第19話 解放
そこから少し離れた場所、落ちた剣のすぐ近くで魔物がのた打っている。メラニーは危険を
パリンッ!
小さな
ひときわ強い絶叫のあと、ショーンの叫びが止まる。一気に脱力する身体。激しい
「ショーン、受け取って!」
エマの傍で地上に降りたメラニーが、蒼月を両手で捧げ持つ。メラニーの声に素早く片膝を立て、痛む右手を伸ばすショーン。その手に向かい、青い光が走った。
光が彼の手に収まると、一振りの剣の姿に戻る。すぐさま彼は立ち上がり、悶え苦しむ魔物に駆け寄ってその首を斬り落とした。
「よくも……忌々しい小娘ども!」
女の額のサークレットが輝き、女の指先から妖しい光が
熱い。雷に撃たれたような激しい衝撃と痛みが、ショーンの全身を貫く。彼の絶叫が響き渡る。
光がおさまると、ショーンは剣を握ったまま、力を失い勢いよく倒れ込んだ。ひどく苦しげな声を
「ショーン!」
「ショーンさん!」
メラニーとエマの悲鳴にも似た呼び声が聞こえる。
うなだれたまま、剣の柄を握った右手で上体を引き起こし、ショーンは今にも駆け寄ってきそうな背後のメラニーたちを左手で制した。蒼月に
「相手は、俺だろう。彼女らに――手を、出すな!」
剣を伝って地面に力の大半を逃がせたとはいえ、まともに食らった雷撃による身体への打撃はあまりに大きかった。まだ
片膝を立て、ショーンは両手で蒼月の柄を握った。剣を支えに彼は懸命に立ち上がろうとする。しかし、膝が浮くたびによろめき、何度も何度も地面に膝を突いて、なかなか立つことができない。そんなショーンを女は
「まだその身を盾に他人を守れるというのか? この死に損ないが!」
ショーンを睨む女の顔には、怒りとともに困惑と恐怖の表情が現れていた。女の額のサークレットが妖しく輝きはじめる。
彼の身体はとうに限界を超えていた。どうにか立ち上がることはできたが、まともに力を入れられない膝が、今にも折れそうにガクガクと震えている。まだ昼間だというのに、視界も暗い。この瞬間にも、自身の身体がみるみる衰弱していくのをショーンは感じていた。
(これ以上長引かせる訳にはいかない。これで、決める!)
ショーンは地面から剣を引き抜き、倒れるように駆け出した。女との間合いを一気に詰める。そして驚いた表情の女の額めがけて、蒼月を突き出した。蒼月の切っ先に、腕輪から光が走る。
パリンッ!
彼の額に貼りつけられた光がはじけたときと同じ、小さな硝子の割れたような音が響いた。と同時に、割れたサークレットの宝玉から黒い影が飛び出し、この世のものとは思えない叫びが
黒い影が
メラニーとエマが、倒れている二人に急いで駆け寄った。
「ショーン! ショーン! お願い、答えて!」
「ダメ、だッ………メラ、ニ……エマ……まだ、近づくな――ッ!」
メラニーが声をかけると、ショーンは閉じていた
声を出すだけで全身を駆けめぐる激しい痛み。起き上がろうと身じろぐが、当然起き上がれるはずもない。強く
辛うじて意識は保っているが、さすがにもう動くことはできそうにない。
「司祭さま!」
エマが倒れた女に駆け寄り呼びかけると、女の目がうっすらと開いた。
「う……エマ? ここは……」
「あなたと私で守っている教会です。司祭さま……」
エマの瞳が
「なんだかとても長い夢を見ていたような気がします。……ひどい夢でした。私が――」
司祭と呼ばれた女は額を軽く押さえながら、ゆっくりと上体を起こした。その目に、眉間に
「これは……まさか、私がこの方に? ――あれは夢ではなかったの?」
目を見開いた司祭の隣で、ショーンがぽつりと
「一か、八かの……賭け、だったが………良かった。正気に、戻れたん、だな」
安心したショーンは緊張を解き、ほんの一瞬表情を
右手で握っていた蒼月が腕輪に吸われて消える。ショーンの呼吸が浅い。失血がひどく、身体が冷えてきている。
「ショーン! しっかり! 絶対……絶対に死なせないんだから!」
メラニーの手に、あたたかな光が宿る。その手をショーンの額に
けれどもメラニーの力はそれほど残っていなかった。その光はだいぶ弱々しく明滅を繰り返しているように見える。
「私の力は微々たるものですが、私にも手伝わせてください、天使さま。――神よ、
祈りを捧げた司祭の手が優しい光を帯び、ショーンの胸に翳された。ほんの少し、ショーンを包む光が強まり安定する。
「ありがとう。助かります!」
メラニーは司祭に微笑みかけた。
ショーンの全身の傷が、内臓に達した深いものから少しずつ癒えていく。
しばらくするとショーンが
「……ありが、とう。おかげで、少し、楽になった」
ショーンの
「あの……ごめんなさい! 私は――あなたにこんな、ひどいことを……」
涙を
彼を包む光はだいぶ弱まっている。おそらく彼女たちの注いでくれている癒やしの力はもうすぐ尽きる。
大半の傷はほんの僅かに浅くなった程度だが、生命に関わりそうな深い傷はかなり浅くなってきたらしい。息をするだけで強く感じていた、触手に刺された腹の傷の焼けるような痛み。それも、少しずつではあるが和らいできていた。
弛緩毒の効果も消えたのだろう。痛みはあるが、腕は彼の意志通りに動いてくれそうだ。
ショーンは激痛に耐えながら、震える左手を伸ばした。そして
「気に、するな。あなたは、あの石に……その身を……乗っ取られて、いただけだろう。だからッ……い……い………」
消え入りそうな声で言うと、ショーンは再び意識を手放した。
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