第2話
「それじゃ、ひっぱるよ?」
「うむ、よろしく頼むのじゃ」
ようやく、この時が来た。大地にぶっ刺ささりし伝説に語られるその骨を、勇敢なる少女が引き抜く、その時が……!
「う~~~~~~~んっ!!!」
メリッサは、その小さな手でしっかりと骨を掴み、思い切りよく引っ張る。
「ぬおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
そして、リッチ・モンドもまた全身から声を上げ、引っ張られる。地面の下で骨もまたもがいているのだ。
「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~んっ!!!!!!!」
「ぬおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」
ひっぱり、もがく。ひっぱり、もがく。ひっぱり、もがく……。
二人ともが必死であった。引っ張るよりも骨まわりの土を掘った方が早いんじゃ? と、突っ込む存在は今この場には居ない。
しかし、だからこそ、今この時、メリッサとリッチ・モンドの心は一つになっていた。メリッサの額に、美しい汗が玉となって浮かぶ……そこにあるのは、種族を超えた友情ーーいや、、、
--はっ!? 骨さん抜かないと、骨さん狙ったワンちゃんに畑荒らされちゃうかも!?
家族思いのいい子、メリッサだった。
そして、リッチ・モンドもまた考えていた。
--済まぬ、人間の少女よ。儂、眷属を召喚したらいいの忘れとった……。
まぁ、結構な年月を生きているので仕方のない事なのだ。
だがしかし、太陽はやがて昇る、それと同じで昇らぬ骨もまた無い。その瞬間は、唐突に訪れた……。
スッポン。
軽い音と共に、骨が引っこ抜けたのだ!!
「うきゃっ!?」
それと同時に、メリッサも後ろにコロリンと転がる。そして、リッチ・モンドはというと、
「ぬおおおぉぉぉぉぉっ!?」
その勢いのまま、畑の空を飛び……また、畑へと突き刺さってしまうのであった。尚、今度は普通に抜け出す事が出来ましたとさ。
「助かったぞ、人族の少女よ! フハハハハ!! あ、これは感謝の証じゃ、口に合うといいがの」
「ふわぁ……骨さんは、ほんとに骨さんだったんだね……これ、なぁに?」
リッチ・モンドは空間に手を突っ込み、中をごそごそと弄ると、そこから一つのお菓子を取り出した。それは、俗に言うジャムクッキーというお菓子である。サクサクのクッキーの上にジャムを乗せただけのシンプルではあるが、ジャムの数だけ様々な組み合わせの存在するお菓子だ。
「うむ、ジャムクッキーである。ジャムはイチゴを使っておる故、安定の甘さじゃぞ?」
「……!!!?? あ、甘いの? これ、甘いお菓子なの!?」
「お、おぉう? う、うむ甘いぞ?」
メリッサのどえらい食い付きにたぢろぐリッチー・モンド。彼は知らなかったが、この世界、というか人類にとっては甘味という物は本当に貴重な物なのだ。それこそ、ただの村人では一生口にすることも出来ない程にである。
「……ゴクリ……サクッ…………!!!!!!!!????」
振るえる手でジャムクッキーを受け取ったメリッサは、恐る恐る……しかし、豪快に、一気呵成にロボロフスキーハムスターのような一口でジャムクッキーに齧り付いた。
めくるめく快感がメリッサの舌を、そして全身を支配する。これが、甘い……これが、甘いということなんだ……。自然と、メリッサの目から涙がこぼれていた。
まだ、一口……しかし、もう一口食べてしまったのだ。あぁ、減って行く……何故、食べると減ってしまうのだろうか? ずっと、ずっと減らなければいいのに! でも、食べないという選択肢もまた、無い。
「サクサクサクサクッ」
サックリとしたクッキーが口の中でホロホロと解け、砂糖の甘みと香ばしい小麦の香りが鼻孔を抜ける。なんという香ばしい香り……そして、ジャムだ。イチゴの贅沢に砂糖を加え、丁寧に煮込まれたであろうジャムの甘酸っぱさが、このサクサククッキーに更なるアクセントを加えてくる。
