第8話 待ち合わせ

 琢磨にも、夢を必死に追いかけていた時代はある。

 夢に向かって一直線に突き進み、周りなど見向きもせず、多くのものを犠牲にしてきた。


 同じ夢を見る素敵な人にも出会い、お互いに高みを目指して切磋琢磨した時もある。

 しかし、年齢を重ねれば重ねるほど、周りからの冷ややかな声に耳を傾けざる負えなくなった。


『お前なんかに出来るわけがない』

『夢見るだけじゃなく、地に足踏んで、目の前の現実と向き合うのも必要だぞ?』

『現実見ろよ』


 言われなくとも、奴らは視線だけで投げかけてくる。

 琢磨は耐えられなかった、日々押し寄せてくる無言の圧力や冷たい眼差し、冷酷な社会からの圧力に。


 気付けば、夢を追うと言いながら、自分のことを後回しにして、彼女を応援しようと尽力して逃げていた。

 誰かに依存して、それを勝手に自分の目標にして意識付けしてしまう。

 昔から琢磨の悪い癖だった。


 だから最終的に、彼女にも否定され、応援してくれる人も失った途端、自分の進むべき指標を失ってしまう。


 今の琢磨はその時よりも酷い。

 本当にやりたいことがないから、周りの人に影響を受けて、自分はこうであるべきだと勝手に自分をレッテル付けしないと、自我を確立できないのだ。

 それこそ、夢見るのを諦めて、薄汚れた社会で身を伏して生きていく人達と何も変わらない。もしくは、それ以下の存在かもしれないと思った。


 人間というのは、年を重ねるごとにそうして自分の夢や目標を日々諦めては下方修正して、それでも上手くやっていく生き物なのだろう。

 いずれは、琢磨も現実と向き合い、新しい夢を見つけることが出来るようになるのだろうか?


 網香先輩と岡田に言われたことを思い出しながら、ふと昔の自分と今の自分を照らし合わせ、琢磨は目的地の横浜駅へと車を走らせていた。


 第一京浜をひた走り、約束時刻の五分前に駅前のコーヒーチェーン店に到着して、車を路肩に停車させる。

 先週の一人ドライブで出会った所在も知らない女の子。

 口約束だけで交わしたドライブの待ち合わせ、彼女は果たして待ち合わせ場所にやってくるのだろうか?


 心の中で少し不信感を抱いていると、助手席のサイドウィンドウがコンコンと叩かれた。

 視線を向けると、サイドウィンドウ越しから、由奈がニッコリ笑顔で顔を覗かせて、ひらひらと手を振ってきている。

 琢磨は少し彼女のことを見くびっていたようだ。

 手を挙げて挨拶をかわすと、由奈はドアを開けて車内へと入ってくる。


「やっほ、琢磨さん。こんばんは!」

「よう……待ったか?」

「ううん、私も今来たところ! 荷物後ろに置いちゃっていい?」

「おう、自由にしてくれ」


 由奈は運転席と助手席の間から背負っていた黄色いリュックサックを後部座席に置いた。


「大学からそのまま来たのか?」


 先週よりも明らかに荷物が多いので、話のネタ程度に尋ねた。


「そうそう。ギリギリまで課題やってから来たの」

「そっか、なんか悪いな、忙しい時期に付き合わせちまって」

「あぁ、全然そんなんじゃないよ! 毎週提出の軽いレポートみたいなのを時間潰しがてらにやってただけだから! 私の今日のメインは琢磨さんとのドライブデートなわけだし!」


 由奈はそう言って、ニコニコ笑顔でわざとらしくコテンと頭を傾けてくる。


「ま、デートじゃないけどな」


 由奈の頭を肩から無理やり離すと、あからさまに不機嫌な顔をする。


「むぅ……琢磨さんが冷たーい」

「いやだって、由奈があざといから」

「べ、別にあざとくないし!」


 由奈はぷんすか怒ったように頬を膨らませて否定する。

 でも、それが既にあざとい。


「それじゃ、シートベルトしてくれ。出発するぞ」

「あーこら! 無視すんなし!」


 琢磨は由奈の抗議を軽くあしらいつつ、シフトレバーをドライブにして、方向キーを出してアクセルを踏み、車を発進させた。


「由奈、飯は食ったか?」

「うん! 大学の購買で買ったパン食べたよ」

「了解。ならそのまま高速乗って、目的地向うぞ」

「はーい!」


 西口ランプから首都高速に乗り込み、一路南へと進む。

 カーオーディオでラジオを流しつつ、車は順調に走っていく。

 由奈は流れている音楽に合わせて、楽しそうに鼻歌を口ずさんでいる。

 聞こえてくる由奈の声が心地よくて、琢磨も思わず音楽に合わせて首を揺らしてしまう。


 そんな陽気な琢磨の様子を見て、ふふっと由奈が微笑んだ。


「……なんだよ?」


 軽く睨むような視線で由奈を横目で見ると、由奈はほっこりとした視線を向けてくる。


「ほら、二人でドライブした方が楽しいでしょ?」


 面白がるように尋ねてくる由奈。

 素直に認めるのも納得がいかないので、琢磨は鼻で笑って減らず口を叩く。


「別に、俺一人だったら運転しながら熱唱してるまである」

「それはそれでどうかと思うよ?」

「うるせぇ……」

「ふふっ……!」


 何が面白いのか、由奈は一人でくすくすと笑っている。

 まあ、こういう会話を楽しみながらするドライブも、仕事を忘れる気分転換には悪くないのかもな。

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