第2話「毒がある!? 二人の乙女と魔女の果実!!」

 第二話

「毒がある!? 二人の乙女おとめと魔女の果実!!」


 こんにちは! わたしの名前は純空氷華すみぞらひょうか虹色にじいろ高校に通うキャッピキャピの高校一年生! なんと十五歳なんだよ!? とっても若いでしょ! キャピキャピ!

 今日はみんなのために、わたしのマイハウス兼シークレット秘密基地を紹介することにするね!!


 ◇


 氷華の実家は、町から少し離れた山手にある小さな旅館だ。しかし、旅館とは言っても現在は営業していないので、ただのデカい家という感じだ。

 ある休日の朝、氷華は客室として使われていた和室のふすまを開けて中に入る。

「おっはよー、ピピア。今日はまだ異常ないー?」

「氷華、おはようピア。全然大丈夫ピア。もう朝ご飯用意できてるピアから、早く手を洗っていただきますするピア!」

 パンケーキの盛り付けられたお皿を運んでくるのは、まるまるとしたハトのような生物、「ピピア」だ。

「わかった、わかった。今洗ってくるから。ねえ、前から気になってたんだけど、ピピアその腕で料理なんてできるの?」

 ピピアは人間の言葉を話せるものの、見た目はただのハトである。いや、ハトにしては異常にまるまると太っており、目もパッチリで、羽毛がなぜかミント色、という点は個性的だが、他はまあ普通に鳥だ。両腕などは完全に翼である。これでは料理もできそうにない。

「もちろんできないピア。だからみんなに手伝ってもらってるピア」

「お飲み物をお持ちしました」

 全身白ずくめの格好で現れたこの女性は、この家に住み込みで働くヘルパーの一人だ。

 ピピアの用意したお皿の隣に、オレンジジュースの入ったコップがそっと置かれる。

 洗面所へ行き、氷華は手を洗う。

――ジャバァァー

 氷華は手を拭いて、客室の大きな机の前に座る。

「いつもありがとう、下がっていいわよ」

「はい」

「みんな優秀なんだピア」

 ヘルパーたちは、この旅館に十三人ほど住んでいる。みんな同じ装いをしており、とにかく全身白ずくめだ。舞台演劇なんかで見られる「黒子」の服装をそのまま白にしたような感じである。

「いっただっきまーっす!」

――モグモグ

「ん~、おいしい! いやー、なんか申し訳なくなっちゃうわね。ここまでしてもらうと」

 氷華はパンケーキをほおばりながらピピアに話しかける。

「気にすることないピア。氷華にはピュリキュアやってもらってるピアから、これくらい当然のことピア」

 自分が朝食を用意したわけでもないくせに、ここぞとばかりにふんぞり返る丸いハト。

「でもこれじゃわたし、みんなやピピアがいないと、なーんにもできなくなっちゃいそうよ」

「いいピア、いいピア。ピピアやみんなも、そのためにこの世界に来たピア。今はゆっくりくつろいでほしいピア」

「そっかー、ありがとう」

 氷華は、パンケーキの上に乗っていたストロベリーシャーベットを、まるまる一気にお口へ運ぶ。

――シャクリ、シャクリ

「う~ん! 冷たい! やっぱりシャーベットはおいしいわね~!」

「ピピッ、氷華は本当にシャーベットが好きピア~」

 ピピアはおかしそうに笑う。

「もちろんよ! わたし、シャーベットとエビフライさえあれば二日は絶対生きていけるわ!」

「ピピッ、無難ぶなんな日数ピア~」

 そうこう言っているうちに、パンケーキとストロベリーシャーベットはぺろりと平らげられてしまった。

「そういえば、ピピアがこの世界に来てから、もう何年になるんだっけ」

「ピピ~……そろそろ十年になるピア」

「十年か~! 長いわねー」

「お下げいたします」

「あ、ありがとう」

 まっしろヘルパーの一人が、音も立てずに食器を下げていく。

「十年前は、氷華は五歳ピアね~。五歳の頃の氷華もかわいかったピア~」

「あー、ずるい! わたしその頃のことは覚えてないっていうのに~!」

「ピ~。ごめッピ、ごめッピ」

 氷華は現在十五歳。記憶喪失になったのが十歳の頃で、それより前のことは全く覚えていないのだ。

「あ~、今日は何して過ごそっかな~? ……そうだ! 学校ないんだし、街でショッピングでもしちゃおっかなー!」

「それはいいピアね。でもその前に、いつものあれをやっておくピア!」

「あ、そうだった! じゃあ、ごちそうさまー。ちょっと行ってくるねー」

「ごゆっくりピア~」

 氷華は元客室のふすまを開けて、大広間へと向かって歩き出した。


 この旅館の大広間には、一つ隠された秘密がある。その秘密を解き明かすヒントがこれ、部屋の中央の畳が一枚、なぜか垂直に立てられていることだ。

「やっぱり、換気しておいて正解だったわね~」

 畳がめくられた場所。そこにはなんと、地下へと続く階段があったのだ!!