あぁ、甘いって、こんなに、幸せなことだったんだ……。
「……な、泣いてる!?」
尚、普段から普通に食っているリッチ・モンドは、その少女の様子にドン引き中である。
ちなみに、不死であるが故に魔力さえあれば食事を必要とはしないリッチ・モンドではあるが、嗜好品として味わうことは出来るので料理は趣味であったりする。味わう舌も、収めるべき胃袋も無いというのに、実に謎なことだ。
「う、うぅ……ぐす。無くなっちゃうよぉ、じゃむくっきー、無くなっちゃうのに……でも、止まらないよぉ~」
サクサク……ごくん。
そうして、メリッサの手の中にあった至高のサクサクは綺麗に胃袋の中に納まってしまったのであった。
「な、泣くでない、人族の少女よ! ジャムクッキーはまだまだあるから泣くでない! 儂は子供の涙は見たく無いのじゃ! ほら、よしよし。そうじゃ、ほれ紅茶でも飲んで落ち着くが良い!」
困ったのはリッチ・モンドであった。年齢など存在しないも同然の彼ではあるが、その気質はお爺ちゃん寄り。ようするに、孫くらいの子供の涙には弱いのである。ちょろい骨なのだ。
「ほ、ほんとに!!!? じゃむくっきー、まだあるの? くれるの!?」
そんなリッチ・モンドの言葉にメリッサはパーッと顔を輝かせる。その輝きは、まるで雨の後の青空にかかる虹のようであった。
「うむ。たったの一枚で感謝などと言う気はないのじゃ。ほれ、あちらに向おうか……机と椅子を様子するのからの、そちらでゆるりと楽しむとしよう」
リッチ・モンドはメリッサの手を引き、畑から離れ、平地となっている場所まで行くと、再び虚空に手を突っ込みそこから豪華な机と椅子を取り出し、地面へと置いた。机も椅子も、王城で使われていてもおかしくはないレベルの品なのだが、リッチ・モンドからすれば日用品でしか無い。その為、結構雑に扱われている。制作者が見たら泣き出しそうな光景ではあるが、その作成者もリッチ・モンドなので何の問題も無い。
数千、数万という時を存在する彼には、時間はまさに捨てるほどあった……手慰みに、大概のことは極めてしまっているのだ。
「ふわぁ~……」
お値段はわからないが、これがどれほどの物なのかはメリッサにもなんとなくわかる。精巧な彫刻がされた、いかにもお高そうなものだからだ。
--え、これこんなところに置いていいの? す、座ってもいいのかなぁ~?
メリッサ、内心はびくびくである。
しかし、その机の上には、置いてあるのである。アレが、ジャムクッキーが! 座るしか、選択肢は無いのだ。
「し、しつれいしますぅ~」
ちょこんと椅子に座るメリッサ。リッチ・モンドはその様子を見ると微笑ましそうに笑顔を浮かべ……骨だからわからないが……取り出したポットに茶葉を入れ、魔法で生み出したお湯をその中に注ぐ。リッチ・モンドお気に入りの茶葉ではあるが、名前は無い。リッチ・モンドが特に名付けなかったからだ。ちなみに、魔族の間では超高級品として扱われている。
ポットからカップへと紅茶を注ぐと、ふわりと淹れたての紅茶の良い香りが辺りを包んだ。
「あ、いい香り……」
その香りを嗅いだメリッサが、素直な感想を言う。リッチ・モンドとしては、妙にあれこれと言われるよりも嬉しい一言であった。
「フハハ! うむ、いい香りであるな……人族の少女よ、その素直な言葉、ありがたく受け取っておこう」
「骨さん、匂いもわかるんだ……お鼻無いのに?」
「うむ、わかるのじゃよ。儂七不思議の一つであるな!」
ちなみに、確実に七つ以上の不思議があるはずだが、数字には特に意味は無いので問題は無いのだ。
フハハハハ!ようこそ、リッチー・モンド『アンデッド農園』へ!! ~胃袋掴んで目指せ世界征服~ NeKoMaRu @nekomaeu
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