ひとりでピュリキュア

みのあおば

第1話「わたしたちの学校が砂まみれになっちゃう!?」

 伝説のファイター、「Purity Cure」。略して「ピュリキュア」。この言葉が意味するのは「清浄せいじょう」、そして「治癒ちゆ」。

 これは、一人の少女がいろいろ背負いながらも、とりあえず楽しく生きていく感じの物語である――!


 ◇


 こんにちは! わたしの名前は純空すみぞら氷華ひょうか虹色にじいろ高校に通う、キッラキラの高校一年生!

 これだけじゃ、どこにでもいる普通の女の子だって思われちゃうかな? これがそうでもないんだよねっ。実はわたし、誰にも言えない秘密を抱えていてね、それを隠しながら今日も生きてるんだからっ。


 ◇


 虹色高校に通ういたいけな女子高生、純空氷華は、今日も教室でボッチ飯にきょうじていた。昼食を共にする友人がいないのではない。あえてそうしない理由があるのだ。

 そう、戦場へとおもむく瞬間は突然に訪れるからだ!!

 ――ファァーン! ファァーン! ファァーン!

「け、警報だあー!」

 クラスの委員長、吉沢よしざわが叫んだ。

「うわぁー!」

「走れー!」

 ――ドタドタドタ

 教室にいる生徒たちは一斉に避難を始める。

 リュックを背負い、扉を蹴破って走り出す者。焼きそばパンを両手に、廊下へ飛び出す者。何も持たずに窓から飛び降りる者。

 しかしその中でただ一人、決してその場から立ち去ろうとしない者がいた!

「やだ! わたしまだエビフライ食べ終わってないんだけど!?」

 イタイJKの純空氷華は、大好物のエビフライを完食するまで絶対この場を動かないと決めていた。

 その意地が吉と出たのか、あの怪人が登場した場所は、みんなが逃げたグラウンドのど真ん中だった。

「ウガァァーイ! テァラァァーイ!」

「きゃああー! 来ないでー!」

 ちょうどグラウンドの真ん中に避難していた女子生徒が、怪人を目の前にして悲痛な叫び声をあげる。

「ウガァァーイ!」

――ドーン!

 怪人の地面を叩きつける攻撃により、グラウンドの土や砂が大きく舞い上がる。近くにいる生徒たちに大量の砂ぼこりが覆いかぶさった。

「げほっ、げほっ。……くそっ、コイツ、なんてことをするんだ」

 委員長吉沢の学ランは見るも無残に砂まみれになった。高校を卒業するまで大切に使うと決めていたというのに。

 大事なものを奪われた吉沢の心には、怒りと悲しみが同時にこみ上がる。そして彼はあの名を叫ぶ!

「カモーン! ピュリキュアァァー!」

――キラリーン!

 瞬間、お空に輝く一筋の光。そして始まる変身の時。

「ピュリキュア! アイシングパレード!」

――ヒュオォォー!

 どこからか聞こえた掛け声とともに、お空の光は大きな吹雪に包まれる。吹雪の中では、一人の少女が舞っている。よく見ると全裸のようだ。いや、スパッツは穿いている。

――ポンッ

 少女の胸のあたりで氷の結晶のようなものがはじけた。するとそこには、いつのまにか大きなリボンができあがる。

――ポンッ、ポンッ、ポンッ

 次々と現れるフリフリのかわいい衣類。

 ブルーのスカートの裾は、いささか短めではあるが、その下の濃いブルーのスパッツが凛と輝き、そこにいやらしさはない。透き通るような水色のポニーテールが、ひらりと風にはためいた。

――ファァァァー

 大きな氷の結晶を大地に展開し、彼女はゆっくりとそこに降り立つ――。

「キンキンにえわたるんだハート! ピュアシャーベット!」

――ババーン!

 どこかでオーケストラの壮大な音楽が聞こえた気がした。ポーズもばっちりキマっている。

「来てくれたんだね! ピュアシャーベット!」

「ええ、まあね」

 そう言って彼女は、カリカリに揚げられたエビフライの尻尾をポイとお口に放り込む。

 そう、イタい彼女の秘密とは、伝説のファイター『ピュリキュア』に変身できることだったのだ!!

