2日連続誕生日

夢星 一

 誕生日


 昨日は私の誕生日だった。今日も私の誕生日だ。


 私は海外で生まれた。

 国際結婚した母が、里帰り出産にと母国に帰ったからだ。仕事の都合上日本に残った父は、出産には立ち会っていない。


 ここ日本と母の母国の間には、時差が12時間以上ある。別の国で、私は6月28日の朝方に生まれた。その時日本は、6月29日の夜だった。それでも、誕生日として記されているのは28日だ。


 海外で生まれたとは言え、1歳になる前に日本に戻って来たので、本当に産んだだけ。小学5年の頃に3ヶ月ほど行ったっきり、私は母の母国に行っていない。遠いし。お金もなかなかかかる。


 昨日、私は18歳になった。

 成人まであと2年。選挙権を手に入れ、r-18コンテンツも見ても良くなった。あとはパチンコとか?……18歳でも、高校生は禁止されている事が多いから、あまり意味はないかもしれない。



 昨日の朝は、普段よりも2時間ほど早起きして、10時から遊びに来る友達を待っていた。既にプレゼントを渡してくれていた友達が「週末遊ぼうよ」と誘ってきて、親に確認をとると、「せっかくだから28日にしなさい。ケーキとかピザ作ってあげるから」と言ってくれたからだった。空は曇りで、気分の良いとは言い難い朝だった。


 昔は友達を呼んで、ザ・誕生日会といったものを開いたり、母の母国に戻れば特注のドレスを着て人を呼び、ピニャータを叩きまくったりと、かなり盛大に祝っていたけれど、大きくなるにつれて、しなくなっていた。

 だからだろうか。何処か張り切った様に言う母の案を飲んで、28日に友達を呼んだ。


 朝ごはんを食べているとき、どうしても誕生日の実感が湧かなかった。昔はもっとワクワクしていたのに。これが大きくなると言う事だろうか。何か大切な物を失ったような寂しさを感じながら、母に言った。


「まだ誕生日の実感が湧かないな。だって、まだ『誕生日おめでとう』を言ってもらえてないもの」

「あら、だって貴方まだ生まれて無いじゃない」


常に母国語で話しかけてくる母の言葉を翻訳すると、以上の事を言われた。


「向こうの28日の朝に生まれたのよ。ここでは28日だけど、向こうだとまだ27日じゃない。まだお腹の中よ」


つまりは、まだその言葉を言う時じゃ無い。と言う事だ。28日に生まれ、今日は28日なのに、まだ誕生日じゃない。不思議な気分。



 9時半ごろに友達からLINEが来た。


『ゴメン、プレゼント忘れてきちゃった』


どうやら、プレゼントを片手に家を出たのは良いものの、忘れ物に気付いて家に帰ったら、代わりに置いてきてしまったらしい。どうせ学校で明日会うから大丈夫だと、そう伝えて、案外抜けてるところもあるんだなと一人笑った。


 10時ごろに友達が来た。今日来れたのは2人。もう1人も誘いたかったのだけれども、急に誘ったら迷惑だろうか。ほぼ誕生日会みたいな物なので、プレゼントの催促のようになりはしないかと、ウダウダ悩んでいたら間に合わなかった。本音を言うなら会いたかった。


 友達の1人が、スイッチで爆弾ゲームを買ったからと、3人で4時間以上は遊んだ。操作役の人が画面の情報を残りの人に伝え、その言葉を頼りに、残りの人はマニュアルを見ながら指示をする。互いに画面やマニュアルを見てはいけない。互いの語彙力だけが頼りのゲーム。

 これがまた面白かった。


 特殊すぎた記号の伝え方が人それぞれで、同じ記号なのに、「丸まったw」「ωみたいなの」「豚のしっぽ」みたいに言い方がバラバラ。

他にも「某人間の頭」「ニコちゃん」「しょぼん」「エイリアン」などがあった。


 勿論、記号を伝える以外にも多くのギミックがあって、それぞれの得意分野を見つけて楽しんだ。


 昼頃には、母が前日から生地を作っていたピザを食べ、暫くしてから誕生日ケーキを。ここ数年と比較したら、やや大きめのケーキだった。18のろうそくと、Happy Birthdayと書かれた大きなろうそく。ラズベリーとブルーベリー、イチゴやモモが並んで、間を埋めるようにピンク色の生クリームが乗った、四角いケーキ。


 まさか誕生日会もどきになるとは知らなかった友達が、少々ビックリしながらもピザを食べて美味しいと言った。フルーツが苦手らしい彼女に、フルーツたっぷりケーキを渡したのは申し訳なかった。



 5時半ごろになって、誕生日会は解散。友達を見送ったら、ドッと疲れが押し寄せてソファに寝転がった。ゲームのしすぎかもしれない。母も、朝から料理しっぱなしで疲れていた。夕飯は来週食べに行こうかと父が言って、その日は昨晩の残りとか、カップラーメンを食べた。誕生日なのに。


