見すぎ! 陽キャな一部の大学生だけだよそれ! 大多数は違うし! それに私は……」
すると、由奈はそこで急に口ごもってしまう。
明らかに先ほどより表情が暗い。
まるで、自分は陽気な大学生ではないということを、暗に示しているような表情で俯いている。
妙な間が生まれてしまい、琢磨は一つ咳払いをして、誤魔化すように取り繕う。
「まあ、大学生なんて基本自由なんだし、遊びまくってるやつらもいれば、バイトに明け暮れて奴もいる。はたまた夢を追って頑張ってるやつもいれば、授業だけ受けて後は家で一人ゲームに没頭してる陰キャだっている。みんな自分のやりたいようにやってれば、それでいいだろ」
「そうだよね……自分なりに頑張っていればいいよね」
由奈の言葉は、琢磨に聞き返したのではなく自己暗示しているように聞こえた。
けれど、琢磨は柔らかい微笑みで返す。
「あぁ、自分の好きにすればいいと俺は思うぜ」
「そっか……」
由奈の方を向きながら琢磨は言うと、由奈は下に向けていた顔をぱっと上げて、琢磨の方をニッコリ笑顔で見つめた。
「なら私は、琢磨さんとのドライブデートをとことん楽しむドライブ彼女大学生になるね!」
「いや、そこは別に頑張らなくていいけどな」
「なに? 私と一緒じゃ不満なわけ?」
「そうは言ってねぇだろ……」
「なら、いいでしょ? 大学生は自由なんだから!」
琢磨の言った言葉を繰り返すように反芻して、由奈は琢磨とのドライブデートに全力で取り組むことを改めて誓った。
だからだろうか、余計に彼女に対する疑問が浮かぶ。
どうして琢磨みたいな根暗な社会人と、ドライブデートなんてしたがるのだろうかと。
そして、由奈が見せたあの暗い表情は、果たして何を意味しているのかということに……。
ただ、一つ言えることは、由奈は他の陽気な大学生と違って、少し変わり者の女の子であるこということだ。
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