「秘密基地って言っても、そもそも誰から秘密にしてるのって話。この地下の湿しめっぽさが嫌だったから、開け放しにしておいて良かったわ。ナイスね、わたしのマイアイディア!」

 自分で自分をほめながら、氷華は白く輝く階段を下っていく。

 地下には、指令室と安置室、あとは資料室と「魂の泉」という四つの部屋がある。

 階段を下るとそこには真っ白な廊下が続き、左手には安置室、右手には資料室があり、つきあたりが指令室である。

 指令室は、ピピアと例の白いヘルパーたちが使用する部屋で、ピュリキュアに指示を出すときに使われる。とはいえ、最近ではピュリキュアに変身する前からインカムを装着して、二人は会話を楽しんでいるのが日常だ。

 安置室とは、人間を安静な状態で保管しておくための部屋である。アクヤークとの戦いで、「ピューリファイ(浄化)」された人間が送り込まれる場所なのだが、氷華はあまりここへ立ち寄らないので、実態がどうなっているか明らかではない。

 そして資料室は、世界の秘密に関することが書かれた書物が三冊ほど収蔵されているだけの部屋である。この部屋の中から、「魂の泉」と呼ばれる部屋に入ることができる。

 氷華は真っ白な廊下を歩き、右手に見える資料室に入る。

――ウィーン

 自動ドアが開いた。

 部屋の内装は白一色で、真っ白なテーブルが三カ所に置かれている。あと、部屋の奥に大きな扉がそびえている。

 右側の壁に沿うように置かれたテーブルには、『人間界 ~ヒューマニア~』という表紙の、それほど厚くもない本が置かれている。

 部屋の中央のテーブルには、『愛と平和の世界 ~イノセシア~』という分厚い本。

 左の壁際にあるテーブルには、『暴力と略奪の世界 ~ギルセシア~』という薄い本が置かれている。

 これらの本を氷華はほとんど全く読まない。一度手に取ったことはあるが、なんだか難しそうに思われたので、目次もくじを読むだけにして本を閉じた。それからは、これらの本はこの真っ白なテーブルの上でほこりをかぶり続けているのみである。

 本の置かれたテーブルを無視して部屋の奥へと進むと、そこには大きな木製の扉がある。ここにたどり着くまで、部屋も廊下もずっと白一色だったのに、この扉だけがうす汚れた茶色である。しかもかなり古びている。これが匠のこだわりというやつだろうか。センスのかけらも感じられない。

 氷華はポケットから鍵を取り出し、木製の扉を解錠する。

――ギィィー

 きしむ扉をそっと開いた――。


「あ~、やっぱりここはいつ来てもきれいね~」

――キラキラキラ

 扉を開いた先には、一面に広がるお花畑と、妖精でも出てきそうなほどキラキラ輝く美しい泉があった。泉の中央には、大きな黄金の石碑せきひのようなものがあり、水面に触れるぎりぎりのところを浮遊している。

 「魂の泉」と呼ばれるこの空間は、人間界と、ピピアたちの元いた世界、イノセシアとのはざまに位置する不思議な場所だ。ここには一面のお花畑と、中央の泉、そこに浮遊する黄金の石碑、あとは木製の扉以外には何もない。

 氷華は泉に駆け寄り、輝く石碑に向かって話しかける。

「おはよう、お母さん! それに先代の皆さんも。なんていうか、今日も一日がんばって生きていくからね! それじゃっ」

 短い挨拶を済ませ、即座に扉へと引き返す。

 黄金の石碑には、ピュアシャーベットが登場する以前に活躍していた、先代のピュリキュアたちが映し出されている。石碑とは言ったが、そこにはディスプレイがついているのだ。黄金に輝く、ディスプレイ付き浮遊ふゆう記念きねんといったところだ。

 氷華は、五年前にピュリキュアとしての活動を開始してから、ほぼ一日も欠かさずにこうして挨拶に来ている。小学生の頃はもう少し丁寧に時間をかけていたのだが、中学生くらいになるともう簡略化し出した。それでもこうして毎日通っているのだから、なかなか大したものであろう。

 氷華はそっと木製の扉に手をかける。

 足もとを見ると、草花が扉によって無残にも踏みつけられており、これはまだ踏まれて新しい。ということは、この扉は資料室からここへ来るたびに出現しているのだろう。不思議なものである。

 他に誰もいない空間で、氷華は一人つぶやく。

「お母さん、わたしが十歳になる頃までピュリキュアやってたらしいけど、顔も声も全然覚えてないのよね。あの石碑に映る、ピュアステーキの姿しか知らないわ」

 氷華は、戸惑うようなみを浮かべて石碑を振り返る。そこには、ディスプレイ上でにこりと微笑ほほえむ一人のピュリキュアの姿があった。鮮やかなくれないに染まるその髪色は、さながらビーフステーキから染み出す赤い血のようであり、活発そうに笑う彼女の生命力が伝わってくる。

「いつか思い出せるといいな、お母さんのこと」

――ギィィー

 きしむ扉を開いて、元の世界へ帰っていった。


 ◇


「やぁっほ~! おっかいーものー!」

 ルンルン気分でスキップをするこの少女、よわい十五。肌年齢は十歳。ピュリキュアの姿の時は一つに束ねられている髪も、元の姿に戻った時には下ろされている。変身中はさわやかな水色の髪の毛だが、いつもは普通の黒髪である。ちなみに眼鏡はかけていない。

