第13話 祭りばやし
ピンポーンと鳴り響くインターフォン。
ウエストポーチの中に財布とスマホを入れ、体の前にかけると玄関を開けた。
「…え?」
「カズおそーい」
目の前の光景に思わず息を呑む。
心臓がドキリと跳ねた。
「琴葉…なんで?」
すると、今日ここに居るはずのない琴葉は俺をじっと見つめ、クスリと笑った。
「やっぱりそんなに似てるんだ」
そう呟くと、髪の毛を後ろで縛る。
小さくウインクをして見せた。
「ごめんね、おにーさん。びっくりした?」
ルンと揺れるポニーテール。太陽のようなパッと明るい笑顔。
目の前にいる人物を柚葉と理解した瞬間、肩の力がストンと落ちた。
はぁ…と、ため息を吐く。
「あぁ、心臓止まるかと思ったわ」
あはは、といたずらに笑う柚葉。
前髪がサラリと揺れた。
「ね、今日の格好…どーかな?」
そう言われて、頭から下へ目を移す。
白の肩開きフリルトップスに、爽やかなミントグリーン色のフレアースカート。
足元には白いハイヒールサンダルを履いていて、全体的に清楚な印象を与えつつ、しっかりと大人っぽいコーデだった。
でもなんか、琴葉のコーディネートに似ているような気がした。
…まぁ、姉妹だから似たような格好になるのだろう。
「うん、よく似合ってるよ」
「えへへ〜、ありがと」
と分かりやすく照れた。
「でもね、実は少しだけ姉さんに手伝ってもらったんだー」
「手伝ってもらった?」
「うん、お兄さんが好きそうな洋服を選んでもらったの」
あぁ、なるほどな。
なんとなく柚葉のコーディネートに似てる気はしてたけど、そういうことだったんだな。
…てか、俺こういう格好、好きだって思われてたんだな…。
まぁ、ドストライクだけど。
「お兄さん?」
「あぁ、なんでもない。ボーッとしてた」
「ふふ、珍しいね。それじゃ行こっか」
そう言うとこちらに手を伸ばす。そしてにこりと笑った。
「お兄さん!」
「おう」
柚葉の手を握る。
これから屋台で美味しいものを食べて、遊んで、花火を見て。
柚葉との楽しい時間を過ごすはずなのに、頭に浮かんできたことは、家にいる琴葉のことだった。
あいつは、いま家で何をしているのだろうか。
そんな気持ちで、いっぱいだった。
「わぁ、すごい」
「…あぁ、すげぇ人」
祭りのメインストリートを目の前に俺たちは唖然としていた。
その理由はこの人だかりだ。
まずぱっと見で歩けるスペースが見つからない。
なんでよりにもよってこんなに…。
あぁ、そうか。そう言えば今年は花火が上がるんだった。
だから皆んな、ここにいるんだろう。
俺たちが今年の夏をいい思い出にしたいように、ここにいる人たちもまた、そうなんだろうな…。
なんだかそう思えたら、他人の事なのに嬉しくなってきた。
握る柚葉の手に少し力を入れると、自分の方へ引き寄せる。
柚葉は驚きの表情を見せた。
「お兄さん?」
「はぐれると面倒だから、離れんなよ」
すると、目をきらりと輝かせ、嬉しそうに、うん!とうなずく。
俺の手にキュッと心地のいい圧を感じた。
「ありがと、お兄さん♪」
ふふっと笑う柚葉。
その頬がぼんやりと赤くなったような気がしたのは、この暗がりを照らす提灯のせいなのだろう。
俺と柚葉は歩き出した。
「おにーさん、下手くそー!」
引き金を引き、ことごとく外れるコルクを眺めて柚葉はお腹を抱えた。
次弾装填しながら、ツボる柚葉に口を開く。
「いや、これ難しいんだって!」
「それにしても酷すぎるよ!」
「あーもー!それならやってみ?」
そう柚葉に銃を渡す。
人差し指で目元涙を拭うと、銃を受け取った。
よく見る、お祭りスタイルでぬいぐるみに銃口を向ける。
引き金をゆっくりと引いた。
ポン!
そんな音を立てて飛び出したコルクはクマのぬいぐるみの額部分に命中。
景品棚の後ろに倒れていった。
「え、やったー!」
「お嬢ちゃん命中! いやーうまいね!」
はいよ、と的屋のおじさんにぬいぐるみを渡され、それを嬉しそうに受け取る柚葉。
物凄いドヤ顔を見せた。
「お兄さん♪ 取れたよ♪」
「…はい」
そんな俺を見て、また笑いが止まらなくなる柚葉だった。
あれから、かき氷を食べ、焼きそばを食べ、金魚すくいを堪能した俺たちは、花火見物の指定場所に来ていた。
お祭り会場から少し離れたところにある河原にはすでにブルーシートを広げたお客さんたちが座り込んでいた。
「だいぶ混んでるな」
「だねー」
俺の隣を歩く柚葉は熊のぬいぐるみを片手にルンルンとしていた。
「どこかいい場所ねーかな…」
「いい場所…、あ、あそこは?」
そう言って指差したのは、向こう側に架かる橋の上だった。
「座れないけど人、少ないよ?」
「そうだな…ちなみに柚葉は足疲れてないか?」
「うん、大丈夫だよ」
「そっか、それじゃ行こうか」
柚葉の手を引き歩き出した。
すれ違う人たち、わずかに匂うアルコール臭。少し離れたところに見える提灯の赤。
みんなそれぞれが特別な日で、特別な時間。
普段は一緒になれない、普段は仕事で会えない。
だけど今日は無礼講。
みんな楽しそうに、同じ顔をしていた。
…。
だからこそ、今日ここで笑えていない琴葉のことを思うと、胸が苦しかった。
今年は柚葉と2人で来ると言ったのは俺だ。
柚葉と付き合ったのも俺だ。
あいつに内緒にしてるのも俺だ…。
分かってる、全部自分で首を絞めて苦しくなってるだけなんだ。
「ここなら、よく見えそーだね」
「…あぁ、だな」
柚葉がにこりと笑ってくれる。
それを素直に可愛いと思えばいいのに…なんで俺は、頭のほんの片隅にも琴葉のことを考えてしまっているのだろうか…。
柚葉は可愛いし、料理も上手いし、何より俺のことを本当に好きでいてくれる。
だから俺も柚葉は好きだ。柚葉がそうしてくれる分、俺だってその気持ちに応えてやりたい。
なのに…
なんで俺の頭の中には琴葉と柚葉、2人の顔が出てくるんだろう…。
…。
結局、俺はどっちなんだろうか…。
「ねぇ、お兄さん」
柚葉が俺を呼ぶ。
その声のトーンの低さに驚きつつも言葉を返した。
「ん、なんだ?」
柚葉は、遠くの方を見つめたまま、ゆっくり、静かに口を開いた。
「…私のこと、本当に好き?」
その瞬間、ヒューッと音を立てて花火が上がる。
パーンと音を立てて弾けた花火が夜空を彩る。
刹那、ぼんやりと照らされた柚葉の横顔が、やけに寂しそうに映ったのは、気のせいではないのだろう。
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