第11話 約束
…。
小さい頃。
私は彼と初めて2人で夏祭りに出かけた。
確か小学4年生の頃だったと思う。
それまでは柚葉と、どちらかのお母さん来てくれて、私たちを見守ってくれていたけど、その時だけは、和樹と2人きりで夏祭りに行きたかった。
だから、私は勇気を出して言ってみた。
「ねぇ、カズくん、夏祭りなんだけど2人で行かない?」
その勇気は、本当にちっぽけで、思い出すだけで鼻の頭が痒くなる。
だけど、その時の私にはそれが精一杯の勇気だった。
「うん、分かった」
和樹は首を縦に振ってくれた。
そして夏祭りの日。
私たちは2人で人混みの中を歩いた。
ぼんやりと提灯が照らす暗がりに、照明に集まる昆虫。
チョコバナナの甘い香りと、焼きそばのソースの匂いの中を。
「…琴葉」
和樹に名前を呼ばれて、顔をそちらに向ける。
するとその瞬間、左手をぎゅっと握られて、心臓がドキリと跳ねた。
「カズ…くん?」
彼も恥ずかしさから、顔が赤くなっていて、視線も私と合わせてくれない。
だけど、優しくこう言うのだった。
「人多いから…迷子にならないように」
その時の和樹が妙に大きくて、かっこよく見えたのを私はまだ覚えてる。
そして何よりも、本当に嬉しかった。
この人混みの中、私をつなぎ止めてくれる彼の手が。
夏祭り最後の和太鼓パフォーマンスを2人で見て、その帰り道。
「カズくん」
「ん?」
「また来年も一緒に行こうね」
「あぁ、また来年も一緒にな」
ぼんやりと提灯が和樹の笑顔を照らす。
その時。
小さな心音と、体の奥からふわりとした暖かさに初めて、恋というものを理解した瞬間でした。
「え…」
ごめん、と、言って手を合わせる和樹。
私の中に不安が一気に広がる。
動揺が隠し切れなかった。
「今年は…ダメなの?」
「…今年は一緒に行く人がいて…だからごめん」
…。
和樹がごめんと言う時は本当にそう思っている時だ。だっていつもは、『わりぃ』とか、『わるい』って言うから。
…。
落ち着け、私.
私は小さく息を吸うと、口角を上げる。
彼を小馬鹿にするように口を開いた。
「へぇー、私以外の人と行くなんて珍しいじゃん。なに? 好きな人でもできた?」
「…」
…え。なんで黙るの。
その沈黙に、私は慌てて言葉を返す。
「あ、あはは…そっか、まぁ楽しんでね!」
そう言って、彼と逆方向へ足を進めて行く。
最初はゆっくり、そして彼との距離が遠くなるごとに、私の足は早くなって、最後にはもう半ば走っていた。
聞くんじゃなかった…。
どっと押し寄せる後悔。
別にカズだって男の子だし、女の子に恋をするのだって全然おかしいことじゃない。
だけど…。
その和樹の好きな人が、私であってほしかった。
今年の夏祭りも、彼の隣にいるのが私であってほしかった。
建物の端っこの方へ来たあたりで、頬を生暖かいものが伝う。
それはなんど拭っても、無限に溢れ出してきて。
私の袖を生暖かく濡らしていく。
別にフラれたわけでもないし、関係が崩れるわけでもない。
なのに、胸の中にあるこの敗北感によく似た気持ちは一体なんなのだろう。
私には、どうにもその正体が分からないのでした。
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