 氷華は、久しぶりのぼっちショッピングに高まる気持ちを抑えられなかった。

「ねえピピア、聞いてる? わたし、この町がだーい好き! お天気は良いし、お買い物できるし。なんていうか、幸せハッピー! ってかーんじ!」

『聞いてるピア~。そんなに大きな声でしゃべったら、みんな驚いちゃうピア~。少し抑えるピア!』

「あはは。ごめん、ごめん~。う~ん、お洋服も買いたいし、シャーベットも食べたいし~。もうー、どれからやろう~!」

 洋服屋の立ち並ぶ街を歩いていると、向こうからかわいげのある少女が二人、こちらに向かって歩いてくる。

 一人がこちらに気付いたようだ。

「あれ、純空さんじゃない? こんにちは!」

「あ、あなたたちはクラスメイトの……! こんにちは! いいお天気ね!」

「はは、街中でもその大声なのね……。元気そうで何よりだわ」

 向かって来たのは二人の少女。氷華と同じクラスの夕香ゆうか亜貴あきだ。

 夕香は、少し茶色に染まったショートヘアの、元気いっぱいキラキラ女子高生だ。対して亜貴は、さらさらストレートな黒色ロングヘアの、落ち着いた雰囲気を持つイケイケ女子高生だ。

「ねえねえ、二人はここで何をしてるの?」

「何って言われると……お買い物?」

「まあそうよね。ここに来て海水浴、とか言わないわ」

「ふふっ!」

 落ち着いたキャラであるはずの亜貴が、大しておもしろくもないギャグを言ったことに思わず氷華は吹き出してしまう。

「亜貴さんって、意外とおもしろいこと言うのね!」

「意外って何? 私がおもしろいこと言わないとでも思ってたの?」

「まあまあ、そう突っかからないで」

 なぜかキレた亜貴を、夕香は優しくなだめる。このお二人さん、とても仲が良いのだ。

 夕香が思い出したように話を切り出す。

「あ、そういえば純空さん! 純空さんって、確かエビフライ好きだって前言ってなかったっけ?」

「あ、うん、好き好き! それがどうかしたの?」

「あのね。奥の商店街に天ぷら屋さんがあるでしょ? 私たち、さっきそこを通りかかったんだけど――」

「そこの店先で売られてたのよ。いかにもあなたの好きそうな『エビフライ専用衣』がね」

「え、何それ?」

 聞いたこともない商品名に、氷華は戸惑いを見せる。

「なんかー、『これでエビフライを包むと、おいしさ二倍! コラーゲンも二倍! そしてなんと、エビフライの持つプラズマクラスター水素水効果は三・五倍に!』とか言ってたんだ~」

「そうそう、胡散臭うさんくさいおばさんだったわ。いろいろ適当に盛り込み過ぎなのよ」

 亜貴はあきれたように首を振る。

「へ~! それ本当だったら、とってもすごそうね!」

「ねーそうでしょ!? もしそんなにいろいろ入ってたら、めっちゃやばいよね!」

 氷華と夕香は二人で盛り上がる。

「まあ、さすがに嘘だと思うけどね~」

「うーん、やっぱり純空さんもそう思うか~」

 そこに亜貴も参加する。

「ていうか、そもそもあんな言葉にだまされるヤツいないわよね。この商店街に来る人たちは、そんなバカばかりじゃないわ。なめてんのかこのウスノロばばあ、と言ってやりたいわよ」

「亜貴、言葉きつ過ぎ!」

「うわ~、びっくりした。亜貴さんって意外と毒舌なのね」

「何? 私のこと、優しい言葉しか言わない甘々な人だとでも思ってたの?」

「だからいちいち突っかからないで……。亜貴は自分へのイメージに厳しいのね」

 この二人、息ぴったりだ。

「まあ、亜貴の気持ちもわかるけどね。私もあれを見たときは、適当言ってくるおばさんマジうざい~って思っちゃったもん。って言っても、あそこまでいくともはやギャグだよね」

「本当よ、あんなヤツ商店街中の笑い者になればいいわ」

「ふふふっ!」

 亜貴の毒舌っぷりに氷華はまたも笑ってしまう。

 おばさんへの悪意を全力でぶつける亜貴と、それを丁寧になだめる夕香。胡散臭いと思いながらも、実は「エビフライ専用衣」が気になり始めている氷華。

 サンサンと照らす太陽のもとで、三人の笑顔がまぶしく輝く。


 ショッピング街で二人と別れ、氷華は商店街へと足を踏み入れた。

「ほ、本当にあった。エビフライ専用衣……」

 天ぷら屋さんの店先に設置されている、「エビフライ専用衣」販売用のテント。販売員さんの見た目は、髪の毛がふにゃふにゃパーマの、とりあえずおばさんだ。

 その時、おばさんが噂の怪しい宣伝を口にする!

「なんとあのゲルマニウムとDHCも入ってるわ! あ、あとイオン! なんかイオンもバンバン出てるわよ! このすっごく体に良さそうな、エビフライのためだけに作られた『エビフライ専用衣』! 誰か買わないかしら!?」

 大声でアピールするおばさんに、氷華はしり込みしながらも話しかけてみる。

「あ、あの~すみません。そのエビフライ専用衣、一パックいただけますか~?」

「え? あ、ありがとうございます……。――本当に騙される人っているのね」

 聞き捨てならない言葉を小声で漏らしたおばさん。早くその味を試してみたくてうずうずしている氷華は、夢中で気づいていない。

 その時、おばさんが驚くべき言葉を口にする!

