第14話 恋愛証明
「ねぇ、なんで!」
「ダメなものはダメなの!」
私がまだ小学3年生の頃。私は夏祭りに連れて行ってもらえなかった。
毎年、姉さんと、お兄さんと私で行っていた夏祭りに。
だから、それを告げられた瞬間、理不尽さと、大好きなお兄さんと夏祭りに行けないという事実に、私は泣き喚いたいたのを良く覚えている。
姉さんが家を出たあと、お母さんと一緒に夏祭りに行った。
「ゆず、何か食べたいものある?」
優しい声色。
だけど、そんなものをそっちのけで、あたりをキョロキョロと見渡す。
もしかしたらお兄さんに会えるかも…。
なんて期待を胸に、純粋に彼を探していた。
だけど…。
「あら…ふふ…」
お母さんが小さく笑う。
その瞳の先に、私も目を向けた。
…え。
「あの2人、仲良しなのね」
初々しそうに声を上げるお母さん。だけど、2人の様子に舞い上がるお母さんの声が妙に耳障りに聞こえて…。
何よりも、手を繋いで嬉しそうにしている姉さんが憎くて仕方がなかった。
その瞬間、私の中で、パリンと音を立てて、何かが割れた。
よく使われるような表現だけど、本当にそんな音がしたんだ。
なんで姉さんだけあんなに楽しそうなの…。
なんで姉さんだけ、お兄さんと手繋げるの…。
なんで私だけこんな気持ちにならなくちゃいけないの?
…。
あ、そっか…。
奪われたんだから…逆に私が奪い返してもいいよね?
そうだよね?
姉さん?
「…柚葉?」
「…ごめん、お兄さん」
すると柚葉の手がするりと離れる。
一歩後ろに下がると、柚葉は俺の方へ顔を向けた。
パーンと弾けた花火が、ぼんやりと彼女の白い顔を映し出す。
柚葉はゆっくりと口を開いた。
「お兄さん…やっぱり姉さんのこと好きでしょ?」
「いや、だからなんで…」
「まぁ。そーだよね、逆にあんなに一緒にいたのに好きにならないわけないよね」
あはは…と苦しそうな笑みを見せると、花火の方へ顔を向ける。
タイミングよく上がった花火は、失敗した歪なハートのような形をしていた。
「…」
花火をぼんやりと見上げる柚葉の横顔が、儚く、吹けば消えるような、悲しい空気を醸し出す。
そんな柚葉を見て、自然と拳に力が入った。
手のひらにツーンと、爪の食い込む鈍い痛みを感じた。
なんで俺はこの場において、柚葉に好きと言ってやれないんだ…。
すごく簡単なことじゃねーかよ、自分の彼女にたった一言、好きって伝えればいい話なんだよ…。
…。
なのに…。
なんでそれを言おうとすると、琴葉の笑顔が頭に浮かんできて、俺の喉を締めるように言葉が詰まるんだよ…。
「…ふふ、そっかぁ〜」
柚葉が笑う。
その瞳の端の方に薄く水気を帯びているのを見て、胸がギュッと押しつぶされた。
「私じゃ…ダメだったんだね」
「ダメなんかじゃ…」
その瞬間、柚葉は俺の体に腕を回し、胸元に顔を押し付ける。
グリグリと頭を擦り付けた。
「いいの…お兄さんは男の子なんだし、色んな女の子に恋をして、手繋いで…それで子供とか作って…」
言葉の合間に嗚咽が混じる。
それでも柚葉は言葉を続けた。
「それで、人生の最後に、この人で良かったって思えるような人と一緒に居られるような幸せを、掴む権利がある人だから…」
そう言って、柚葉は俺から離れる。
そして、にこりと笑った。
「私たち、ここで別れよ?」
その言葉以外の音が消失する。
花火の音、ひぐらしの音、人の音も全部。
柚葉の瞳の端から、ツゥーっと涙が筋を引いて、落ちていく。
花火が弾けた。
そして俺は…。
綺麗なその顔に、何も言えなかった。
柚葉がゆっくりと歩き出す。
そのすれ違いざま、
「ありがとう、楽しかったよ…」
と、呟いた柚葉の横顔が、ひどく悲しい表情をしていたのが、脳裏に焼き付いた。
その背中を見送る。
追おうと思えば追えたはずなのに…俺にはそれが出来なかった…
はぁ…。
ため息を吐き出す。
初めてできた彼女…、可愛くて料理が上手くて…何より、初めて好きだと言ってくれた柚葉。
そんな彼女を失ってしまった。
分かってる、全部自分のせいだ。
本気で好きになってくれた柚葉に、本気で向き合えなかった俺のせいだ。
「…はは、俺…サイテー」
口から漏れる乾いた独り言。
花火の音でかき消されて、運が良かった…。誰かに聞かれてたら恥ずかし過ぎて死にそうだ…。
そして、
まさにその瞬間だった。
「…カズ?」
その声にぎょっとする。
いや、そんなはず…。
とゆっくり後ろを振り向く。
「ねぇ…今のって…」
琴葉の前髪が揺れた。
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