第15話 大切な人
「…」
「…」
俺たちはお互いに花火を見ながら黙っていた。
斜め上の空には、色とりどりの花火が咲いているのにも関わらず、見上げる俺たちは無表情で、無頓着。
続いた沈黙に咲いた色なんて、白でも黒でも無い、何色にもなれない灰色だった。
「…柚葉、だったんだね」
琴葉がボソリと呟く。
俺はその言葉に小さく首を、縦に振った。
「あぁ…柚葉だ」
「…ふふっ」
琴葉が小さく笑った。
「なんだよ」
「ううん、なんか意外だなーって」
「意外?」
「うん。だってさ、まさか自分の妹だなんて思わなかったもん。でも、まぁ、よくよく考えればそうだったのかなーって」
そう言うと、体をくるりと回転させ、橋の手すりに寄りかかる。
花火と反対方向の月を見つめて、語るように口を開いた。
「二ヶ月ぐらい前かな、柚葉、凄い嬉しそうな顔しててさ、どーしたの?って聞いたら、「姉さんにはひみつーっ!」って笑ってた。まぁ、あの子あんな可愛い顔して、すっごく性格悪いからさ…たぶん…てか、私に一泡吹かせたかったんだろうね」
「…一泡吹かせる?」
「あ、ううん、なんでもないよ」
まるで禁句を口にした時のように手をバタつかせ、誤魔化す。
いや、めちゃくちゃ気になるんだけど。
「…まぁ、合点はいったかなー」
そう呟き、広角を少しだけ上げる。
そして、こちらに体を向けた。
「で、カズはどーなの?」
「どーなのって…」
「…だから柚葉のこと、好きなの?」
その質問に、キュッと胸が締め付けられる。
柚葉のことは本当に好きなんだ。可愛いし、料理も上手いし、何より一緒にいて本当に楽しい。
だけど…。
…。
だからこそ、俺にとって、琴葉の真面目な眼差しが、この上なく辛かった。
「…好き…なんだけど…正直分かんねーよ」
思わず琴葉から目を離す。
あぁ、俺ってマジで情けないな…。
「なんで分からないの?」
…。
生唾をごくりと飲み込む。
喉仏がぐるりと嫌な音を立てた。
「好きな人がいるんだ…柚葉と同じぐらい、そいつのことが好きで、柚葉と一緒に昼飯食ってる時も、海を眺めてる時も、花火見上げてる時も…手繋いでる時も…頭の片隅には、いつもそいつがいてさ…。」
視界の片隅で、琴葉の肩が上下する。
俺は続けた。
「…俺って情けないよな…付き合ってる彼女が居るってのに、ずっと違う人のこと考えててさ…だから、なんか分からなくなっちまった…」
きっとこんな俺を見て、琴葉は失望したと思う。
でも、仕方ない。
ずっと曖昧だった俺が全部悪いんだから。
…。
「そっか」
次の瞬間、琴葉の腕が俺の背中に周る。
ふわりと、シャンプーのいい香りがした。
「琴葉?」
「…仮にね、本当に仮の話。カズの言うその人が私だったとして、私は凄く嬉しいよ」
小さく息を吸って、でもね…と続ける。
「でもね、それでも、カズが柚葉と付き合い続けてるってことは、カズの中で一番は柚葉で、本当に幸せにしなくちゃいけないのも柚葉なの」
…。
「だからさ…」
その声に、湿り気が帯びる。
腕が離れて、トンと体を押された。
「行ってあげて、柚葉のとこ」
にこりと、いつもの笑顔でそう言った。
その瞬間、胸の中のモヤモヤが少しずつ晴れていく。
そして、ふと頭によぎったのは、暖かくて、一緒にいるだけで幸せな気持ちになる、柚葉の笑顔だった。
…そっか、俺、そうだったんだ。
「ありがとう、琴葉」
「うん。てか、早く行かないと追いつかないよ、ほら走って!」
「おう!」
そう返事して、琴葉に背中を向ける。
…。
「あ、その前に…」
「ん?どーしたの…って、にゃ!」
俺はさっと振り返り、琴葉の体に腕を回す。
そして、そっと耳元で囁いた。
「さっきの話、全部お前のことなんだ」
「えっ…」
「それじゃ、行くわ!」
次こそ琴葉に背を向け走り出す。
頬を赤く染め、ぼんやりと俺を見つめる琴葉に未練が無いなんて言ったら嘘になる。
でも、それでも…。
今は追わなくちゃいけない、大切な人がいるんだ。
だから、ありがとう。
琴葉。
カズの背中が、どこの誰かも分からない人の中に消えていく。
「…あはは」
くるりと体を回転させ、花火の方へ向き直る。
ピンク色の花火が大きく弾けた。
「そっか…両思いだったんだ…私たち」
—さっきの話、全部お前のことなんだ。
カズの口から出たその言葉は、私の頭の中で何回もバウンドして、顔の熱をふわりと上昇させる。
嬉しい。
だけど、それと同じぐらい、寂しくて仕方がなかった。
もし、私が先に告白してたら、カズの隣にいるのは私だったのかな?
…。
でも、せっかくなら、柚葉には幸せになってほしいな…。
だって私の大好きな人が…。
「あれ…あはは…やだな、私…」
生暖かいものが頬を伝う。
ちゃんと、諦めたはずだった。
カズに好きな人ができたって言ってたから、応援しようとも思った。
全部、本当だった。
なのに…。
—さっきの話、全部お前のことなんだ。
「そんなフラれ方したら、諦められなくなっちゃうじゃん…」
顎を伝って落ちた涙が、手すりの上で水滴になる。
それに反射した花火が妙に儚く目に映った。
「カズのバカ…」
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