「ではこちら、一パックで二千五百円です」

「えぇ!? 高すぎませんか?」

「なーに言ってるの。みんなこの値段で買ってるわよ。それだけの価値があるってことなんだから、ほら、払ってよ」

 これにはさすがの氷華も渋っているようだ。

「ええぇ……う~ん……まあ、買っちゃうけどね! はい、おばさん」

「おばさんじゃないわよ! まだ若いでしょ! はい、二千五百円ちょうどいただきます。ありがとうね~」

「うん、ありがとっ」

 高い買い物をしてしまったので、もうお洋服を買う余裕はない。とりあえずシャーベットだけでも食べてお家に帰ろうかと計画している、まさにその時だった。ぼったくりおばさんが、思わぬ言葉を口にする!

「はあ~、やっと売れたわね。今日のノルマは一パックだったし、そろそろ次の仕事に移りましょう。……あら? あっちから素敵な罪悪エナジーの香りがするわね! 行ってみましょ」

 おばさんは、すぐさまショッピング街の方へと駆け出した。その足取りは軽く、まだ若さが感じられる。やはりおねえさんと呼ぶべきかもしれない。

 おねえさんが口にした言葉に、氷華は自分の耳を疑う。

「え? 今、罪悪エナジーって……」

『確かに言ったピアね。あのおばさんは、きっとギルセシアの幹部ピア。それか妄想の世界に住むおばさんか、どちらかピア』

「え、どういうこと……? と、とにかく後を追ってみるわ!」

 氷華はもと来た道へと走り出した!


 休日午後のお昼時、二人のJKは楽しいショッピングの真っ最中だった。

「ねえ夕香、やっぱり私の言い方ってきついかしらね」

「ううん、そんなことないと思うなー。亜貴、気にすることないって~」

「うん……そうかしら……」

 自分の口の悪さが気になっている亜貴は、夕香と二人の時だけはその心配を口にする。

「でもやっぱり、純空さんには嫌われちゃったんじゃないかしら……。いちいちキレちゃたし……」

「大丈夫だよ! きっとそういうノリの人なんだな~って思うぐらいじゃないかな。……なんていうか、純空さんって年中平和ボケしてそうだしさ! 気にしない、気にしない!」

「う、うん、そうよね。きっとそうよ! ありがとう、夕香」

「うんっ。亜貴は口が悪いくらいがちょうどいいんだから。ほら、お買いもの続けよっ?」

 キラキラ輝くまぶしい笑顔。近くで様子をうかがっていた怪しい影も、ここに割って入るのはためらわれた。しかし、ためらったのも一瞬。あっさり割って入ってしまうぞ!!

「あなたたち! 本当に仲が良いのね!」

「わっ、びっくりした!」

「急に大声出して、誰?」

 二人が振り返った先には、例のエビフライ専用衣のおねえさんがいた。

「あ、あなたはさっきの  」

「衣にいろんな効用を付加ふかしてたおばさんだ!」

「おばさんじゃないわよ! おねえさん、って呼びなさい!」

――バッ!

 突如、おねえさんを謎の暗雲が取り囲む。しばらくして雲が晴れたかと思うと、そこにはなんとも魔女っぽい女性が立っていた。

「あたしの名前はマジョリティア。ギルセシアっていう所からやって来た、若くてきれいな魔法使いよ。幹部の中でもかなり強い方だって、みんなからよく言われてるわ」

 さっきより声が若々しくなったマジョリティアは、赤と黒のとんがり帽に、赤と黒を基調としたゆったり系ローブを身にまとっている。

「ふ~ん。あたしのセンスでいくとね、より強力そうなのは、あなたの方かしらね」

 マジョリティアは、茶髪ショートの夕香へと近づく。

「それじゃあ、いくわよ!」

「え、なになに? やめて……!」

「マジョリティア! ギルティ・チャージ!」

――ズモバァァー!

 マジョリティアの右手から、得体のしれない暗黒のオーラが噴き出した。それを夕香の背中中央部、ちょうど心臓のあるあたりに叩き付ける。

――バンッ!

「ちょっ、夕香に何するのよ!」

「気を付けて。離れた方がいいわ」

 マジョリティアは亜貴の手を引いて少し歩き、夕香から距離をとらせる。

――ズモモバァァー!

 夕香の背中からは、さっきの暗黒オーラがものすごい勢いで噴き出している。意識はもうろうとしており、目はうつろだ。

「ちょっと何なの!? いったい何が起こっているの?」

「危ないからあなたは帰ったらどう? あたしはこれからすることがあるから。じゃあね」

――バッ

 マジョリティアは高く跳ね、建物の二階に相当する高さを浮遊する。左手から謎の黄色いエネルギーを噴出し、そこに向かってなにかを話しかけている。

「えー、こちらマジョリティア。商店街付近でアクヤークの発現に成功。というわけで、警報よろしくね」

『了解』

「……ウガァァ……ウガァァーイ!」

 この時夕香は完全に、全長一九〇センチ越えの真っ黒な怪人、『アクヤーク』へと姿を変えていた。絶え間なくあふれる暗黒のオーラにおおわれ、表情どころか中に誰がいるのかさえ分からない。

 どこからかけたたましい警報音が鳴り響く。

――ファァーン! ファァーン! ファァーン!