「現れたわね、アクヤーク。今日こそその首、へし折ってやるわ」

「ウガァァーイ! テァラァァーイ!」

 暗黒のオーラを怪しく放つ、身長一九〇センチほどの人型怪人、『アクヤーク』を指差す。

 その時、アクヤークのすぐ近くに謎の暗雲(あんうん)が立ち込める。

――シュンッ

「まあそうあわてなさらず、ゆっくりお茶でもいかがかな?」

 挑発するような声とともに、暗雲の中からタキシード風の装いをした男が現れた。その手に持つ漆黒のステッキと、あごに蓄えられた黒いひげが特徴的なこの男、名を『シンシーア』という。

「お茶なんて飲んでる暇ないわよ。このままじゃ、グラウンドが砂だらけになっちゃうじゃない。そうなる前に二人まとめてひねりつぶしてあげるわ!」

 吉沢が口をはさむ。

「シャーベット、グラウンドはもともと砂だらけのはずじゃ――」

「ウガァァーイ!」

「うわあ! ……ゲホゲホッ」

 ツッコミを入れようとした吉沢に、アクヤークが繰り出した砂かけ攻撃が炸裂さくれつする。シャーベットを狙ったが、その流れ弾だ。

「くっ、目くらましね! そっちがその気なら……」

 砂ぼこりに取り囲まれたシャーベットは、周りの様子をよくうかがい知ることができない。

 彼女は何もないところに右手を差し出し、大きな声で叫んだ。

「来て! わたしのマイソード!!」

――ヒュオォォー

 シャーベットがそう叫ぶと、彼女の手元で小さな吹雪が吹き荒れる。なんと、そこから大きな氷のつるぎが飛び出した!

――パシッ

「さあ、いつでもかかって来なさい! 返り討ちにしてあげる!」

 鋭く光る氷の剣を構え、後方や上空からの奇襲に備える。

 二秒ほどの沈黙。

「――来るっ!」

 瞬間、シャーベットの目の前にシンシーアの持つ黒いステッキが飛び出す。

 警戒していた後ろや上からの攻撃ではない。シンプルに前からの攻撃だ。

「しまった――!」

――ゴツッ

 見事に読みを間違えたシャーベットは、回避しようとするが一歩遅い。シンシーアの放った、ステッキで小突く攻撃によって後ろへ突き飛ばされてしまう。

――ズザザー

 砂の上を、尻もちをついて滑走する。

「うっ……やるわね」

「前に立っていたんですから、そりゃあ前から来ますよ。どうして分からないのでしょう。シンシッシッシッシ!」

「く~~~」

 体勢を立て直すシャーベットに、アクヤークが横から追い打ちをかける。

「ウガァァーイ!」

――ドッシャー

 シャーベットは大量の土砂をかぶる。

「ゲホッゲホッ」

 シャーベットの髪の毛や服が汚れてしまった。あんなに透き通った水色だったのに。これは許されることではない。

「なんてヤツだ! 女の子の服を汚すなんて!」

 吉沢は立ち上がる。アクヤークを前にして、こぶしには力がこもって震えている。

 小さい頃からずっと、男子からいじめられる女子の味方をして来た彼のことだ。女子にひどいことをするヤツは、たとえ人間でなくとも許せないのだろう。

 そんな彼も、中学・高校と進学していく中で、見えないところで行われる陰湿ないじめの存在を認知しないわけではなかったが、そこまで来るともう、自分の介入すべき領域ではないと判断したのだろう。彼は自分の目に見えないいじめへの糾弾きゅうだんはしなかった。

 吉沢はアクヤークをしかりつける。

「女の子を突き飛ばしたうえに、服まで汚させたんだ!謝りなよ!」

 しかし今回は話が違う。目の前には女の子をいじめる明らかな悪者がいる。それを責め立てることで、彼は自身のアイデンティティを取り戻した思いだった。

――タタタタッ

 どことなく得意そうな吉沢に向かって、シャーベットが駆け寄る。

「あなた、ちょっと邪魔なのよ!」

 吉沢に鋭い氷の刃が向けられる。

――ヒュンッ

「うわわっ!」

 吉沢は頭を抱えてすばやくしゃがむ。シャーベットの持つ氷のつるぎが吉沢の頭部をかすめ、アクヤーク向けて突き出された!

――ザシュッ!

「ウ、ウガァアーイィー……」

 氷の剣は心臓部へと突き刺さり、アクヤークはその場にどさりと崩れ落ちる。

「す、すごいや、シャーベット! たったの一突きで倒すなんて! ……それはそうと、今僕のことを狙わなかったかい?」

「……なーに言ってるの。まだ倒せてないわ」

「え?」

「フフン。その通りです」

 いつの間にか遠く離れた位置にいるシンシーアが、不敵な笑みを浮かべている。どうやら校門前に設置された校長像の髭と、自分の髭の立派さを競い合っているようだ。

「なかなか立派なお髭ですね……。この硬さに、このツヤとは」

「テァァラーイ! ウウウウウ……!」

 地にうなだれていたアクヤークが起き上がったかと思うと、次の瞬間、その身にまとう暗黒のオーラが急に空へと吹き出した。

――フシューーー!

