第5話 柚葉Days
「おにーさん♪」
「おはよう柚葉」
「えへへー、おはよ〜」
5月2日の土曜日。
俺たちは駅で待ち合わせをしていた。
そして時刻は9時30分。柚葉は予定通りやってきた。
「柚葉の私服かわいいじゃん、よく似合ってる」
「ほんと!? 似合ってる!?」
目をキラキラさせ、前のめりになる柚葉。
そんな柚葉の頭に手をポンポンと乗せると、にこりと笑う。
「うん、本当にかわいいよ」
「えへへ〜、お兄さんのために1時間も服選んでたからね〜♪ 」
え、1時間…。
と言いかけて、直前で言葉を飲み干し、優しく微笑みかける。
「そっか、ありがとう」
「うん! それじゃ、思いっきり遊ぼーね!お兄さん!」
そう言って、満面の笑みを見せる。
前髪がサラリと揺れた。
なんていうか、この純粋な子供っぽさが、すごく可愛いなと思った。
「わぁ〜…」
薄暗い空間を所々照らすのは、ガラスを挟んでできた、神秘的な青色の世界。
その中のクラゲがふわふわするたびに、柚葉の頭が上下した。
クラゲも可愛いけど、それと同じくらいふわふわしている柚葉がかわいい…。
なんとなく、ゆるふわ系女子って言葉を理解した瞬間だった。
「柚葉、クラゲ好きなのか?」
「うん、見てて癒されるから好き」
その後も、クラゲがふわふわするたびに、わぁ〜と声を上げる柚葉だった。
「ん〜!楽しかったー!」
「そっか、それなら良かった」
「えへへ〜、それで、次はどこに行くの?」
「次は、あそこ」
そう言って指をさしたのは橋を渡った先に浮かぶ大きな島、江ノ島だ。
登りが多く少しハードかもしれないけど、でも時間的にはぴったりかな…。
「あ、江ノ島って縁結びの神様のやつだよね?」
「うん。あと、柚葉って御朱印帳やってるだろ? だからちょうどいいかなって」
「へぇー、お兄さん知ってたんだ…」
「まぁ、幼馴染みだしな」
「ふふ、ありがと」
小さく笑うと、柚葉は歩き出した。
時刻は16時40分。
江ノ島を観光した俺たちは、江ノ電に乗り、鎌倉方面へ向かっていた。
「ねぇお兄さん、今日は楽しかったね♪」
「そうだな、また一緒に来ような」
ふふ、と心地よさそうに笑う。
それとほぼ同時に電車内にアナウンスが流れた。
—まもなく〜七里ヶ浜〜七里ヶ浜…お出口は右側です。
「柚葉、ちょっと寄り道するよ」
「え?」
驚いている柚葉の腕を引くと電車から降りる。
シューッと音を立ててドアが閉まり、電車の後ろ姿を見送った。
「それじゃ、行こうか」
にこりと笑い、俺は歩き出すと、その後ろを怪訝そうな顔をしながら、柚葉がついてくる。
「お兄さん、どこに行くの?」
「ん? まぁ、それは見てからのお楽しみってことで」
「え〜、教えてよー」
あはは、と笑いで返した。
信号を渡り、コンクリートの階段を降りる。
そして着いたのは、七里ヶ浜だ。
潮の匂いが鼻を突く。
「ほら、着いたぞ」
柚葉の方へ顔を向けた。
…って、まぁ、そうなるよな。
砂浜への階段を降りると、柚葉はある方向を見たまま固まっていた。
俺もそちらに目を向ける。
分かってたけど、改めてすごいな…。
太陽が沈む間近のオレンジが、空と海を染め、遠くの江ノ島が黒くハッキリとしたシルエットで浮かび上がる。
波が引いた後の砂浜が赤い空を映した。
「…すごい」
「だろ?」
コクンと首を縦に振る柚葉。
その目はキラキラと輝いていた。
まるで景色に恋をしている様な瞳で。
日がゆっくりと沈んでいく。
完璧に地平線に沈むと、柚葉はこちらに顔を向けた。
「お兄さん…」
「ん?」
「今日はありがとう」
「なんだよ改まって。でも、俺も楽しかったわ、ありがとな」
「うん。また…ここに来たいなぁ」
「あぁ、明日でも明後日でも、一年後でも、柚葉が来たい時には連れて来てやるよ」
ふふ。と、心地よさそうに鼻を鳴らすと、ぼんやりと頬を赤く染める。
「ありがとう、嬉しい」
若干の上目遣いで、にこりと笑った。
サラリとした風が柚葉の前髪を小さく揺らす。
潮のいい匂いがした。
「それじゃ、帰るか」
「あ、待って」
左手にひんやりとした感触が伝わる。
細くてさらさらとしているそれは、柚葉の手だった。
突拍子のない行動に、思わず跳ねる心臓。
柚葉は若干恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「せっかくだから…手、繋いで帰ろ?」
「そうだな」
2人で足並みを揃えて歩き出す。
俺たちの足元には、手を繋いだ2人分の影が、ぼんやりと伸びていた。
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