 辺り一帯の洋服店のシャッターが一斉に下ろされていく。

――ガラガラガラガラ

「警報だわ……! あれやらないと!」

 亜貴は息を大きく吸い込んだ。

「カモーン! ピュリキュアァァー!」

――キラリーン!

 瞬間、お空に輝く一筋の光。そして始まる変身の時。

「ピュリキュア! アイシングパレード!」

――ヒュオォォー

 掛け声とともに、天かける一筋の光は大きな吹雪に包まれる。

 吹雪の中で舞い踊る半裸スパッツ少女の胸のあたりで、きらりと輝く氷の結晶がはじけた。いつの間にかそこには大きなリボンがある。続いてスカートが現れ、アームカバーにレッグカバーと、次々にきれいな衣装で身を纏っていく。

 下ろされていた黒髪が光に包まれたかと思うと、またたく間に透き通る水色の髪束が生えてくる。四つに分かれた大きなポニーテールがさらさらと揺れた。

――ファァァァー

 氷の結晶を大地に展開し、ゆっくりとそこに降り立つ。彼女は真っ直ぐに前を見据え、高らかに叫んだ。

「キンキンにえわたるんだハート! ピュアシャーベット!」

――ババーン!

 亜貴の表情がパッと軽くなる。

「来てくれたのね? ピュアシャーベット!」

「ええ、もちろん。まあ割と近くにいたし」

「え、何か言った?」

「ううん、何でもないわ。さあ、戦うわよ!」

 シャーベットは、アクヤークとマジョリティアに対峙たいじする。

「現れたわね、ピュリキュア。今日こそここで倒してあげるわ!」

――バッ!

 マジョリティアが右腕を掲げると、そこに赤い水晶玉が出現した。ボーリング玉くらいの大きさで不気味に光る水晶玉を、マジョリティアはピュリキュアに向かって投げつける。

――ポイッ

「わあっ」

――ドシャァン!

 何とかけたが、地面のアスファルトは粉々に砕け散ってしまった。

「危ないことするわね――って、わっ! 危ない!」

 マジョリティアは次々と水晶玉を生み出し、左右両手でシャーベット向かって放り投げる。

「くっ、これじゃ近づけない!」

「ウガァァァァーイ!!」

「うわぁっ!」

 アクヤークのひっかく攻撃だ! それをシャーベットはひらりと避ける。

「あなたは別にいいのよ。まだザコいから!」

 シャーベットはふわりと少し宙に浮き、左足での上段回し蹴りを食らわせる。

――ドカッ!

――ズシャァァー

 アクヤークはアスファルトの上を無様に滑っていく。

「マジョリティア、あなたが相手よ!」

「分かってるわよ」

――ポイッ、ポイッ

 投げ込まれる水晶玉をひらりひらりと避けていく。

――ドシャッ、ドシャッ

 またアスファルトがひび割れていく。

「ずっと避けててもキリがないわね。こっちも遠距離攻撃でいこうかしら」

 そう言って、シャーベットは何もないところに左手を伸ばした。

「来て! わたしのマイボウ!!」

 瞬間、シャーベットの左手付近に小規模の吹雪が発生する。

――サァァァァーッ

 するとその中から半透明に輝く氷の弓が現れた!

「結構久しぶりね~、アイスボウ使うの。ちゃんとあたるかしら」

 左手で弓を構える。右手を弓に添わせると、そこから吹雪を纏った氷の矢が生成されていく。弓を引き、矢をマジョリティア向けて放つ!

――ピュン!

――ザグシュッ

「あぐぁっ!」

「あ、中った」

 マジョリティアの右肩に刺さったその矢は、ピキピキと音を立てて周りに冷気を広げていく。

 ふらふらと地上に落ちていくマジョリティア。上半身の右半分くらいが冷たく氷りついていく。

「やばい……! めっちゃ強いわ、アイスボウ!」

 シャーベットは久しぶりに使った自分の武器の強さに興奮している。

「とりあえず、今のうちにアクヤークも倒しておくわね」

 再び弓に添えられた右手に反応して、またも氷の矢が生成されていく。

――ヒュオォォー!

 吹雪を纏ったその矢は、のろのろ歩いているアクヤークめがけて勢い良く放たれた!

――グサッ!

 アクヤークの腹部に矢が突き刺さる。

「ウガッ、ウガァァーイィィー……」

 アクヤークはバタリと地面に倒れ込む。みるみる全身が氷結していき、ついにその体はピクリとも動かなくなった。

「わたし……強すぎ!」

 ピュリキュアは、まず身体能力がすでにアクヤークを上回っているのだ。そのうえでこのようなとても強い武器を持ち出してしまうと、圧倒的な実力差ができてしまうのは当然だ。

 マジョリティアに関しては、矢の一本や二本、彼女の移動能力ならばなんとかけられたはずだ。今回は運が悪かったと言うしかない。

 一連の様子を見て、亜貴が声を上げる。

「え、夕香は、倒されちゃったの?」

「いいえ、まだよ。きっと二段階目が残ってるはず」

「その……通りよ」

――ボォォー

 マジョリティアは左手から炎を優しく吹き出し、右肩付近の氷を溶かしていく。

「あなた、炎も使えたの!?」

「そうよ、見くびらないでよ!」

 マジョリティアが氷を溶かす間に、アクヤークの身体からだからは暗黒オーラがズモズモと吹き上がる。

――フシュー……ズモモモモ

 全身を覆う氷のすきまから、猛烈なエネルギーが溢れ出す。

「テアラァァーイ!」

――バァーン!