「ウガァァーィ!」

――ズモモォォー

「な、なんだこれは」

「第二段階目への移行ね」

 焦る吉沢と、それに答えるシャーベット。

 もくもくと膨らむ暗黒のオーラは、アクヤークの頭から少し離れた空中に集まり、不気味にもやもやとうごめいている。これが、アクヤーク第二段階目の姿だ。

「え? き、君は……!」

「ウゥゥガァァ……」

 広がる暗黒のオーラの下で、依然いぜんうなっている怪人。その頭部には、さっきまでは見られなかった顔が浮かんでいる。うつろな目をしたその顔に、委員長吉沢は見覚えがあった。

「に、西本にしもと……だよな?」

「テァラァァーイ」

 うなり続けるアクヤーク。シャーベットが訊ねる。

「あなた、その人と知り合いなの?」

「ああ、そうさ。小学校からの親友なんだ」

「あらそうなの。じゃあ悪いけどさっそく倒させてもらうわね」

「ま、待ってくれよ、シャーベット。さすがにそれはないだろう。それより、どうして西本がここにいるんだ? そもそもなんでこんな怪物になってるんだよ」

 シンシーアは校長像をにらみつけてから話す。

「シンシッシッシ。大切なご友人ということでしたら、やはりなぜ怪物になったのか気になりますよねぇ」

「お前、シンシーアって言ったか? どういうことだよ。答えてくれ!」

「まあまあ落ち着きなさって。そもそも彼がこうなってしまったのには、あなたも関係しているのですよ……?」

「……どういうことだ」

「フンッ」

――バキッ

 校長像のあごをステッキで殴り、取れた髭でゴルフを始めたシンシーア。

――カポーン

「シアーアッア、アァ……これはあまり飛びませんね」

 これには吉沢も明らかな怒りを示す。

「お前なぁ……!」

「おお、こわい、こわい。アクヤークの話ですか。それがですね、彼は苦しんでいたのですよ。自分を責めて、どうしようもなく悩んでおられましたから、解放して差し上げようと思って、少々手を出させてもらいました。……シンシッシッシッシ!」

 シンシーアの笑い声が、砂ぼこり舞うグラウンドに不快な響きをもたらす。

「お前、西本にいったい何をした! ――西本は僕と一緒で、小学生の頃からずっと学級委員長をやっていたんだ。西本は、『俺は一組をまとめる。二組は吉沢に任せたぞ』とかよく言ってたな。彼は僕と同じで、委員長という仕事に誇りを持っているヤツだった。だからこそ、西本に何かしたのなら、この僕が許さないぞ! すごく気の合う友人だったんだから……」

 そう言って少しうつむく吉沢。それを見てシンシーアはニヤリとむ。

「それは、君がこのクラスの委員長になるまでは……の話でしょう?」

「――ッ!」

 シンシーアのいやらしい笑顔に、吉沢の表情は引きつる。

 シンシーアは、どこで知ったのか、吉沢と西本の過去を話し始める。

「前まではずっと、違うクラス同士で『お互いまた委員長になれたなー』って喜び合っていたのに、高校に入って二人は初めてクラスが一緒になってしまった。吉沢くん、君は委員長になれたことを大変喜んだらしいですねぇ、『これで十年連続学級委員長だ』って。……お気の毒なことに、あなたのお友だちの西本くんは、九年目で連続記録がストップしてしまったようですが……?」

「……っ、それは……!」

 吉沢は、アクヤークと化した西本にも、楽しそうにわらうシンシーアにも顔を向けることができないでいる。

「あなた、ソイツの言葉に耳を貸しちゃだめよ!」

 シャーベットが声を上げた。

「わかるでしょ? 西本くんはきっと、それくらいであなたのことを嫌うような友人じゃなかったはずよ」

「いや、シャーベット。悪いけどそれはハズレだよ……。僕も初めはそう思っていたけど、それからだんだんと話さなくなっていったんだ。そんなもんだったのさ、僕と彼との友情は。嫉妬で嫌いになるくらいの平凡なものだったんだよ」

