最終話「わたしたちの戦いはこれからだ!!」
こんにちは! わたしの名前は
それじゃあ今日も、〈歪んだ心にピューリファイ! あなたの罪を、解かしてあげる!〉。まったね~! バイバ~イ!
◇
それから。
わたしは今日、新しい家族と会うことになっている。民間団体の人たちが、高校生のわたしでも引き取ってくれるような里親を見つけてくれたのだ。
わたしは事務所の扉を叩いた。
――コンコン
「失礼します。こんにちは、はじめまして」
わたしが挨拶しながら部屋に入ると、ソファーに座っていた二人の大人はすぐにこちらに気づき、立ち上がった。
「こんにちは。はじめまして」
「あなたが氷華ちゃんね。はじめまして」
三、四十代くらいの男性と女性だ。どちらも愛想がいい感じの素敵なご夫婦だった。
わたしは今、十六歳の高校二年生。十歳より前の記憶がまったくなくて、それから六年間の記憶もところどころ欠けている。学校に通った記憶はあるんだけど、家で過ごした記憶がほぼまったくない。誰と過ごしていたのか、一人で過ごしていたのかさえよく思い出すことができない。
気づいたころには、新しく親になってくれる人を探すことになっていた。いつの間にそんな話が進んでいたんだろう。よく思い出せないから、何もわからないけど。
◇
新しい両親に連れられて、さっそくうちに帰ることになった。夫婦で飲食店を経営しているらしくて、毎日おいしいご飯が食べられることは請け合いだと言われた。
店先に掲げられた横長の看板には、達筆な字体で『ひょうか亭』と書かれていた。何でも、自分たちの店の名前と偶然同じ名前の子どもがいると聞いて、運命を感じてわたしを選んでくれたらしい。どうしてこのような店名にしたのかは、不思議なことに誰も思い出せないそうだ。
――カランコロン
店の内装はシックな喫茶店といった感じだ。カウンターがあり、木製のテーブルがいくつか並んでいる。
「お腹すいてるでしょう。何食べる?」
「氷華ちゃんは、好きな食べ物とかあるのかい?」
うれしい。お金を払わなくても飲食店の料理が食べられるのね。何という贅沢。
わたしの好きな食べ物は、何といってもエビフライよ。
「じゃあ、エビフライが食べたいです。わたしの一番好きな食べ物なんです」
「おっ、やるねえ。エビフライ定食はうちの看板メニューなんだよ」
「昔は毎日のようにエビフライを食べてくれる人がいてねえ。……あら、でもそれって誰だったかしら。たしか五年くらい前まで来てた気がするんだけど……」
「まあ、いいじゃないか」
「ええ、そうね。氷華ちゃん、すぐできるから待っててちょうだいね。いつも以上に腕によりをかけて作っちゃうから」
「はい、ありがとうございます」
すてきだわ。職業料理人の腕で作り出されるエビフライを、これからは毎日食べられるのね。この人たちは、出会うべくして出会った両親だという気がする。運命なんじゃないかしら。
「あ、氷華ちゃん。デザートは何がいいかな? はい、メニューをどうぞ」
「ホットケーキやプリン、ソフトクリームやシャーベットなんかが人気かしらね」
「これは迷いますね。ちょっと待ってください」
メニューを開く。デザートと言えば、わたしはもっぱらシャーベット一筋だった気がする。でも、最近では急に飽きちゃったみたい。全然食べる気にならないのよね。
よし、決めた。この名前の長いスイーツにしよう。
「それじゃあ、この〈ミルキーホイップ・ダイヤモンドビューティ・ブラック&ホワイトハッピー・マーメイドパルフェ〉っていうやつください。何だかわからないけど、とっても心惹かれるから」
「わかった。じゃあ、ミルキーパルフェひとつ」
「ミルキーパルフェひとつね」
なんだ。結局略しちゃうのね。
そうこうしているうちに、エビフライ定食が出てきた。
さてさて、出来立てのうちにさっそくいただいちゃいますかね。世のありとあらゆるエビフライを食べ尽くしてきた、エビフライマイスターとも呼ぶべきこのわたしの舌を満足させることができるかしら? まあ、どんなエビフライであっても、いつも心からおいしいと感じちゃうんだけどね。
「いただきまーす」
「めしあがれ」
わたしは箸でエビフライをつかんだ。
――ザッ
むむっ。箸を伝ってくる、この衣ざわり。かなり期待できる。衣の内側に隠されたエビの豊かな弾力も確かに感じられるわ。
――ザクッ、ザクッ
「お、おいしい――!」
両親たちの表情がほころぶ。
「よかったわ~。気に入ってもらえたみたいで」
「氷華ちゃん、何だか深刻そうな顔をしていたから、心配していたよ」
う~ん、これはおいしい!