 第二段階目への移行とともに、アクヤークを包む氷は打ち砕かれてしまった。

「ウガァァーイ! テアラァァーイ!」

――ズモモォォー

 アクヤークの頭部上空に、不気味な暗黒のオーラが立ち込める。

 ただの黒い怪人から、頭上にオーラをたずさえた黒い怪人へと姿を変えた。これが、アクヤーク第二段階目への移行だ。

 二段階目への移行にともない、アクヤークの身体を覆っていた暗黒オーラの濃度が薄れ、表情がうかがえるようになった。黒く染まった夕香のうつろな表情がうかがえる。

「ねえ、夕香はどうなっちゃったの?」

「ああ、このアクヤークは、元は夕香ちゃんっていう人だったのね」

「そうよ。私にとって、一番の親友なんだから!」

 亜貴は、安全のために少し離れたところから声を上げる。

「大丈夫よ、わたしが今助けてあげるから。そのためにはまず浄化してあげないとね。そこで下がって見てて!」

――ヒュオォォー

 吹雪を纏う氷の弓矢。ここでシャーベットは三本連続で矢を放った!

――ヒュン、ヒュン、ヒュン!

 それをアクヤークは見事に回避していく。

「ウガァイ! テァラァイ! ……ウガァアァアー!」

――スカッ、スカッ、ズグシャァァー!

 身体能力の上がったアクヤークに、放った矢、三本のうち二本はけられてしまったが、うち一本が心臓部をつらぬく。

「ウガ、ウガァァ……イィィィィイ!」

 氷の矢は深く身体を貫き、矢の先端部分が背中から大きく突き出ている。

――ピキピキピキッ

 矢を中心に、冷気が全身へと広がっていく。これにはアクヤークも立っているのがやっとという様子だ。――その時、アクヤークの頭部にある夕香の顔がシャーベットに向けて言葉を発し始めた。

「テアラァァ……ウガァイィィ……ア、アき……? そこにいるのは、亜貴なの……?」

 シャーベットはアクヤークの質問に優しく答える。

「そうよ、わたしは亜貴。ここであなたを倒してあげるわ」

――ヒュオォォー

 弓を引き、身動きの取れないアクヤークに対して吹雪を纏った矢を向ける。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あなた何考えてるの? ……夕香、意識が戻ったのね? 私よ、こっちが本当の亜貴よ!」

 どこまでも自分の使命に忠実な伝説のファイター、「ピュリキュア」。そのあまりの冷淡さに、亜貴は思わず声を上げた。

 ぐったりとした様子のアクヤークはなんとか言葉をつむぐ。

「あ、亜貴……ごめんね。私がダメだったばっかりに、こんなことに巻き込んでしまって……」

「夕香、何言ってるの。悪いのはこいつらじゃない。夕香はなんにも悪くないわ」

 亜貴はそう言ってアクヤークに駆け寄る。とはいえアクヤークの身体からは、黒くて、何となく不快なエネルギーが溢れ出しているため、近づき過ぎはしない。

「ううん。なんとなく分かったの。これはきっと、私の中の罪悪感が原因で起こっていることなんだって」

「罪悪感……?」

『この子、鋭いピアね』

「そうね、ピピア」

 シャーベットはいつでも戦えるように、アクヤークとマジョリティアから距離をとって様子を見ている。

「私、早く楽になりたい……! もう罪の意識で苦しむのは嫌! 誰か、助けてよ!」

「ちょっと夕香、どうしたの? 何をそんなに苦しんでいるの?」

 おろおろする亜貴。そのそばで傍観するシャーベット。そして上空から様子をうかがうマジョリティア。

――ピキピキピキ

 広がる冷気がアクヤークの身体を弱らせていく。

「亜貴。私はね、亜貴の口の悪さにずっと助けられてきたんだ。でも、もう自分の罪悪感に耐えられなくなってきたの」

 身長一九〇センチを超える怪人アクヤークは、亜貴を見下ろすかたちで語りかけている。それに亜貴は答える。

「ど、どういうことなの? 私に助けられていたって……。そんなの逆じゃない。私の方が夕香にずっと助けられていたわ」

 話を聞くのもそこそこに、自分の服を観察するシャーベット。

「この衣装、めっちゃ頑丈なのよね……フリフリでかわいらしいし、淡いブルーも好みだわ」

 周りを気にせず、亜貴は語る。

「私がどぎついことを言ってしまって場の空気が氷り付きそうになった時も、夕香はきまって『亜貴、言葉きつ過ぎ!』って言って笑いに変えてくれたし……。

 隣のクラスの女子たちから、私のことが『性格悪い』って噂されそうになった時も、『亜貴のことを悪く言っちゃダメ! 亜貴は繊細なんだから、あんまり攻撃するとメンヘラ化して、あなたたちの日常がストレスと恐怖で支配されちゃうかもしれないよ?』って言って、あいつらを黙らせてくれたし……。

 夕香にいつも助けられていたのは私の方なの。だから夕香、お願い、帰って来て!!」

「あ、亜貴……!」

――ズモバァァー!

