第12話 お兄さんの好み

「それじゃおにーさん! 6時に行くね!」


「あぁ、分かった。しっかり準備しとくわ」


「うん! それじゃまたねー!」


 7月14日火曜日。


 今日も普通に学校があった俺たちは、こうして帰宅中というわけだ。


 もちろん中には、そのまま学校で待機して制服のまま行く奴もいるけれど、明日も学校があるし、なによりそんな時間まで制服を着て行きたくない。


 ドアノブを握るとこちらに振り向き、にこりと笑う。


 パタパタと嬉しそうに手を振りながら玄関の中へと消えていった。


 …。


「さて、行くか」


 この一ノ瀬家から徒歩2分の自分の家へ足を進めた。





 ふんふんふーん♪


 あー楽しみー!


 家に入ると、バスタオルと下着の着替えを持ってすぐにシャワーを浴びる。


 だいたい20分ぐらいだったかな、色んなことを考えてたら意外と時間かかっちゃった。


 バスタオルで体の水分を拭き取ると、制服ごと洗濯機に入れてボタンを押す。


 すぐに部屋に上がるとガラリとクローゼットを開けた。


「どれにしようかな〜、そう言えばお兄さん、どんな格好が好きなんだろ…」


 この前のデートの時、可愛いと言ってくれた服がいいだろうか…でもお兄さん優しいからどんなものを着ていっても、褒めてくれそう。


「ん〜迷うー…」


 その時だった。


 ドアがノックされて、姉さんの声が聞こえた。


「柚葉? 入るね?」


 ガチャリとドアが開き、可愛い顔がぴょこんと覗く。


「どうしたの姉さん?」


「ううん、特に大切な用じゃないんだけど、今日、夜ご飯食べる? …って聞く必要なかったね」


 きっと下着姿で私服を選んでる私をみて、瞬時に察したのだろう。


 私はにこりと微笑み、手を合わせた。


「ごめん、今日お祭り行ってくるね」


「うん、りょーかい。楽しんでね」


「うん!」


 優しく微笑むと、姉さんの顔が引っ込む。


 …。


 いや、姉さんなら…。


「あ、待って姉さん!」


 ドアが閉まる直前で姉さんを呼び止める。


「なに?」


 私は口を開いた。


「今日さ、友達と行くんだけど服が決まらなくて…だからちょっと付き合って欲しいんだけど…いいかな?」


 すると、少し驚いたような表情を見せて、うん、と頷いた。


「柚葉も可愛いとこあるんだね」


「もー、それどういう意味?」


「ふふ…いや女の子なんだなって」


 姉さんが小さく笑う。


 だけど、その友達と言うのが、お兄さんだと知った時、姉さんはどんな表情をするのか。


 その時もこうやって笑うのだろうか。


 …。


「ふふ…」


「どうしたの柚葉?」


 そう言われてハッとする。


 慌ててにこりと笑った。


「ううん、なんでもないよ!」


「そう…それでどんな感じにしたいの?」


「んー、そうだね…仮に姉さんだったらこういう日ってどういうの着てくの?」


 その質問に一瞬の戸惑いを見せる姉さん。


 だけどすぐに考える仕草を見せる。


「んー、私だったら…」


 とクローゼットへ目を向けた。


 その背中を見て、私は思わず口角を上げてしまった。


 今姉さんはどんなコーデを考えているのか…。


 私にはなんとなく分かった。


 だから私は姉さんに頼んだ。


 — 姉さんだったらこういう日ってどういうの着てくの?


 その質問で想像したのはきっと、隣にお兄さんがいる夏祭りの夜だから。


 姉さんが服を手に取り、こちらに振り向く。


「こんなのどうかな?」


 言われた通りに服を着こなし、試しに鏡で見てみる。


「わぁ…きれい」


 ミントグリーン色のフレアースカートに、白色の肩開きフリルトップス。


 清楚感を出しつつも、ミントグリーンで夏ぽく爽やかに仕上がった、可愛らしいコーデだった。


 へぇー、お兄さんこういうの好きなんだ…。


「どうかな?」


「うんありがと!姉さん!」


「気に入ってもらえて良かった。それじゃ楽しんでね」


「うん!」


 ふふ、と笑い部屋を出ていく姉さん。


 だけどその一瞬、どこか辛そうな顔をしていた姉さんを見て、まるでなにかの勝負に勝ったような感覚になった。


 …。


 ははは…。


「ほんとにありがとね…、姉さんの分まで楽しんでくるから」


 誰もいなくなった部屋で私はそう呟いた。


 …あ、そうだ。


 試しにこれで行ってみようかな…。


 ポニーテールの触覚にしていた髪を下ろし、もう一度鏡で自分を見る。


 お兄さんの反応も、楽しみだな…。


 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る