第9話 私のもの

 急に雨が降ってきて、急いで走ったけど間に合わなかった。


 玄関でスカートを絞ると、玄関のドアを開ける。


「あ、柚葉おかえりー」


 姉さんの声が聞こえた。


「ただいま姉さん」


「あー、柚葉も間に合わなかったんだー」


「急に降ってきて走ったんだけど…ダメだったね」


「あはは、先にお風呂入っちゃいなよ、寒いでしょ?」


「うん、そうするね」


 靴と靴下を脱いで玄関をあがる。


 廊下を進み、脱衣所に向かう途中、開いているドアから見えた姉さんは、いつもよりも楽しそうだった。


 …何かあったのかな。



 

「…ふぅ、さっぱりした」


 ドライヤーで髪を乾かして、ふと鏡に目を向ける。


 いつもはポニーテールの触覚にしているけど、家にいる時はさすがに髪を下ろす。


 それもあってか、鏡に写る私は姉さんによく似ていた。 


 ぱっちりとした目、高い鼻に薄い唇。


 正直自分が可愛いという自覚はあった。でも、だからと言って、チヤホヤされたり人気者になりたい訳じゃない。


 私はただ、お兄さんのカノジョで居られればそれでいい。


 脱衣所を出るとリビングへ向かった。


 「え…」


 そしてふと目を向けた先のそれに、私は思わず固まってしまった。


 紺色の学校指定のジャージ。


 なんの変哲もないジャージなんだけど、そこには刺繍で『渡瀬和樹』と書かれていた。


「今日さ、カズと一緒に帰ったんだけどね、途中で雨降ってきちゃってさ」


 姉さんはご機嫌にそんなことを言いながら包丁を動かしていた。


「それで、すごいずぶ濡れになっちゃってさ…そしたら、やっぱりカズって優しいの…とりあえず着てろって」


 ふふっと嬉しそうに笑う。


 …。


 何故かそんな笑い声が気に食わなかった。


 ふと、姉さんの方へ目を向ける。


 …あぁ、そうだ、忘れてた。


 確か姉さんも、お兄さんのこと好きなんだっけ。


「ふふ…」


「ん? どーしたの柚葉?」


 私はにこりと笑ってこう答える。


「ううん、なんでもないよ。お兄さん優しいよね!」


「うん、あんなに優しいのに、カノジョいないのが不思議だよねー」


「うん、だってその人、私のものだもん」


 ボソリと呟く。


「ん? なんか言った?」


「ううん…なんでもないよー。あ、今日は冷やし中華?」


「うん、柚葉が喜ぶかなーって」


 ことんとテーブルに皿を置く。


 「ありがとう、姉さん」


 可愛くて、料理が上手で、優しい姉さん。


 でも、ちょっとわがままで、小さい頃はよく姉さんにいろんなものを譲ってきた。


 だけど、お兄さんだけは譲れないから。


 姉さんにはあのことをまだ伝えてない…。


 だから、もう少しだけ届かない片思いに酔っていてね。


 姉さん。


 


 


 

 

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