 亜貴の言葉を聞いて、アクヤークからき出す暗黒オーラは急激に広がっていく。

 二階のバルコニーから一連の流れを傍観していたマジョリティアは、嬉しそうな声を上げる。

「あらら、罪悪感が余計膨れちゃったじゃない。これだからおもしろいわよね、罪の意識って」

――バッ

 右手を空に掲げるマジョリティア。その手に向かって、アクヤークから噴き出す暗黒のエネルギーがみるみる吸収されていく。

――ゾモモモモ

 とどまるところを知らず、空に広がり続ける暗黒のオーラ。状況がつかめず亜貴は焦る。

「ちょ、ちょっと! なんでこうなるの? というかこうなったらなんかやばいの!?」

 シャーベットは水色のポニーテールをくしで整えながら、亜貴に対して冷めた態度で返答する。

「こうなったらやばいっていうか、そもそもアクヤークになってる時点でかなり取り返しのつかない状態なのよね。だからあとは、わたしが浄化してあげるだけよ」

――サラサラサラ~

「そ、そんなっ。夕香! なんとか言って! ねえ、夕香!」

「な、なんとか……? え、えーっと……」

「ピピア、純度高めて!」

『はいピア! あと十五秒で準備完了ピア!』

――パァァー

 するとシャーベットの身体からまばゆい光が溢れ出し、その光はだんだんと強まっていく。気の遠くなりそうな、何とも不思議な光だ。

 アクヤークは心臓部に刺さる矢で身動きが取れないが、それでもしっかりと亜貴を見つめて語りかける。

「その、亜貴……? 亜貴って、結構口から毒吐くタイプでしょ? いつも亜貴は容赦なく人のことを攻撃してくれるから、私、内心スカッとしてたんだ。私もね、人のことを悪く言いたい時はあるんだけど、他人の悪口を言うと、どうしても自己嫌悪しちゃうのよね。だから私、亜貴に自己嫌悪の肩代わりをしてもらってた感じなんだ。

 あとね、本当は私もかなり口が悪くて、それが嫌だったんだけど、亜貴を見ていると『自分の口の悪さも、まだましな方かな……』って安心することができたの。

 だから、亜貴といたからこそ、私は自分の口の悪さや、人を見下したことに対しての自己嫌悪、そういったものをやわらげられていたんだよ……!」

 そう言ってアクヤークは笑顔を見せる。そのほおを、溢れ出した涙が伝う。

「私、本当に最っ低だよね! 友だちのことをそんなふうに、自分を嫌いになるのを避けるために利用していたってことでしょ? これ以上の裏切りってあるかな? なんなの? 私はこんな立場で、『亜貴は口が悪いくらいがちょうどいいんだから』とか言ってたんだよ? 信じられない!! もう嫌! ずっと苦しかった!!」

――ズモォォォォー!

 アクヤークの身体から暗黒オーラが猛烈な勢いで放出される。広がる冷気は全身に及び、首のあたりまでがカチンコチンに氷っている。そしてアクヤークは、ついにぐったりとまぶたを下ろしていった。

 話を聞いていた亜貴は、戸惑いと衝撃とでその場に泣き崩れる。

「……ゆ、夕香ぁ! 夕香ぁぁぁぁ!」

 涙をボロボロとこぼしながら、亜貴は必死に叫び続けた。

 そしてシャーベットのイヤホンに甲高い声が響く。

『準備完了ピア! 消し飛ばすピア~!』

「わかった、いくよ!」

 光り輝くシャーベットは、左手をアクヤーク向けて突き出した!

「ピュリキュア! ホワイトニング・ピューリファイ!」

――ギュパァァァァー!

 シャーベットが放ったまばゆい光波こうはは、溢れ出す暗黒オーラもろともアクヤークを直撃する。

――ギュパァーァーァーァー

『……九十パー……九十九パー……百パーセント! 浄化完了ピア!』

「あーっ、終わったー!」

 シャーベットはホッと息をつく。

 放たれた光波は途絶え、あとには何も残らない。まぶしすぎる輝きは徐々に落ち着いていく。

 空中から様子を眺めていたマジョリティアは、満足そうに別れを告げる。

「今回はなかなか大きな罪悪エナジーだったわね。きっとあのお方も喜ばれるに違いないわ。それじゃあね、また会いましょ」

――バサッ

 マジョリティアが赤黒いローブをはらうと、いつの間にかその姿は消えていた。

「ゆ、夕香は? 夕香はどうなったの?」

「彼女なら、こっちで回収したわ。まだ回復が必要なのよ。安心して、きっと元気な姿で帰ってくるわ」

「そ、そうなの……? だったら別にいいんだけど……」

 落ち着かない様子の亜貴。対して、自分の役目を終えたシャーベットの心は達成感で満ちていた。

「さあ、帰って料理してみないとね! 二千五百円の味よ、楽しみだわ!」

――シュタッ!