「ふふ、とてもおいしいです。懐かしいような、温かいようなこの味わい。ぐっと飲み込んだとき、身体が芯から喜んでいるのがわかります。やっぱりこれは、わたしとエビフライのあいだに結ばれた、切っても切れない前世からの因縁なのよ――!」
わたしの演説につられて、彼らも何だか笑っている。
「まあ、よくしゃべる子」
「やっと笑ってくれたね。これまでエビフライを作ってきて本当によかった」
このような類い稀なるフライド・シュリンプに出会えたこと。それはわが人生きっての喜び。
「噛めば噛むほど、懐かしさとともに涙が溢れ出してきます」
あまりの感動に思わず目頭が熱くなる。
「まあ、氷華ちゃん! どうしたの!?」
「エビフライが喉にでも刺さったのかい!? 急に涙を流すなんて――!」
おっと、わたしとしたことが。食というのは、こうも人の心を揺さぶるらしいわ。
「お母さん、お父さん。わたし、この家に来られてよかったです。お役に立てるかはわかりませんが、どうかよろしくお願いします」
わたしがそう言うと、両親はハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。しかしすぐに笑顔になり、二人揃ってわたしをひしと抱きしめた。
「氷華ちゃん、そう言ってもらえてうれしいわ。こちらこそよろしくね」
「これからは三人で一つの家族だ。一緒にがんばっていこうな」
――ガッシー!
わたしたちは三人で円陣を組んでいる。その姿は、さながらライブ直前のアイドルグループのよう。円陣を組むっていうのは、儀式にほかならないのよね。一人一人の〈わたし〉が集まることで、〈わたしたち〉を形成する。究極的には個別的な一人一人の人間も、少なくとも今だけは、目の前の苦難を乗り越えるために一丸となって戦おう。そういった意志の現れ――。
わたしの人生、わからないことが多すぎる。過去はあやふやだし、未来はそもそも不確定。だけどわたしは、もう一人じゃない。
飲食店の経営は正直大変だろうし、この両親はいずれわたしより先に死ぬだろう。それでもわたしたちは、生きなければならない。このまま高校に通えるのか、高校を出た後はどうなるのか、わたしにはよくわからない。過去の記憶が取り戻せるのかもわからない。それでもただ、生きていくしかない。わたしは、やれる。わたしたちなら、きっとやれる。
ふと大学を見学したときのことを思い出した。よく覚えていないけれど、誰か大学生のおにいさんが言っていた。『フィクションの世界は、描かれなくても続いている』って。虚構世界の住人だってそれぞれにがんばって生きているんだから、わたしだってがんばっていかないとね!
――わたしたちの戦いはこれからだ!
『ひとりでピュリキュア』
最終話おわり
ご愛読ありがとうございました
◇◇◇
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体、名称などは架空であり、実在するものではありません。
※どんなに会いたいと願っても、越えられない次元の壁というものがあります。私たちは彼女を見守ることしかできません。しかし、それこそが彼女のためになるのだと思います。これまで見守ってくれて本当にありがとうございました。
※この作品は完結しますが、彼女たちの世界は続いていくんだと思います。これからも応援よろしくお願いします。
◇◇◇
〈引用した歌〉
『この空の向こう』[2013]:歌 吉田仁美、作詞 利根川貴之、作曲 Dr. usui、編曲 Dr. usui・利根川貴之。(ドキドキ!プリキュア[2013–4] 前期エンディング)
〈影響を受けた歌・作品・文献〉
『ラブリンク』[2013]:歌 吉田仁美、作詞 利根川貴之、作曲 Dr. usui、編曲 Dr. usui & Wicky.Recordings. (ドキドキ!プリキュア[2013–4] 後期エンディング)
プリキュアシリーズ[2004– ]。中でもとくに、『ふたりはプリキュア』[2004–5]・『スマイルプリキュア!』[2012–3]・『Go!プリンセスプリキュア』[2015–6]からの影響が大きいと思われる。
トマス・ネーゲル[1989]:『コウモリであるとはどのようなことか』訳 永井均、勁草書房。(主観的視点と超越的視点との対立という枠組みによって倫理学的な問題を考えるという発想は、ネーゲルからの影響によるところが大きい)
野上志学[2017]:「デヴィッド・ルイス入門 第1回 可能世界と様相の形而上学」『フィルカル』Vol. 2, No. 2. 株式会社ミュー。(虚構世界の実在論は、ルイスの様相実在論にかなり影響されている)
松村圭一郎[2017]:『うしろめたさの人類学』ミシマ社。(説明困難なあの心情に、「後ろめたさ」という言語化を与えてくれたことの恩恵は大きい)
◇
『ひとりでピュリキュア』シリーズを、キュアビューティ(スマイルプリキュア!)に捧げる。
了
ひとりでピュリキュア みのあおば @MinoAoba
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