「いいえ、そんなはずはないわ」

「……っ! だから、キミに何がわかるっていうんだよ! 知ったようなことばかり言わないでほしいなぁ!!」

 吉沢は感情的になり、やたらと大きな声を出す。ピュリキュアに対して半泣きで怒鳴るこの男は、きっと将来大物になるに違いない。

「まあ話を聞いてよね」

 シャーベットは落ち着いた態度を崩さないまま、吉沢に向けて説明を始める。

「あの黒いオーラはね、彼の罪悪感でできているの。今はシンシーアによって膨張させられているけれど、元々彼には強い罪悪感があったからこそ、こんな状態になっているのよ」

「罪悪感だって……?」

「そうよ。そもそもシンシーアたちは、人間の罪悪感をもとに、怪人アクヤークをつくり出しているの。だから西本くんも絶対、どこかに罪悪感を抱いているはずなの」

「いやでも、西本のどこに罪悪感を抱く理由があるっていうのさ。悪いのは僕の方だろう?」

 徐々に落ち着きを取り戻す吉沢。

「……理由ならあるじゃない。あなたたち、ずっと気の合う友人同士だったんでしょ? だったら、これからも仲良くしたいと思っていたのは、きっとあなただけじゃないはずよ」

 シャーベットの水色の髪が、さらりと風になびいた。

「あ……」

 吉沢は、膝からその場に崩れ落ちる。もう、制服のスラックスが汚れることは気にしていられない。

「西本くんは、あなたと仲良くできなくなってしまったことを、ずっと後悔していたんじゃないかしら。あなたに委員長の座を奪われて、そのことに嫉妬してしまう自分。あなたは今まで通り接してくれているのに、自分の中にわだかまりがあって、思うように仲良くできなかった。そんな自分に、嫌気がさしていたのかもしれないわよ?」

「うぅ……そうなのか……?」

 吉沢のスラックスは砂で汚れてしまった。これではまさに『すなックス』という感じだ。

「自分の嫉妬が理由で、大切な友人関係を壊してしまった。それでも、彼が罪悪感を抱く理由がないって、言えるかしらね」

「うぅ……ああぁああ……!」

 吉沢の目から何かがこぼれる。たぶん涙だ。

「ごめん……ごめんよぉ、西本。僕だって、本当は気付いていたんだ。きみが、僕の委員長就任を良くは思っていないってこと。でもだからって、『僕が委員長になってしまって悪いね!』なんて言ったら、余計に仲がこじれてしまうだろ? 僕にはもう、どうすることもできなかったんだよ」

「ウガァァイィィ……」

 アクヤークの頭部にある西本の顔は、吉沢をじっと見つめている。

「まさか、きみがそこまで苦しんでいるとは知らなかったんだ。ごめんよ、苦しかっただろう? でも、もういいんだ。たとえ、前の関係には戻れないとしても……それでも、いいから早く元の姿に戻ってくれよ! そして僕たちのクラスへ帰って来るんだ! なあ、西本ぉぉぉぉー!」

「ウガァァァァーイ!」

――ズゴゴゴゴ

 アクヤークのけたたましい雄たけびで地面が揺れた。

――フシューーー、ズモモモモ

 アクヤークの頭上に広がる暗黒のオーラが、すさまじい速度で広がっていく。

「え、なんで!?」

 吉沢はうろたえる。

「たぶん、彼の罪悪感が膨らんでいるんでしょうね」

 なんとも冷たいシャーベット。

「シンシッシ。その通りです! 残念でしたねえ、委員長さん。こうなってしまうと、もう元の姿には戻れないんですよ。西本さん、でしたっけ? 彼もお気の毒なことです。せっかく大事なご友人からかけていただいたお言葉に、お答えすることができないのですから。帰って来て、と言われても帰れません。悔やんでも悔やみきれないでしょうねえ……! シンシッシアーアッアッア!」

「お、おまえぇぇぇぇ!」

 吉沢は涙で顔をぐしゃぐしゃにして、シンシーア向けて走り出す。

「シアーッアッアッア! 捕まえてみなさーい」

 グラウンドで繰り広げられる二人のかけっこ。砂ぼこりがさらに舞い上がる。

「あっちは彼に任せておくわね。わたしはアクヤークを倒すわ」

 シャーベットはアクヤークに向きなおる。

 生身の人間である吉沢がシンシーアにかなうはずもない。それでもシャーベットは、彼を引き留めようとはしなかった。

 そう、なぜならばここからが彼女の見せ場だからだ!

「いくよ、ピピア! 純度高めて!」

 実はシャーベットの左耳には超小型インカムが装着されており、なんと秘密基地との通信が可能なのだ!

