壱
嘘か
おそらくその八割ぐらいはただの目立ちたがり屋だろうけど、中には本当に覚えているヒトもいるんじゃないかと僕は思う。
というのも、他ならぬ僕自身が、たぶんそのうちの一人だから。
もっとも、昨日あったことのようにありありと覚えているわけではない。
これが本当に記憶と呼べるものなのかとさえ思えるくらいだ。
脳みその片隅に残る一人称の映像は、僕の幼少の記憶だと考えれば確かに合点がいく。
でもそれはそれ以外の僕の記憶、あえて言うなら「今の僕」になってからの記憶とは少々勝手が違うものだ。
それは文字通り「映像」で、本来記憶の持つ気味の悪い生の質感はまるで伴っていない。
手触りも無ければ匂いも無い。
朧げで、どこか他人事のよう。
しばらくの間、この記録に綴られる内容は、そんな曖昧で無機質なものであることをここに断っておきたい。
それでも全てを書くのはこれが、単なる僕の記憶の集成ではないからだ。
これは僕の手記ではない。
言ってみれば、僕そのもの。
僕に残る一番古い「映像」は、暗い画面に縦に走った稲妻のようなヒビから始まる。
ヒビから差した細い光が扉を開くように広がって、この映像の主……今も確信は無いけど、仮に僕としておく……を包み込んでいく。
明るさに慣れるにつれて周りの景色がぼんやりと浮かび上がる。
僕は大きな蛇、正確には、その映像における僕から見れば大きな蛇の
僕の母さんだ。
母さんはすでに腐っていた。
生気を失いしなびた身体はあちこち穴だらけで、骨が見えているところもあった。
母さんは僕のそれ以外にもいくつかの卵を抱いていた。
僕のきょうだいだ。
きょうだいは先に旅立っていた。
他の卵はほとんどが空になっていて、閉じたままのものは黒ずんでいた。
とにかく、そのとき僕の周りに生きているモノはいなかった。
外に出ようと少し進んで、すぐに止まって振り返った。
卵の穴に何かがつかえていた。
身をよじって引き抜くと、細長い棒のような器官が身体の両脇に突き出ていた。
もう一対、さらに尻尾に近いところに。
まだ動かすこともできない、小枝のような四本の何かを、そのときの僕は大して気にする様子も無く、殻を捨てて巣を出ていった。
何のためらいも無く、母の骸を踏み越えて。
別にどうということはない。
僕に母さんとの思い出なんか無いし、したがって深い思い入れも無い。
今でさえ、自分の親への感慨など、ちっぽけな頭のどこを掘っても湧き出てこない。
でもこれを冷たいと言うのは筋違いだろう。
所詮親なんてそんなものだ。
直接的に恩を受けたのならともかく、生きている姿も知らない相手を、どうして心から愛せようか。
生きるためにはここから動かなければならず、その道のりに邪魔なものがあったから、それを踏み越えて先に進んだ。僕にとってはそれだけのこと。
本能をのみ絶対のルールとし、自己及び種の生存をのみ唯一の目的とする僕たちの世界に、ヒトの
あの空を縦横に駆け回る鳥たちだって、ヒトが思っているほど「自由」ではない。
生まれながらに組み込まれた遺伝プログラムのままに、ただその瞬間を生きている。
生きるために生きるモノ。
もれなく僕もそうだった。
いや、それでいいはずだった、と言うべきか。
それなのに、腹を空かせて地を這う僕の内側で、それは音も立てずにじりじりと、しかし確実に始まっていた。
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