第10話 ジャージ

 6月30日。


 雲が低く、今にも雨が降り出しそうな昼のことだった。


 俺と柚葉はいつも通り、あの教室にいた。


「はい、お弁当」


「おう、いつもありがとな」


「えへへ〜だってお兄さんのためだもん♪」


「…ありがとう」


 にこりと笑い、自分の弁当箱を開ける。


 俺も弁当箱の蓋を開けた。


 タコさんウインナー、卵焼き、野菜炒め、唐揚げ。


 毎回思うのだが、これを作るのにどれだけ朝早起きしているのだろう。


 それを考えるだけで嬉しくもなるし、逆に柚葉に負担になってないかと不安にもなった。


 だから、そのお礼として…柚葉の彼氏として、せめて柚葉が楽しいって思えるようにしようと思っている。


 きっとこれは等価交換とは言い難いかもしれない。


 でも、今俺ができる精一杯を、柚葉にしてやりたかった。


「なぁ、柚葉」


「ん?」


 口をもぐもぐしながら顔を上げる。


 そんな可愛らしい柚葉に向かって俺はスマホを見せた。


 スマホの画面を柚葉が覗く。


「7月14日…夏祭り?」


「うん。毎年お祭りあるだろ? 良かったら一緒に行かない?」


「え…」


 と、声を出すと、戸惑いの眼差しでこちらに顔を向ける。


 でも…と口を開いた。


「毎年、姉さんと行ってたでしょ? 今年はいいの?」


 …。


 そう、この夏祭りには、毎年琴葉と2人で行っていた。

 

 でもそこに恋愛感情は一切なく、ただ単純に幼馴染みだったからというだけ。


 本当にそれだけだった。


 だから、今年の夏祭りは柚葉と行こうと思う。


 初めてできた彼女と2人っきりで。


「あぁ、でも今年は柚葉と2人で行きたいんだ。それに今年は花火が上がるらしいから、いい思い出になるかなって」


「お兄さん…」


 ふふっと小さく笑うと、うん!と嬉しそうに頷いた。


「嬉しい、ありがと♪」


「あぁ、楽しみにしといてな」


「うん!」


 そして、ふふっと2人で笑い合う。


 俺は卵焼きを口に入れた。


 まだ2週間ぐらい先のことだけど、もう俺はその日が楽しみで仕方がない。


 手繋いで、屋台で遊んで、そんで最後には2人で肩並べて花火を見上げられればいいなって。


 何よりも、それで柚葉が一番楽しんでくれればいいなって。


 そして、お互いに弁当を食べ終わったぐらいのタイミングだった。


「今日もありがとな。美味しかったわ」


「えへへ〜お粗末様でした♪」


「そんじゃ、行くわ」


「うん…あ、待ってお兄さん」


 そう言うと、柚葉はカバンから1着のジャージを取り出しこちらに渡す。


 それを手に持った瞬間。


 何故か心臓が小刻みに動き出し、胸が苦しくなった。


「この前は、姉さんに貸してくれてありがとね♪」


「…あぁ、次は貸さねーからって言っといてな」


「うん!」


 そう頷いて、にこりとした笑顔を向けると、教室を出て行く。


 俺は受け取ったジャージに落とす。


 『渡瀬和樹』


 正真正銘、俺のもので、この前琴葉に貸したものだ。


 それをなんで柚葉が返しに来たのだろう…。


 よく分からない。


 だけど…。


 何故か今の柚葉の笑顔が、妙に怖かった。







 

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