 そう言ってシャーベットは地面を強く蹴り、高く跳び立った。

――バキバコバコッ

 ちなみに、この跳躍ちょうやくが今日一番アスファルトを破壊したことは言うまでもない。

 ボッコボコに破壊されたアスファルトの上で、亜貴はひとり空を見上げる。

「夕香……私ね、口は悪いし、初対面だと特に悪態ついちゃうから、普通みんな離れていくのよね……。それでも、夕香だけは仲良くしてくれてたでしょ。

 私、中学の頃は一人でいることが多かった。でも、高校では夕香と出会って、一緒に楽しく過ごせてる。友達と笑って過ごす日々を送れるなんて、こんなに幸せなことってあるかしら……。

 私、思うの。夕香がどんなことを思って私と仲良くしてたんだとしても、夕香と一緒に過ごした時間は変わらない。それだけでも、私、ずっと救われてた……。本当にありがとう、夕香。……だから、早く帰って来てね」

 空に向かって微笑む少女を、暖かな陽光ようこうが包む。いつの間にか陽は傾き、空は紅く染まっていた。


 ◇


「えーっ! 何これ!? めっちゃおいしいんですけど!?」

 旅館の客室でエビフライをいただく氷華。普通に調理してみたところ、これがとんでもなくおいしいらしい。

「ぼったくりじゃなかったピアね。よかったピア」

「うん! これは二千五百円の価値あるわ……! プラズマクラスター水素水もダテじゃないわね!!」

「……氷華、そこはたぶん嘘だと思うピア……」

 旅館にはにぎやかな笑い声が響きわたる。


 ◇


――ゴゴゴゴ

 地鳴りのする不気味な空間。特徴的な笑い声が響く。

「シンシッシ! ギルセキング様。わたくし、今回も大量の罪悪エナジーを収集いたしました」

 シンシーアが一礼して報告する。

「甘いわね、シンシーア。それくらいじゃあ、あたしの集めた量の比じゃないわ」

 マジョリティアが隣に並ぶ。

「くっ、やりますね。さすがは若くてきれいな魔法使いさんです……」

「なぜか嫌味に聞こえるわね。……まあいいわ。ギルセキング様。あたしもこれくらいは集めてきましたよ」

「そうか。二人ともご苦労だった。これからもその調子で頑張るのだぞ」

「はっ」

「どうも」

 ここはギルセシアの最奥地さいおうちに位置する、「玉座ぎょくざ」。辺りにはとてつもないエネルギーの暗黒オーラが立ち込めている。

 やたらと黒く、やたらと大きなギルセシアの王、「ギルセキング」。その巨体は、三階建ての建物でも簡単に踏みつぶせそうなほどだ。

 ギルセキングはとてもよく響く声で話す。

「二人とも、今回のピュリキュアの強さはどう思う」

「シアーアッア……! ピュアシャーベット、まだまだ強いとは言えませんね」

「あら、そうなの? あたしと戦ったときは、結構強かったわよ。なにより、同情もなく攻撃し続けられるあの冷たさが脅威よね」

「確かに、このままではより目障めざわりな存在になってくるかと思われます。ここらで本気を出して、叩き潰してごらんに入れますよ?」

 シンシーアがそう言ったかと思うと、空間にビリビリとした衝撃が走る。

「何を言う! ピュリキュアを倒してはならん!」

――ズガァァーン!

 ギルセキングの大声が雷鳴のごとく鳴り響いた。シンシーアは恐怖で震え上がる。

「ヒイィィーイ! 申し訳ございません! わたくしたちの役目は、とにかく大量の罪悪エナジーを集めること。出過ぎたまねをお許しください……!」

「まったく何やってんだか……」

 あきれた声を出すマジョリティア。ギルセキングは落ち着いた様子で話す。

「別によいのだ。自分のことを強いと思っている感じが気にくわなかったから怒鳴っただけだ。もう一度言うが、二人ともよくやっている。この調子で頑張るのだ」

「ははっ」

「これはどうも」

 自身のはたらきを認められて得意そうな二人。久しぶりに大きな声を出して、少しすっきりしたギルセキング。

 ギルセシア最奥部さいおうぶ、「玉座の間」には、ニヤニヤ笑う三人の姿だけがあった。


 第二話おわり


 ◇


 次回予告

 え~っ!! ピピアに勧められて、ギルセシアにわたし一人で偵察旅行!? と思ったら、イノセシアの女王様「イノセクイーン」がわたしに会いたいんだって!! もう~、今日は一人で「シャーベットとエビフライ、人生最後に食べたいのはどっち!?」っていう遊びをしようと思ってたのに~! ……ええい! こうなったら全部やるしかないわ!! たとえ一人でも、わたしならきっとできるよね!

 次回の「ひとりでピュリキュア」は、世界の秘密がじゃんじゃん明かされちゃうよ!! お楽しみに!


 ◇


※この物語はフィクションです。登場する人物、団体、名称などは架空であり、実在するものではありません。

※どんなに会いたいと願っても、越えられない次元の壁というものがあります。繰り返しますが、ピュアシャーベットはフィクションです。くっ。

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