 甲高かんだかい声がイヤホンに響く。

『はいピア! あと十秒で準備完了ピア!』

「ありがとう! たった十秒なんて、楽勝で持ちこたえちゃうからね!」

「ウガァァァァーイ!」

 アクヤークは渾身こんしんの左フックをシャーベットに打ち込む。

――ズゴガッ

 暗黒の拳をわき腹にもろに受け、シャーベットの身体からだは遠く校門前まで吹き飛ばされる。

――ズサーッ、ドガッシャーン

 飛ばされた先にあった校長像が防護壁となり、被害は最小限にとどめられた。シャーベットは傷をものともせず起き上がる。

「もし変身前だったら、きっと肋骨折れてたわね……」

 アクヤークがなにか言葉を発する。

「ウガァァイ……ヨシ、ざわ……俺はいったい……?」

「なんか言ったかしら? どんなにもがいても、あなたはここで倒されるのよ!!」

――タッ!

 シャーベットは粉々になった校長像を足場にして、アクヤークめがけて蹴りだした!

「ピピア、いけるね?」

『いけるピア! ぶっ放すピア~!』

「うん、いくよ!!」

 シャーベットは左手を真っ直ぐ前に突き出した!

「ピュリキュア! ホワイトニング・ピューリファイ!」

――ギュパァァァァー!

 真っ白に輝く太い光波こうはが放たれる。

 今にも襲い掛かろうとしていたアクヤークは、瞬く間にその白い光に包まれた。まばゆい光は、みるみるその輝きを増していく。

『……八十パー……九十五パー……百パーセント! 浄化完了ピア!』

 左手から放たれた光波が徐々に途絶えていく。

 しばらく白い光に包まれていた辺り一帯は、ようやくもとの砂ぼこり舞うグラウンドの姿を取り戻し始めた。

「はぁーっ、終わったかー」

 シャーベットは、力が抜けきった様子でふらりとよろめく。

 そこに駆け寄る委員長。涙はとっくに乾(かわ)いている。

「あ、シャーベット! ……アクヤークは、西本はどうなったんだ?」

「ああ、彼ならこっちで回収したよ。まだ回復できる状態か分からないから、しばらくはわたしたちで保護させてもらうね」

「あ……そ、そうなんだ。よろしく頼んだよ……?」

「まかせなよ、じゃあね!」

――シュタッ!

 そう言って彼女は大地を強く踏みしめ、大きくジャンプした。校舎を軽く飛び越え、はるか向こうの山あいへと消えていく。

――ザッシャァァー

 ちなみに、そのジャンプが今日一番の砂ぼこりを巻き起こしたことは言うまでもない。

「ゲホゲホゲホ、ゴホッ! ……シンシーアめ、ちょっと走ったらあっさり姿を消してしまった。嫌なヤツだよ、まったく」

 そう言って彼は校舎へと引き返す。もうすぐ午後の授業が始まるのだ。

 吉沢はグラウンドを振り返って、なにやら一人でしゃべり始める。

「西本……大切なのは、役職が何であるかじゃない。

 実際、きみは今のクラスでも、みんなの意見をまとめたり、率先して全体のモチベーションを高めるような発言をしてくれていただろう。たとえ委員長という職に就いていなくとも、僕たちはそれぞれの場所でリーダーシップを発揮できるんだ。その重要性を、きみは誰よりも分かっていたんじゃないのかな。

 ……やっぱり、このクラスにはきみが必要だよ。だから、早く帰って来てくれよ、西本。今度会った時はまた、よりよいリーダーとはどういうものなのかについて、ゆっくり議論しような……。ゲホゲホッ」

 前触れなく吹いた風が彼の顔面を直撃する。砂ぼこりをともなう突風は、『ごちゃごちゃ言わずにさっさと前を見て歩きなさい』と彼をかしているようだった。

 吉沢はもう、振り返らない。これからも、彼はあらゆる組織のトップを目指し、歩み続けるのだろう! ゆけ、吉沢! がんばれ、委員長!


 ◇


「――シンシッシッシ」

 砂まみれの校舎の陰で、砂ぼこりの被害を一人免まぬがれている者がいた。

「なんだかんだで、今回も大量の罪悪エナジーを集めることができました。これであのお方も喜ばれることでしょう……! この町には、まだまだたくさんの罪悪エナジーが眠っていそうですねえ。本当に楽しみですよ。シンシッシッシアーッアッアッア!」

 どこからともなく薄暗い雲が出現し、シンシーアを飲み込んでいく。

――シュンッ

 雲が消えた後に残るのは、鳴り響くチャイムの音と、おさまることを知らず舞う砂ぼこりだけだった。


 第一話おわり

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