第7話 後悔

 朝の網香先輩との一件を話すと、岡田は呆れたような表情を浮かべた。


「それで、お前はプロジェクトリーダーになれるチャンスを、網香先輩と一緒にいたいがために水の泡にするつもりだと」

「無駄にしたとは思ってねぇよ。俺にとっては、リーダーになるよりも網香先輩と同じ部署にいることに意味があんだから」

「確約された昇進と昇給よりも、不確定で叶うか分からない恋を取るのか……かぁぁぁぁー!! 甘いな」


 琢磨の判断に耐え切れないといったように、岡田は額を押さえる。


「いいか琢磨、よく考えろ? もし万が一お前が網香先輩に告白して振られたらどうする? 気まずくて仕事しずれぇぞー! どちらの可能性も考えて、近すぎず離れすぎず、絶妙な距離感ってのが大事なんだよ」

「でもさ、俺と網香先輩って、直属の上司と部下っていう以外なんの関係性もないんだよ。もし俺が昇進したら、網香先輩と関わる機会すらなくなる。自然消滅で終わりだ」

「それは考え過ぎだ。仕事以外の時間でもアタックは出来るし、すべての縁が切れるわけじゃねぇ。それに、網香先輩はお前に期待して推薦してくれているんだそ? 琢磨が断るってことは、今ある信頼を裏切ることになるってにもなりかねないんだぞ。わかってるのか?」

「それは……」


 琢磨の箸が止まる。

 確かに、網香先輩は琢磨に期待してくれているのだと思う。

 もちろん網香先輩の期待には応えたい。

 けれど、期待に応えたところで、網香先輩が琢磨に好意を向けてくれるようになるわけではない。


「それにな、もしこれで何度も琢磨が断ることによって、網香先輩だってお前に期待しなくなるかもしれないんだぞ? そしたら、恋愛対象以前に信頼すらなくなりかねん」

「うっ……」


 岡田の言うとおりだ。

 琢磨の判断は、今まで培ってきた信頼を失望へと変えてしまうことだってある。

 そうなってしまえば、網香先輩に男と見てもらう以前に、体たらくで向上心のない人間と思われてしまってもおかしくない。


「まっ、もう一度よく考えてみることだな。上から目線になっちゃうけど、お前ならプロジェクトリーダーになる素質は十分に秘めてるし、一緒に切磋琢磨して頑張りたいと俺は思ってる!  それからこれは、同期としてではなく親友としての忠告だ」


 そう言って、岡田は琢磨を指差す。


「人生一度きりなんだから、当然恋愛も大切だけど、自分自身の将来とも真剣に向き合わないと、一生後悔するぞ!」


 岡田は琢磨に忠告すると、肩をとんと叩いて席を立ち、トレーを返却口へと持っていき、先にオフィスへと戻っていく。

 取り残された琢磨は、はぁっと一つため息を吐いた。


「自分自身の将来……ね」


 学生時代、琢磨が何度も自分に問いかけ重ね、自問自答したこと。

 自分の将来なんて、一体どうやったら手に入れることができるのだろうか。

 その手段を、琢磨はまだ知らない。


 琢磨は残っていた生姜焼きを一気に掻き込む。

 生姜焼きの味は、どこか味が淡泊に感じた。

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