 夜になると、兄からお誕生日おめでとうのメールが来た。来るとは思っていなかったので、喜びの声を上げて、クシャミを1つ、2つ。

 私はとてもクーラーに弱く、扇風機にずっと当たっていても鼻が出てしまう。昼間に当たっていたからか、鼻水が止まらなかった。


 私には昔、誕生日を盛大に祝うと、たいてい体調を崩すと言うジンクスがあった。高熱が出たりして、暫く寝込んだりした。まさか久々にそのジンクスが復活したのでは無いか。明日から1週間が始まるのに勘弁してほしい。慌てて風邪薬を2錠飲んで、その日は寝た。



**

 朝になった。

 目はいまだに疲れていたけれど、壊れた蛇口のようになっていた鼻は治り、比較的スッキリと目覚めた。


 曇りだった昨日とは違い、今日は晴天。空気はカラッとしていて、汗が流れるほどの暑さも無い。程よい日差しが窓から差し込んでいた。

 コレこそが、自分の生まれた日を祝うにふさわしいであろう天気だった。



「もう生まれたわね」


時計を見て、母が言った。私が鼻詰まりに苦しみ、オルゴールをYoutubeで流して寝ている間に、海を超えた国で、18年前に私が生まれていた。

 母は、今日こそが貴方の誕生日だとでも言いたげに。彼女の体内時計では、今やっと、娘と対面してから18年が経ったと刻んでいるような顔と穏やかさで言った。


「貴方がこの先も幸せな年を迎え、望む夢が全て叶いますように」


大体そんな内容の事を言って笑っていた。



 その時、私は不思議な事に、今日こそが私の誕生日なんじゃ無いかと思った。確かにカレンダー上では昨日だったけれど、誕生日おめでとうの言葉を聞くにふさわしいのは、今日なんじゃないか。

 そもそも、時差というラグによって、28日だけどまだ28日じゃない、そんな事が起きてるなんて、今まで全く意識していなかった。

 なのに何故か今年。急に。その事に気づいてしまった。



 私には誕生日が2日ある。 



 馬鹿げた考えだと思う。ちゃんと考えて検証したら、この考えは間違っているのかもしれない。だけども、この考えは私にとって、ある種の閃きで、プレゼントだった。途端に晴れた空が祝福のように感じた。誕生日おめでとうの一言がスンナリと胸の中に入っていった。小さい時の、誕生日を迎えた高揚感が、18歳らしいおしとやかさで、現れた気がした。



 学校で友達にその話をしたら、馬鹿げた話にも関わらず、笑いながら「いいなあ。こっちは1日しかないよ」と言ってくれた。こんな話にも答えてくれる友達がいる事が嬉しかった。


 部活に行くと、顧問の先生がハッとした顔で私を呼び止めて、「誕生日おめでとう」と言いながらクッキーを一枚くれた。

 小学校の頃の、とっくに定年した校長先生からラインで「昨日はお誕生日おめでとう」とメッセージが来た。

 翌日にも関わらず、祝ってくれる人がいた。



 2日目の誕生日を、密かに謳歌しながら晩ご飯を食べていると、父が


「注文したオルゴール、明日発送するらしい。来るのが遅れるかもしれない」


 と言った。父からのプレゼントで、ネット注文した天使のオルゴールだ。曲は確か、アメイジンググレイス。


 1つだけ残念だったのは、読みたいと言った私の為に、父が祖母に電話し、叔父に電話し、叔母に電話して尋ねた『AKIRA』の漫画が、現時点での持ち主だった従姉妹が引っ越しの際に売ってしまっていた事だった。

 ネットで探すと1万以上するのに。なんて勿体無い。


 しかし、彼女がそれを売った時は、私はAKIRAなど知らなかったし、タイミングの問題だろう。


「まあ、受験生だし、ある意味よかったかもな」


 タイミングの悪さに笑いながら父が言って、私は密かに、古本屋をめぐって探しに行こうかと決意した。



 友達が昨日持ってき忘れたプレゼントは、紺色の日傘だった。端っこに星座の模様が見え、開くと内側に星座が描かれていた。傘の中のプラネタリウムだった。「これ以上にピッタリな物は無いと思った」そう言って、私も色違いを買ったと、黒の同じ日傘を見せながら友達が笑った。

 あまりにも気に入って、家に帰ってから母に見せた。傘を開いて中を見せ、


「さしたらこんな風になるよ」


と言ったら、母は少し複雑そうな顔をして、


「家の中で傘はささないほうが良いのよ」

「どうして?」

「母親が死ぬって言い伝えがあるもの。向こうには」

「何を言うか。大丈夫だよ、ここは日本だよ」


  笑いながらそう返したけど、すぐに傘を閉じた。初めて聞いたけど、いったいどんな言い伝えなんだ??




 誕生日が2日続いているという、18歳になって最初の馬鹿げた自分の考えを残したくて、あと5分で日付が変わる事に焦りながらコレを書いた。日記のような物だ。


 その為に夜更かしして、明日学校で眠気と戦う事になっても、今書きたかった。

翌朝にでも読み返して、てんでまとまって無い内容に苦笑いするのも、良いかもしれない。


 私は今年受験生。センターはなくなるわ、たいそうな名前のついたウィルスは現れるわ、最初の数ヶ月を失うなど、色々予想外の事も多いけど、そんな中でも、こんな馬鹿げた事を考えて喜んでいられる程度には元気だ。


 いつかコレを読み返した時に、この能天気さに笑う時が来るかもしれない。

 

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